ゲーセンとスマイルとバトル2
今日も半径3メートル以内に琴子さん以外で『バトル申請可能』にしている者はいない。まあ、近くにいるのはおばちゃん達だけだから、いたらいたで恐いのだが……
『バトル申請が受理されました。バトルをスタートします』
と、スマホ画面にいつものメッセージがでてマロンとムグラが肩から床にダイブした……と思ったら2人がたどり着いたのは、広いスペースと休憩スペースの真ん中にあるのオブジェだった。バタバタしてて説明していなかったが。
オブジェを簡単に説明すれば青銅でできた『巨大な手のひら』
手のひらなのだが、座るのにちょうど良い高さの2人用ベンチと言っても良かった。
本当に座ったりすることのないように周りに鉄の棒と鎖で入れないようになっているが、2人はその手のひらに2頭身サイズで着地した。
おばちゃん達の視線が気になるが、バトルを見るため『手のひらオブジェ』に近づかなければならない。『高校生が2人、オブジェに近づいてる。イタズラでもするんじゃないのかしら?』という不審な目が不安。
「スマホ画面を手のひらに向けて操作するフリならSNSに投稿しているって思われないかな?」
同じような不安を抱いたが良い事を思いついた琴子さんが耳元で囁いてくれた。
なるほど、琴子さんの言うとおりスマホ画面をオブジェに向けてれば『最近の子はなんでもかんでもネットに載せるわね』で済むかもしれない。
『うん』と頷いてから、スマホ画面を『手のひらオブジェ』に向けてバトル場所に移動した。
「あれ」
手のひらオブジェに向き合う相棒たちだが、ムグラはピコピコハンマー、マロンに至っては黄色い工事現場で目にするヘルメットだった。
『マスター。今日のバトルは手動です』
『手動って?』
頭の中に相棒マロンの声が届いたが、近くにおばちゃん達がいるのでスマホで言葉を返す。
『マスター達はジャンケンして下さい。ジャンケンによって勝った人はピコピコハンマーで叩けて、負けた人はヘルメットで防御するのです』
テレビやパーティーゲームで見たことがある。正式名称は知らないが。
『2勝した方が勝ちです』
琴子さんをチラリとみたら画面を見て頷いていた。ムグラから同じ説明を聞いていたようだ。
『バトル スタート』
相棒たちの開始宣言を耳にした俺たちは無言で握り拳にした手を振ってジャンケン。
勝ったのは琴子さん。
『ヴィフィ様の名言集』
『英語、関係代名詞の克服方法』
技名を同時に叫び、ムグラはピコピコハンマーを手に取りマロンに振り下ろした。
マロンはというと、技名を言ったもののヘルメットに手が伸びず『ぴこん』と音がした。
「………」
ピコピコハンマーに『ぴこん』という可愛らしい音がしたが、マロンが座っている部分はめり込んでいた。
オブジェに傷がついているが、マロンに損傷というものは見当たらない。軽くピコピコハンマーで『ぴこん』と叩かれた様子だった。
「…………」
「………」
互いに顔を見合わせ『すごいね』『うん。これはこれで面白いバトルだね』と会話した。
技名の『関係代名詞』は英語の事で、真面目に調べたのが技名として出てくれた。
琴子さんの方は、どう考えても、何かの作品に出てくる登場人物の名言を集めて載せた誰かのブログかサイトがあるんだろうな。
『マスター、次、いってください』
マロンに催促されて、二回戦のジャンケンをした。
今度も琴子さんの勝ち
『きのたんの新作』
『志望校を決める時期』
ギリギリの所でマロンがヘルメットをかぶり、琴子さんの即勝と、オブジェのめり込みも避ける事ができた。
「………」
2回戦、勝ったと言えば買ったのだが、技名に負けた。
同じ1年なのに琴子さん、もう考えているなんて。
それに比べて俺は……きのたんがグラビアアイドルだと琴子さんが知っているか わからないが、女の子が出てくる写真集ぐらいは想像がつくかもしれない。
「飾磨君?」
「あぁ、ううん。何でもない」
表情を元に戻して再びジャンケン。俺がグーで琴子さんはチョキ
『サラ・マロン』
『BL新作アニメ』
ピコピコハンマーはムグラの頭上に振り下ろされた。
やはり、オブジェがムグラのいる部分だけめり込んだ。
会話に夢中なおばちゃん達の視線がこちらに向かうことはない。毎度の事ながら、バトル終了したら戻っているのかヒヤヒヤしてしまう。
さすがは『サラ・マロン』
しかし、この技名を使ったって事は次は別の技名になる。技名によって威力の変動はあるのかわからないが、どうなる? 3回戦目。
無言の拳ふりジャンケン。
俺がパーで琴子さんはグー
『不夜城の宴』
『スイートなルーム最新巻』
『ぴこん』の音はムグラの頭上にあった。
『勝利』
ジャンプして喜ぶマロン。
「………」
『不夜城の宴』は、琴子さんの技名だった。彼女の相棒がそのコミックの影響で登場人物の姿になったぐらいで、マロンの口からこの技名が出てくるのはおかしいのだが……
「ちょっと気になって調べたんだ」
下りのエスカレーターを降りる間に、小声だが正直に白状した。
「気になった? それってやっぱり、運命の人を探す決心をしたの?」
「違います」
目をキラキラと輝かして、いつもの『妄想モード』に入ってしまったので即 否定した。
しまった、こっちの方向もあったんだった。
「じゃあね」
いつもの琴子さんに戻ったようなので、まあ、安心できて帰路につくことにした。
「………」
琴子は改札口を通り抜け、ホームに降りるエスカレーターに乗ってから、改札口の方向を見上げた。
「私も調べたのにな……」
彼女の小さな声は、到着を告げるアナウンスにかき消された。




