仲間たちのバトル1
朝、駅に向かったのだが……電車が止まっていた。
ニュースでよく、足止めを食らって迷惑がっている人達を何気なく見ていたが、ここも、とうとう止まったか。
堂々と遅刻できるのは、良い事だ。電車が止まって学校に行けないのだから、仕方がない。
「おす、飾磨」
『運転を見合わせています』という電光掲示板を見ていた俺に声をかけてくる奴がいた。
隼兎だった。
この前のアウトレットモールで出くわせてから、ダチと呼べる仲になった。
俺とは真逆の電車に乗らなければならない高校の制服に180越えのがっしりとした体格。切れ長の目に恐そうな顔。
「上りも下りも止まっているのか」
「信号機のトラブルだってニュースで言ってた。しばらく動きそうもないみたいだな」
「かなり、かかるか。なら、飾磨、ちょっといいか?」
隼兎の声と視線は、ちょっと離れた所で話そうぜ。と指示していた。
「ああ」
隼兎とは随分と仲良くなった。
その一つとして、どうして『好き』になったのかを帰りの電車で語ったからだろう。
隼兎がバルバニアファミリーを好きになったのも、ちょっとしたドラマだった。
隼兎には年の離れた妹がいる。
その妹が大切にしていたバルバニアファミリーのウサギをなくしてしまい、大騒ぎになった。高校受験の隼兎も駆り出され、家族中で家のどこかに遭難した小さな人形を捜したが見つからず。妹に新しいバルバニアファミリーの人形を買う、という事でなだめて騒動が治まり隼兎は部屋に戻った。
そしてベッドで横になったら、枕元に違和感を感じる物体に気づく。捜し続けていた人形がここにいたのだ。
人形を家中で捜したとはいえ、誰一人とて隼兎の部屋は捜していない。誰もが男兄弟の部屋に『あるわけがない』と考えていたからだ。
どうやら妹が勝手に部屋に入って遊んでいたらしい。
すぐに隣にいる妹に渡せば良かったのだが、隼兎は睡魔を優先し、翌朝は『遅刻を免れる』ための支度でそれどころではなかった。
「家に帰って、受験ストレスがたまりまくっていた、俺にシャンテ(人形の名前)は優しく微笑み『おかえり』という顔をしてたんだ」
そう語った隼兎の目は純粋だった。
花柄のワンピースを着たグレーカラーの小さなうさぎの人形。人形に無縁だった隼兎に、小さな人形はいつでも優しい顔をしていた。
その優しい顔に癒やされた隼兎は、妹に返そうと思いつつも『明日、返そう』『早めに返そう』『そのうち返そう』とズルズル伸ばしているうちに妹はとうとう新しい人形を買ってもらってしまった。
「シャンテには悪いことをした。新しい人形を手に入れた妹は、シャンテとの仲を断ち切ってしまったのだから。
謝って、そして誓った。俺は永遠に君を手放さない、と」
人形に言ったとはいえ、格好良い言葉だ。
その隼兎をバルバニアファミリーの道へ引っ張り込んだ妹の名前は里緒……
なので隼兎はずっと俺の事を『飾磨』と呼び続けると言っていた。
まあ、駅とかで大声で呼ばれたら、少し困るよな。
というより隼兎は『彼女を呼んでいるみたいになる。誤解されたら困る』とのこと。想う相手がいるのか?
俺たちは階段を降りて人気のない方向に進んでいた。
知らない人が見たら完全に喧嘩か金銭要求的に見られてそうな気がする。
そんな男の肩にうさ耳をつけたゲームの相棒が座っていた。
「………」
ゲームの相棒が見えるのは『誰でもバトルを申請してもOK』な状態にする他に、フレンド登録した者同士には見えるとのこと。
隼兎の相棒シャルムはバルバニアファミリーの人形たちが着るふわふわのワンピースでよく見るとちゃんと尻尾があった。
ここら辺なら、大丈夫かと判断したらしく隼兎は足を止め振り返った。
「飾磨、どうしても聞きたいことがある」
隼兎はずずずいと近寄った。
「ど、どうした?」
「どうやって女子とバトルしたんだ?」
隼兎の顔が真剣すぎる……仕方ないか。秘密を抱えて生きている者にとって友達以上に異性との交流は遠い話。
「どうやってって言われても、向こうから声をかけてきてくれたからな」
「向こうから! ……はぁ、いいよなぁ、飾磨は女子から声をかけられやすい空気を持っているから。
「……」
隼兎の言葉に無言になったのは、返答に困ったわけではない。視線を感じた。
真っ正面にいる隼兎ではなく斜め後ろから。
「………」
視線をゆっくりずらすと、ここの駅近くにある女子校の制服を着た子が目をキラキラさせていた。
「飾磨君。もしかして、その人が運命の人?」
『BL』が『秘密の好きなもの』である琴子さんらしい発言だった。
「違います」
「飾磨、お前、いつのまに、しかも女子校の子と仲良くなっているなんて。この前の話だと女子には無縁って言ってたじゃねえか」
「女子には無縁って……運命の人じゃなくても、一歩、踏み出してたんだね飾磨君」
「まて、2人とも。落ち着け! 」
詰め寄る隼兎にマイ妄想を暴走させる琴子さん……これを落ち着かせるのに苦労した。
ちなみに『運命の人』というのは、俺にヘアピンをプレゼントとし、人生を変えた奴。BLが『秘密の好きなもの』な琴子さんにとって、今の状況は、心躍るリアルBL状態なのだ。
落ち着いたところで2人を紹介した。
「琴子さん。俺のダチの瀬斗谷 隼兎」
「ど、どうも」
「隼兎、抑野琴子さん」
「はじめまして」
「2人ともhmwをやってて、ろば耳ファイターレベル」
「ろば耳ファイターって、秘密を言えない分、強いhmwプレイヤーの事?私が?」
琴子さん、知っているんだ……恐るべし、これを広めた生徒会長。
「琴子さんも十分、強いですよ」
因みに俺が彼女を『琴子さん』と呼ぶのは、ゲームのアカウントも『kotoko』で自然と『琴子さん』になっていた。
『これも何かの縁です。2人にバトルしてもらうのも、良いと思いませんか? マスター』
頭の中でマロンが発言したが、同じ話をシャルムや、ムグラも発言したようだ。
隼兎と琴子さんは、周りの状況を忘れて返答をしていたのだから。
「え、じょじょ女子とバトルなんてできるわけない」
「無理無理無理無理」
「2人とも声に出ているよ」
そのお陰でシャルムとムグラの会話がわかり、説得することができた。
「隼兎、さっき自分が聞いた事を忘れたのか? 目の前に自分が望んだチャンスが転がっているのに、それを逃すんだぞ」
「うっ」
「琴子さんも、恐がらなくても大丈夫です。隼兎は外見だけが恐いだけで」
「おい…」
「そうじゃなくて……」
琴子さんの無言には『私が好きなものが何なのか、飾磨君は知っているでしょ!』と含まれていた。
「2人とも俺とバトルした後、互いの秘密が漏れていないから、口はダイヤモンドよりも固いよ。
大丈夫。俺が保証する」
言葉なのか、それともいつの間にかできた『笑み』という表情だったのかは、わからないが。2人はうなづいてくれた。
後で考えたら、強引だったかもしれない。
でも、2人とも抱えこんでいる事は同じで、それを楽にしてほしかった。
『秘密の好きなもの』を教えても良い人が俺以外にもいると、知ってほしかった。
2人とも好きだから、心を楽にしてほしかった。
「………」
とは言え、BLとバルバニアファミリー好き。しかも隼兎側はグラビアアイドルネタが含まれるかもしれない。
大丈夫なのか? 今頃になって不安になってきた。
あと、気になることが、もう一つ。
「あ、琴子さんがここにいるってことは、もしかして電車、動き始めた?」
「ううん。まだ止まっているみたいだよ。親に送ってもらったの」
琴子さん、真面目だ。
「電車が止まっているなら少し遅れても大丈夫でしょ」
ではないようだ……。




