デートではない1
『マスター、kotokoさんからメッセージが届いてますよ』
異世界から亡命してきた魔法使いが作り上げたスマホゲーム『hmw』
ゲーム以外の機能も充実しており、フレンド登録した者どうしなら、普通にメッセージが送受信できるようだ。
『昨日はありがとう。お礼がしたいんだけれども、こういうのはどうかな?』
怪しいキャッチセールス男から逃げてきただけで、大した事はしていないので、お礼だなんて、悪い気がした。
『飾磨君がヘアピンを買う時、一緒に行けば買いやすくなるかな? もし、そうだったら、いつでも呼んでね』
「………………」
頭を整理するのに時間がかかった。
「それは、つまり、同行してくれるって事?」
『デートって事ですか?』
ニヤニヤしながら言うマロンに反論する余裕すらなく、とにかく考えた。
ちょっと前、隼兎に『ヘアピン購入は1人の方が良い』と言った。それは1人の時間を誰にも邪魔されず楽しみたいからの発言。
しかし女子、琴子さんの同行となると、話は変わってくる。
女子の同行者。誰にも怪しまれず、堂々とヘアピンを買えるのだ、ゆっくり手にとって納得のいく一品を選ぶことができるのだ!
『飾磨君から見たら邪魔になるかな? 彼女に間違えられて迷惑になっちゃうか……』
「いえいえいえ、全然、そんな事はありません、琴子さん。ゆっくり選べるなんて夢のようです」
『マスター、スマホに向かって返答しても意味ないですよ』
「………」
しまった、最近、マロンと会話慣れしてきたせいか、変な癖になってしまった。
慌て今、口にした言葉を打ち込み琴子さんに送った。
『本当、良かった』
「…………」
メッセージを読むだけでも微笑んでいる琴子さんの表情が浮かんだ。
「……」
あれ、これってデートなのか?
マロンの言っていた言葉が今頃、気になってきた。
琴子さん同行のヘアピン購入ミッションは、小遣いを貰った次週の休日に決まった。
待ち合わせの場所は自宅の最寄り駅。琴子さんが通学のため降りてくる、いつもの駅。ついでに言えば初めて琴子さんとバトルした所でもある。
『いやいやいや、デートではないだろう。ただのお礼なんだから。一緒に店に入ってもらうだけなんだから』
ニヤニヤ笑うマロンのために、俺は通話するフリをして正論を唱えた。
『そうですか? それにしては気合いの入っている気がしますね。オシャレなコーディネートの検索なんて、マスターめったにしないのに』
……スマホで打ち込んだ情報を全て把握している相棒は、こういう時は困るものだ。
しかし、昨日のメッセージ。逆に考えてみると、琴子さんは彼女に見られても、迷惑でない。構わない。ということになるよな。
「………………」
いやいやいや、考えすぎだろう。今回はただのお礼で……お礼なだけなのだから。
『とはいえ、マスター早すぎじゃないですか?待ち合わせの時間10時ですよね』
耳に当てているスマホを操作しなくても1時間早いのは知っている。
「いつもより早く目が覚めたし、家にいても落ち着かないし……」
俺は会話しながら移動した。
今、立っていたのは券売機近くだったので、近づいてくる人に迷惑をかけないための移動だったのだが。
近づいてくる人は、俺が移動した方に向かっていた。
券売機から少し離れた所にコンビニがあるのだが、それにしては角度がおかしい。
もちろん、琴子さんではない。
「悪い、一回、切るから」
通話しているフリの会話だったので、フリを続けながら近づいてくる人をチラリと見た。
サラサラの黒く長い髪の女性。同い年か上か。
……どこかで見たことがあるような気がする。
いや、こんな美人なら覚えていないわけがないのだが。
「キミ1年2組の飾磨理央君ね」
向こうは知っているようだ。
「はい。そうですが……」
「私は、副会長の左柿 恵凜」
副会長と聞いて謎が解けた。そうか副会長か、ならば学校とかの集会とか何かで目にしている。
あれ? 学校内の副会長、三つ編みしてたな。眼鏡もかけて。生徒会長の後を歩く地味な副会長。そんな記憶しかない。
「学校内とは違う。キミが何を考えているのか、わかるわ。
そう、あれは仮の姿。しかし、生徒会長の座を奪った時、私は真の姿に戻るのよ」
真の姿と言うのが、今の姿なのだろう。それはそうと任期中に副会長が生徒会長になれるのか?
「と言うか、会長も副会長も3年生でしたよね」
「そう……下克上はありえないけれども、精神的に追い込む事は、まだ可能。
私の威力を発揮して全校生徒から『真の全校生徒は副会長』だと言わせるのが卒業までの目的」
……進学や就職は良いのか?
「生徒会長の座を揺るがす一つとして『hmw』でキミに勝つのも、重要な足がかり」
なるほど、彼女が俺の名前を知り、ここに現れたのは、そのためのようだ。
生徒会長とは、昼休みを利用して図書室でバトルをしたことがある。
生徒会長は俺らみたいな誰にも言えない『秘密の好きなもの』を持つ者たちを『ろば耳プレイヤー』という言葉を発明した人物でもあった。
そして自らを『ろば耳キング』と名乗りネットに広めている。今や彼はhmw』の隠れた名|(?)プレイヤー。
そんな『ろば耳キング』に偶然にも勝ってしまった。彼女が俺に目を付けるのは当然だろう。
「言い忘れていたけれども、私は校内で2番目の ろば耳プレイヤー」
学校内で俺と生徒会長以外にもう1人いると言っていたが彼女の事だったか……
さて、どうしたものか。
彼女がろば耳プレイヤーだと宣言しているということは『hmw』のバトルレベルは高い、イコール、誰にも言えない『秘密の好きなもの』を持っている。ということになる。
誰一人にも言えない秘密を抱えている者同士なら、バトルしても良いかなと思う。
「………」
俺はちらりと駅前に設置してある時計を見た。
時間はまだある。琴子さんが来て誤解を招くことにはならないだろう|(誤解といっても、今日はただのお礼なのだが)
何よりも、琴子さんが来るまでこの騒動を収めておきたい。
「バトルしましょう、副会長」
「恵凜先輩とお呼び。学校内のろば耳プレイヤー仲間になるのだから」




