下克上2
浮遊する魔法使いの肩からステージを見下ろす。
まるで芝居かコンサートが始まるかのように、スポットライトを浴びる2人は強い存在感を放っていた。
生徒会長は余裕があるというか、隣の副生徒会長の表情が険しいからだろう。
一方、ステージ下で待機する相棒たちに表情の差はないが、持っている武器に個性が出ていた。
恵凜先輩の相棒、葎は黒く長い刀に対し、生徒会長の相棒、生徒会書記の武器は刀と同じサイズのシャーペンだった。しかも芯を出すために押す部分、キャップには顔文字の『 (●´∀`●) 』が刻まれている。
『バトルスタート』
ステージ下にいる相棒たちが駆けより、まずは葎が刀を振り下ろす。
『劇場版 不夜城の宴 ~新月の来訪者~』
『 (ゝω・) 』
生徒会書記は受け止め火花が散った。
押し上げて、斬り合いに続く中、観戦者たちは技名に驚いていた。
「顔文字が見える」
現実世界で生徒会長とバトルした時、顔文字を発しているのを見ることは出来なかったが、今回ははっきりと見えた。
どう見えたかというと、漫画の吹き出しのように生徒会書記の口から『 (ゝω・) 』がぽんと飛び出てきたのだ。
「愉快な技名だね」
魔法使いも顔文字という技名には驚いていた。
顔文字に驚いていたが、恵凜先輩の技名も忘れてはならない。『不夜城の宴』は恵凜先輩や琴子さんの相棒、葎が出てくる漫画『不夜城の宴』たが、とうとう映画になったようだ。
5合ほど斬り合いを繰り返した後、生徒会書記が大きく後方に跳ぶ。
シャーペンの押すところを葎に向けて唱えるように技名を放った。
『部活の申請条件』
シャーペンの押すところから、無数の白く小さな球体エネルギーが葎に向かう。しかも向かう間に野球ボールサイズに膨らみ、『 ヾ(・ω・`) 』や『 (∩´∀`∩) 』など、様々な顔文字が現れた。
『クラフト部』
まるで舞うように刀を振り回して、葎は襲ってくる顔文字を斬りつける。
「顔文字以外の技名が出た」
葎の舞を見ながら吹田が驚いていた。確かに生徒会長から顔文字以外の単語が出るとは。ろば耳キングとしての生徒会長しか見たことがないが、どうやら生徒会の仕事は真面目にやっているようだ。
観戦者が驚く技名だったが、プレイヤー達は、その技名にさらなる、議論の種があるようだ。
その証拠にプレイヤー達は互いをチラリと見た。
「クラフト部を申請するために、部活規定を変える噂は本当のようね」
「我が校の部活規定は、他校と比べて難しい。難度を下げただけ」
「申請している多大山君は、会長のお友達なのが問題なのよ。職権乱用だと新聞部が動いているわ」
「やましいことは何もない。書かせておけばよい。」
ステージからかなり離れているが、魔法使いの力により間近にいるように聞き取れる。それにしても、生徒会も色々とあるようだ。
「それにしても意外だな。この件に対して、君が忠告してくるとは。生徒会長の座を奪えるチャンスの一つなのに」
「馬鹿にしないで。私は正々堂々と戦って勝つ。そんな卑怯な手には乗らないわよ」
2人の会話が落ち着いた所で、バトルも次の展開に切り替わる。
葎が間合いをつめ、跳び上がり黒い衝撃波を叩きつける。
『青東大学オープンキャンパス日程』
『青東大学、傾向と対策』
生徒会書記は、バリアを張り衝撃波を防いだが、衝撃は2人に走ったらしく、驚いた顔で見合わせていた。
「青東大。会長も受けるの?」
「志望している大学の内、1番狙っている一つだよ」
「下手したら大学も一緒?」
「私は人間関係だけで、大学を変えるつもりはない。
君は諦めるのか? 残念なことだ」
「私だって、変えるつもりはないわよ。それに大学になれば、毎日顔を合わせる必要がないんだから」
「それは残念なことだ」
「何で残念なのよ」
「君は嫌っているようだが。私は君の事は良い方に評価している。生徒会の仕事をこなす君は、良き右腕だと賞賛しているのに」
「副会長の仕事ができなくて、生徒会長を狙おうとは思わないわ」
「………」
考えてみると、恵凜先輩と生徒会長が2人でいる所を見たのは、アルモニーが初めてになる。
会話の様子からして、犬猿の仲ではなく、生徒会長は普通に接しているようだ。
ステージの外では葎と生徒会書記のバトルが続く。
広い空間を利用し、2人は右に左に空中にと場所を変え、斬り合いを続ける。
その様子を見ながら、生徒会長は同じ言葉を吐き出した。
「それにしても君は、実に残念な女だな」
「何が残念なのよ」
恵凜先輩の声と目がつり上がった。
「つまらない、野心に捕らわれている事だ。
なぜ、そんなにトップをこだわる。なぜ、そこから視界を離さない? 視界の外にはもっと違う世界があり。君はそれを楽しめる機会を放棄している。私はそれが残念でならないのだ」
「上から目線の忠告をありがとう。
トップになれた者は、なれない者の気持ちなんてわからないわ。男ならなおささら1番と2番の差が大きいのが、わかるでしょ。
私は1番になりたい。それだけよ」
「……。放棄している楽しい世界を知りたいとは思わないか?」
「楽しい世界なら、もう知っているから結構よ。心の友|(琴子)までできたから」
「いや、まだある。君はまだ、それを知らない」
「………」
睨みつけようとした凜先輩から、反論の言葉と表情が消えた。
真剣な表情で生徒会長が見つめ返していたから。
「君が好きだ」
葎の刀が回転しながら宙を舞い、地面に突き刺さったのも同じ頃だった。
片ひざをつき、見上げた葎の喉元には『 (●´∀`●) 』が刻まれたキャップを突きつける生徒会書記がいた。
「勝負あり。
勝者、生徒会長」
魔法使い自ら勝敗を宣言し、バトルは幕を閉じた……のだが、プレーヤー2人にそれが聞こえたのか疑問である。
生徒会長は恵凜先輩を見つめたまま、一方、恵凜先輩は予想もつかない言葉に硬直し動く気配がないのだ。
武器をしまった相棒たちもステージ上の主たちを無言で見上げる。
「……。空中観戦にして正解だったようだ」
魔法使の言葉に、俺と吹田はうなづいた。今の2人に近づいて声をかける勇気なんて誰もいない。
「あの2人は放置しても大丈夫だろう。
万が一に備えて監視プログラムは、プライバシーに触れないレベルで付けさせて貰うけれども」
頬に風が触れていく。魔法使いが移動を始めた。
「驚いた……」
犬猿の仲だと思い込んでいたのに、恵凜先輩に想いを寄せていたとは。
「それにしても残念」
魔法使いが生徒会長と同じセリフを使った。
決定的な一撃を下した時の技名が『頑固な女性を振り向かせる方法論。レバン・マナウス著』で、それがなければ、例え顔文字であったとしても、格好がついたのだろうが。
「………」
しかし、そんな余裕の塊と思えた生徒会長でも、必死になっている所を知れたのは、今の俺にとって大きなものがあった。
手に力が入っていく。




