自称キング2
「…………」
返答に困った俺の耳に『バトルスタート』のかけ声が届いた。
「……」
開始早々、派手な音がした。
静寂でないとならな図書室に、相棒は声高らかに技の名前を言い、ハンマーを振り回したようだ……
本棚が破壊され、倒れ、本が落ちてゆく……ような音がする……。
「……」
音がリアル過ぎる、いや、本当の音にしか聞こえず、振り向くなと言われなくても¦(恐くて)見られない。
ゲームが終われば、本当に、何一つ変化ない図書室になっているんだろうか……心配になってゆく。
まあ、図書室に居合わせた人達の悲鳴が聞こえないから大丈夫だろう……そうだよね。
「………」
俺は生徒会長を見た。
視線の意味を知った生徒会長は余裕の笑みを向けた。
生徒会長を見た理由は2つある。一つは『図書室』という最高のバトル会場について。これほど静寂を要求する部屋で真逆のバトルを楽しむなど普通は考えつかない。
もう1つは、破壊音は2人分あるのに技名を言うのはマロンの声しか聞こえない事。
さっき『相棒達』ではなく『相棒』と言ったのも間違いではない。
『星の雫』
マロンは言い放ち、ついでに何かを破壊する音も響いた。
格好いい技名だが、これは都内でオープンした雑貨屋の店名である。ヘアピンが売ってそうな店はまず検索する。
『 』
しかし、生徒会書記からは何も聞こえない。ただ破壊音だけが響いた。
「………」
俺はスマホの生徒会長こら届いたメッセージに目を通した。
「…………」
送信されたメッセージが、
生徒会長から届いたメッセージは
『¦ (o´∀`)b 』
……顔文字だった。
カギカッコや、記号が含まれているせいか、言葉として認識されないようだ。
『 ¦(◎-◎;) 』
『 ¦(ゝω∂) 』
しかも、やたら送信してくる。
見た目は典型的な生徒会長。きっと成績も上位なんだろう。野望と正確と優等生の塊でできた人間が実は顔文字好きだなんて。まるでこのバトル会場のような人物だな。
『バトル中に専用チャットができるのは、更に楽しくなった。そう思わないかい? ¦(o´∀`)b 』
珍しく¦(顔文字つきだが)文字でメッセージが届いた
『顔文字、好きなんですね』
『そうだ。
顔文字は良い。最高の表現方法ではないか。
2015年、オックスフォード英語辞典が毎年選出する『ワールド オブ ザ イヤー (イギリスの流行語大賞のようなもの) 』に『Emoji』、『Face with tears of joy (喜びの涙を流す顔) 』が選ばれた。今や表情を表す文字は世界中に広まっているのだ。
そして、私が愛する顔文字は、絵文字よりも多彩で、僅かな表情変化も出せる。
私はこれを広めたい。大学進学もこの野望のためのものだ』
補足すると『Emoji』はもちろん絵文字。日本発祥。
顔文字のために進学とは。人生を顔文字に捧げるのか?
それにしても……好きなものをどうどうとオープンにできる人は羨ましい。
そう思っていると、またもやメッセージが届いた。
『言っておくが、私は誰でと、顔文字を送るわけではない ( ̄人 ̄)
君が『ろば耳プレイヤー』だと確信したからだ (▼∀▼) 』
生徒会長の最後の言葉に問い返したかったが、マロンから『サラ・マロン』の技名と共にバトルが終了した。
スマホ画面を見ると『WIN』勝ったようだ。
「………」
そして何よりも、振り返った図書室は、いつもの無音に近いの空間のままだった。良かった。
「この私が負けるとはな」
図書室を出て生徒会長は言ったが、心の中は『 。+゜¦(*ノ∀`) 』という顔文字が含まれているんだろう。
バトルが見られなかったから勝った気がしないが、まあ、勝てたのは嬉しい。
「それはそうと生徒会長、ろば耳って何なんですか?」
その問いに生徒会長は、ずれた眼鏡を人差し指で直し、唇で笑みを作った。
「君を『ろば耳メンバー』として正式に登録しよう」
生徒会長は、わざわざ屋上に移動してから言った。
まあ、ゲームに関係ある話は誰にも聞かれたくないから構わないが……。
「ろば耳って何なんですか?」
「王様の耳はロバの耳。この話は知っているだろう」
「ええ。王様の髪を切りに着た理髪師が王様の耳を見て、口止めされたけれども、どうしても話したくて森に行って穴を掘って叫んだという、あの話ですね」
「そう。
秘密は、誰にもバレたくない。でも、しゃべりたい。hmwはそれを技名にしてしまうという。愉快なゲームだ」
正確にはスマホに打ち込んだ文字やクリックしたサイトとかなんだが、間違いではない。
「しかし、私や、女子が好むようなアクセサリーに興味を持つ君にとって、特別な秘密を持つ者にとっては容易にゲームができない」
ヘアピンまではいかないがバレているようだ。
俺の内心に気づいているのかわからないが、生徒会長は話を進める。
「そこで私は考えた。
我々のような秘密を持つ者が安心してゲームできるよう。『ろば耳プレイヤー』という単語を作り、広めようと」
「…………」
生徒会長の言葉は、俺にとって救いを感じた。
ヘアピンコレクターは、そうそうにカミングアウトできない。でも、誰かに知ってほしいと思う時がある。同じ¦(男の)ヘアピンコレクターは存在しないかもしれない。でも、似たような境遇を持つ人ならば、バラしても恐くはない。お互い様なのだから。
「飾磨君、君は我が校3番目の『ろば耳プレイヤー』だ。
そして、この名前を考えた私を『ろば耳』の創始者であり最強の ろば耳ファイター『ろば耳キング』と呼んでくれ」
「…………」
堂々と自分の事を『キング』と言える生徒会長は凄いとしか言いようがない。
「ろば耳か……」
秘密の『好きなもの』を持つ人達が安心してゲームできるようになれば『hmw』は、世の中はもっと楽しくなるんだろうな。
この学校にも、同じ境遇の人はいる。そう思うと少し色あせて見えた学校に色を感じることができた。
しかし3番目って……。
俺と生徒会長を引いてもまだ、1人、いるのか?




