表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ろば耳  作者: 楠木あいら
10/48

自称キング1

 空になったカレー皿にスプーンを置き、ため息をついた。

 時間は昼休み、場所は食堂。

 周りは賑やかだが、俺には話す相手がいない。


『友達がいないと、寂しいものですね、マスター』


 頭の中でゲームの相棒が、さらりと言った。


『マロンよ、誤解を招くような発言はしないでくれ。今、ここにいないだけだ』

『誤解って、誰に対しての事ですか?』

「……」


 俺はスマホをポケットにしまった。


 言っておくが、友達がいないわけではない。友達といっても昼飯や休み時間に雑談するレベルだが。


『ヘアピンコレクターのマスターが孤立していないのも不思議ですね』


 俺は、ポケットのスマホを一瞥する。

 1人で昼食だから、話し相手になるだろうとマロンの発言をオンにしたのだが、こっちがスマホから打ち込まないと発言できないのをいいことに言いたい放題である。

 この前のアップグレードでマロンの性格が悪くなったような気がするのは、俺だけであろうか。


『まあ、マスターの無難な学校生活を過ごすために、雑談力の努力はマロンが一番、知ってます』


 マロンは俺がスマホに打ち込んだデーターを知り尽くしている。俺の涙ぐましい努力もわかってくれているとは。


『今日もリムリムの袋とじについて調べてましたね』


 前言撤回。

 ……あ、いや……しまった。ここで雑談力のネタとして調べたと言い切っておけば良かった。


『マロンは、マスターが本当に打ち解けられる人に会えたらと思っています』


 マロンの一方通行の会話だが、心に響く事も言ってくれる。

 まあ、確かにマロンの言う通り。ヘアピンコレクターを隠して生きているせいか、気を許して話す事はない。

 もし、ヘアピンコレクターである事、片鱗をポロッと口にして、疎外されるのを恐れている。


「……」


 今日はたまたま、おかんが炊飯器のタイマーをかけ忘れ、弁当が作れないから1人食堂でカレーを食うことになったが、孤独を感じるのと共に安堵も感じている自分がいた。


『もう少し、気兼ねなく話せたらなぁ』


 俺はいつの間にかスマホを取り出し、マロンに言葉を打っていた。


『同じ人たちはいますよ、マスター。ゲームで知り合った人たちがそうじゃないですか』


 そう言えばそうだな。

 考えてみれば、今までの対戦相手は全てBLが好きだったり、バルバニアファミリーや(くるぶし)が好きな、変わり者ばかり。人のことは言えないが。


『同じ環境を持つ人達が、もしかしたら校内にもいるかもしれません。

 なので、今すぐ、バトル申請OK状態にして、昼休みをバトルで満喫しましょう』


「……」


 何かうまく丸め込まれているような気がする。

 まあ、マロンはバトルするゲームのキャラクターだから、バトルは彼女の生きがい。そう仕向けるのも仕方ないかもしれない。


『だけど、校内でのバトルはリスクが高すぎる』


 同じ心境の人は、少ない。ましてや俺と同じレベルの『好きなもの』を持つ者は。


 マロンの話に『却下』と言って、さっさと教室に戻り、それなりの友と雑談をしようと考えていた。


「…………」


 いたのだが……

 俺は一つの行動をとりたくなった。

 バトルはしたくないが、今、この学校に『hmw』をやっている人はいるのだろうか? という好奇心が芽生えた。

 もし、いたら、どんな奴で、どんな相棒なのか、見たくなった。

 なので一瞬だけ、バトル申請OK状態にすることにした。

 ちなみに校則はスマホ、携帯の持ち込みはOK。休憩時間なら使用可能。授業中に使っているのがバレたら没収。

 念のため、辺りを見回し、スマホ画面をみようとする奴がいないか安全確認してから『hmw』を起動させ、少し震える指先でバトル申請をOKにした。


「……」


 急いで元に戻した。


「…………………」


 いた。

『hmw』やっている奴が、この学校にもいた。



 しかも斜め前に


「…………」


 体も思考もフリーズした。

 まさか、そんな近くにいるなんて。

 いいや、間違いではなかった。一瞬だけ、そいつの肩に二頭身のキャラクターが座っているのが見えた。


「…………………………」


 視線が、そいつに進めない。そいつが食べていたうどんの器までしかいけない。


 どうしよう。

 いや。ここは、何もなかったかのように席をたとう。そして教室に戻り、それなりの友と雑談して、昼休みを楽しむんだ。

 そう、何もなかったのだ。


 立ち上がった俺は、肩に違和感を感じた。


「今日は楽しい昼休みになりそうだ」


 そいつがいた。っていうか、いつの間に移動したんだ?

 さっきまで斜め前にいた奴は、眼鏡をかけた典型的な優等生タイプ。こいつ、名前は知らないけれども、どこかで見たことがあるな。


「生徒会長の顔を忘れるとは、さては、私に一票いれていないな」


 生徒会長だったか。


「君はhmwをしている事を隠しているようだね」


 耳元でささやいたはずなのに、心の奥底までひびいた。


「一瞬だけ見えた、君の相棒。なかなか、個性を感じたよ」

「…………」

「hmwやっている事がバラされたくなければ、私と一戦することだ」

「………」


 俺が承諾したと、認識した生徒会長は歩き出した。


「ついてきたまえ。とっておきの場所がある。ああ、もちろん、食べ終えた食器を片づけてから」




 自分の好奇心を心の底から呪った。

 なぜ、学校内でバトル申請OK状態にしてしまったのだろう。

 バトルすれば、間違いなく。ヘアピンコレクターであることがばれてしまう。

 学校中に、雑談を交わしていた仲間の耳にも入ってしまう。


「終わりだ……」


 逃げるか。逃げ出せば、『隠し事がある』のは、確定してしまうが。ヘアピンコレクターまではバレない。

 そう考えたものの、何故か体が動けなかった。まるで生徒会長から見えない鎖がつなげられているかのように。じゃらりじゃらりと幻の音をたてて、重くなった足を何とか動かしていた。


 食堂を離れ、階段を上がり、長い廊下を進んでいく。


 生徒会長の足が止まった。


「さて、君を最高のバトル会場に連れていくのだが、会場を使用するには条件がある」


 生徒会長はニヤリと笑った。


「私が指示するまで、一言も口を開かないようにしてくれたまえ」


 そう言うと、生徒会長は静かに引き戸を開き『図書室』とかかれた部屋の中へ入っていった。


 図書室。何度か足を踏み入れたことはある。

 私語厳禁。勉強するための重苦しい空間…と、馴染めない者にとって、よっぽどのことがないかぎり、近づく気にもなれない。

 生徒会長は、さも自分の教室か部屋のような軽い足取りで進み、受付の図書委員に軽く手を挙げて、無言の挨拶をした。

 受付は人差し指で部屋奥を指差してから、丸を描いた。


「……」


 生徒会長は頷くと、歩き出し、受付の視線を感じながら俺も後に続く。

 図書室の説明をすると、本の借り貸しをする受付があり、低めの本棚が置かれ、少し奥に勉強できる長い机と椅子。その奥は本棚がズラリとある。

 窓側にも席はあるが、こちらは丸い机と椅子が四つ、囲んであった。

 生徒会長の足が止まったのは窓側の席の一番奥。

 もしかして受付の図書委員と無言のやりとりは、この席が空いているかの確認なのかもしれない。

 図書室の常連、しかも生徒会長ならば、それぐらいできるだろう。

 そう考えている俺に、生徒会長は手振りで、入り口から背を向ける席に座れと指示してから、本棚から百科事典を4、5冊も取り出した。

 それを一冊、俺の左横に置き、残りを自分の右横に積み上げる。

 それから今まで説明していなかっとが、小脇に抱えていたプラスチック製の書類ケースからルーズリーフと筆記用具を取り出し一枚、俺の前向きに置き、シャーペンを渡す。


『勉強しているフリをして、スマホは周りから見えないように操作。もちろん、マナーモードだ』


 言われた通り、横に置かれた分厚い本を適当に開き、ルーズリーフに何かを書く姿勢のまま、ポケットからスマホを取り出しルーズリーフの真ん中に置いた。

 生徒会長は、何度も対戦しているのか、4、5冊積み重ねた本の後ろにスマホを持っていく。

 一番奥の席で本や背中でスマホは見えない。しかもそのうち1人は真面目の塊にしか見えない生徒会長。近くにこない限り、ゲームをしているなど誰にもわからない。


『私が常に見張っているから、安心してバトルするが良い。バレたら、君だけではなく、私にも悪影響が出るから。そこは信用してほしい』


 生徒会長は一度、スマホをポケットにしまってから、ルーズリーフに書き込んだ。後半の言葉は更に安心できる。

『わかった』と頷いてから、俺はスマホを操作し、バトル申請をオンにして対戦相手の候補を見る。

 さすがに図書室内でバトルしようと考える奴は俺達しかいないようだ。

 ゲーム主の名前IDは『生徒会長』相棒の名前は『生徒会書記』……会って まもない仲だが、じつに彼らしい。

 しかも生徒会長の肩に座る相棒は、この学校の制服そのものだった。

 相棒の姿はスマホに入っていた単語等から作られ、自分で変える事はない。彼のスマホには一体、どんな単語が打ち込まれているのだろうか……

 『生徒会書記』と名付けられた相棒は肩にかかるぐらいの黒髪をおさげにした眼鏡っ子。……確か、副会長以外は男だったな。彼が望む理想の生徒会書記なのかもしれない。

 生徒会長から届いたバトル申請を受諾するとマロンと『生徒会書記』の眼鏡っ子は肩から机の上ひ飛び降りたが、そこから、さらに床に飛び降り、巨大化した。

 俺達と同じサイズになったマロンと、眼鏡っ子。……おいおいおい。しかも、今回の武器はハンマー。

 某モンスターを狩るゲームに出てくる巨大サイズ。眼鏡っ子は、おもちゃ屋でみかけるピコピコハンマー。マロンは星の飾りがついたヘアピンを無理矢理巨大化したもの。持つ部分は細く当てる部分が星の形になっていた。現実で振り回すならかなり使いづらいだろうな。


「……」

『驚くのも無理はないが、姿勢、視線は崩さないように』


 スマホに生徒会長からメッセージが届き、視線をルーズリーフに戻す。この前のアップグレードでバトル相手とチャットができるようになった。これ以降、生徒会長との会話がスムーズになりそうだ。


『図書室でバトルすると通常サイズになってしまうのだ。面白いだろう』



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ