バルバニアが好きな男1
勝つか負けるかは、あなたの『スマホ愛』次第。本格美少女育成バトルゲーム!!
「………」
『hmw』の説明には、そう書かれている。
「はぁ……」
清楚な女子高生の前で、恥ずかしい技の名前が出て以来、スマホ外バトル機能『対戦者募集をオフ』にしている。
もちろん相棒『マロン』も
『マスター、いつまでいじけているんですか?スマホ外バトルにデーター使用量はかからないんだから。バトルしに行きましょうよ』
……と言いたいところだが、オフにできない。
理由は目の保養……『こいつ、終わった』って言わないでくれ。
ただ自分の部屋にいるときだけだ。俺以外に見られないんだから。(開き直った)親は一階で隣は兄貴の部屋だが、学生寮にいるため俺しかいない。普通に会話しても聞こえない。
「技の名前なんとかならないのか?」
俺は斜め上を見上げ聞いた。マロンはふわりと浮いて部屋中を漂っている。彼女に実体はない。立体的な画像である。
『何ともなりません。それがスマホ外バトルの楽しさなんですから』
「……」
俺は手にしているスマホに視線を戻す。
バトルは迫力があった。また、バトルしたいと思ってしまうほど……そう、技の名前さえなければ。
「まあ、方法はある」
その技の名前をなんとかまともにすれば良いのだ。
誰が聞いても格好良くて、女の子に好感度が上がるような技の名前がでるようにする。
『hmw』はスマホで打ち込んだ言葉、ネットショップで表示した商品から出てくる。検索サイトに有名大学の受験に関係する資料や、文芸書。はたまた料理やビリヤードなど。
ここまでやれば、スマホ外プレイも恐くない。
『それはそうと、マスター。スマホ内バトル負けっぱなしですよ』
スマホ内バトルは、操作しなくても勝手にネット内でバトルが繰り広げられていて勝敗だけを知る事ができた。
もちろん技名を対戦相手に知られることはない。
未操作バトルなんて意味がないと思っていたのだが、こういう時に役立つようだ。
「え!何で?」
『スマホ外バトルで格好良い技の名前が出るよう、最近のマスターが検索する言葉がマスターの心にない単語だからです』
「う……」
『hmwはレベル制限なし。勝つか負けるかは、スマホ愛だけ。そう説明文にあったじゃないですか』
「スマホ愛って、正確には何なんだよ?」
『マスターの心です。スマホにどれだけスマホに心を許しているかです』
「心を許すって。好きなものを打ち込んだかって事になるのか?」
『そうです。好きな物を夢中で検索すると自然とスマホにも『楽しい』などとプラスの気持ちが伝わるのです』
「スマホって、ただの精密機械だろ。感情が伝わるのか?」
『マスター、hmwを作ったのは異世界から亡命してきた魔法使いって言ったじゃないですか。
hmwをダウンロードしたスマホは、本来機械には関係ない感情を取り込めるようになったのです』
マロンはまるで自分が開発したかのようにどや顔で説明してくれた。
「………」
俺のスマホがマジックアイテム化している……。
『話を戻しますがマスター、日曜日のバトル。最後の一撃以外、マスターの方が優勢でしたよ。それはマスターが、マスターの好きな物を楽しく検索してたからです』
「………」
再び視線をマロンからスマホに戻した。
どうやら、好感度アップになる技作戦は失敗に終わったようだ……って『格好良い技』を出すための苦労は?費やした時間、何よりもデーター量が!
「………」
俺は心の傷を癒すため検索サイトを開き『サラ・マロン』と入力した。
「やっぱり良い。何もかも全てが良い……」
スマホ画面に映し出された『サラ・マロン』の画像は、見ているだけで心癒される。俺にとってエネルギーをくれる魔法であった。
『マスター対戦相手を変な技名が出ても平気な人にすれば良いんじゃないですか?』
好感度アップ技名作戦失敗から数日たった放課後、改札口から出た俺は『hmw』のアプリを起動すると、マロンは脳内に言葉を届けてきた。
「俺の『好きなもの』は何か、お前は知っているだろ」
階段を降りて駅の外に出た俺はスマホを耳に当てて声を出して返答する。
『hmw』をやっている人のブログを見て知った裏技で、通話しているフリならスマホ内会話、ラインのように文字を打たなくても会話が楽で怪しまれない。
もちろん声の音量、フリであっても通話と同じマナーを守らなければならない。
『もちろんです。スマホに打ち込まれたマスターの『好きなもの』や極秘情報を含むありとあらゆる秘密をマロンは知っています』
声を出して返答したからか、マロンは姿を現した。
「ならば分かるはずだ、マロンよ。
俺の『好きなもの』は女だろうと男だろうと、老若男女すべての人が引くんだ」
「聞いたぞ、その言葉」
背後から声がした。
ぎょっとして振り返ると制服を着た男がスマホを手にして立っている。
あの制服、確か、俺が通っている高校の真逆にあったはず。
「すまない。立ち聞きした事は謝るが、お前hmwやっているみたいだな」
体育会系の部活に入っているのか、がっしりした体格に背も180は越えているだろう。切れ長の目も少しつり上がり、これで金髪にしていたら近づきたくない。
「何で分かるんだ?」
「通話しているフリをしているようだが、話相手に『マロン』という名前は現実世界では浮いているからだ」
しまった。通話しているフリだから気を抜いて名前を呼んでいたか。
「ああ。やっているよhmw」
「しかも人には言えない『好きなもの』がある」
「………」
「安心しろ。俺にもある。人には言えない『好きなもの』がある」
奴は真顔になった。
「乗り物や二次元は人前では言えないが、仲間がいる。それも沢山だ。
だが、俺の『好きなもの』に語り合える仲間などいない。そんなものだけれども、俺は『それ』が好きだ」
「……」
「探していた。俺と同じ境遇にいる奴を」
人差し指を俺にまっすぐ向ける。
「そして見つけた。堂々とバトルを楽しめる相手を」
「………」
俺は『ふぅ』と息を吐き出した。
こいつ、俺と同じだ。
『俺の好きなもの』は、永久に黙っているつもりでいた。家族や友達だとしても、あまりにも変わりすぎてて、誰にも理解できるものではないから。
でも、ずっと黙っている事は、心に負荷が蓄積していく。
それをさらけ出して良いのなら。昔話で床屋が『王様の耳はろばの耳』と叫んだように。俺も自分の『好きなもの』をさらけ出したかった。
どうやら、さらけ出して良いチャンスが転がってきたようだ。
「バトルしても良いが、た引くなよ」
「お前こそ」
こうして俺は、突然現れた男と、心の中をさらけ出してバトルする事となった。