異世界チート勇者が教える獣人少女のいじり方
テポルシ季の最終日である茶月・滲の日。元ジウィック王国王城、現ジウィック国の国城。城の象徴として注目を集めてきた三つの尖塔のうち、中央の塔は代々王家の居室が治められていて、メイドや特別に許可された者以外は指一本入ることさえ許されない聖域である。その許可を出せるのは国王であり、この命令は主に愛人を連れ込むための方便として用いられていた。
だが、あくまでこれは昔の話。
現時点において王族の血を継ぐのは若き姫君ただ一人であり、彼女からの許可を歴代最長で受け続ける一人の男がいた。
「流石にちかれました……」
異世界から来た金髪サラサラロン毛、チート勇者その人である。
真っ赤なカーペットにだらしなく横たわる彼を見下ろすのは、先日ひょんな出会い方をしたワーウルフの少女であった。
「また治癒魔法でも使えばいいじゃないですか。ええと、シルクロード様?」
「ディルクリードです!」
「ああ、吠える元気があるなら大丈夫ですね」
「ワーウルフに言われると、なんか皮肉めいて聞こえるんですが」
勇者はよっこらせと立ち上がると、濁った汚水が溜まるバケツを一瞥した。これを一階の濾過室にまで運べば、ひとまずノルマ達成となる。ちなみに勇者たちが今いる最上階の高さは約40メートル、がんばれ勇者、負けるな勇者、足腰強化は老後の健康につながるぞ。
「……フッ」
「なんですか、自嘲的に笑ったところで手伝いませんよ」
「そんなこと言わないでくださいよ司会さん。ワーウルフなら力だってあるでしょう? 握力とかコアラ並みじゃないんですか?」
「私が司会だったのは昨日の話です。あと狼に握力とか求められても困ります」
「最強候補なのに握力弱い司会さんかわいい」
まあそれでも、女性として充分すぎる力はあるのだが。
「だから、その司会さんっての止めてもらえないですか?」
「最強候補なのにプンスカする司会さんかーわーいーいー」
「やめい」
「ハッハッハ、主要登場人物の名前だけが登場しない小説があってもいいじゃないですか。斬新ですよー」
たしかに今の時点での名前持ちは、先々王ハイン、先王ルイス、騎士団長ミカゲの三人のみである。ディルクリードは個人名というより肩書きだからね。
「言うほど斬新じゃありませんよ。わりと使い古されてる手な気がしますが……」
「なっ! そ、それを言うなら、獣人少女がポンコツスパイっていうのもテンプレ中のテンプレではありませんか! 存在自体!」
「はああ!? じゃあ言わせてもらいますけど、異世界チート勇者が主人公ってありがちどころの話じゃありませんよ!」
「それは王道と呼ぶんです!」
「詭弁だ!」
「いいや、断固として違います!」
「どう違うって言うんですか!」
「では城下町の人々にアンケートでもとってもらいますか? ついでに他国に対する製紙業のアピールにもつながりますし一石二鳥です」
「なるほど、それなら正々堂々と……なんて言うと思いましたか? 自国の民なんて全員サクラみたいなもんでしょう! やはり今ここで決着をつけるべきですルミネマート様」
おいおい、なんか歯止めがきかなくなってきたぞ。
「そっちこそ人を名前で呼ばないどころか、シルクだルミネだ間違えまくっているじゃないですか!」
「どっちでもいいじゃない!」
「どっちでもありません。ボクの異名はディルクリード、ドイツ語の『導く(ディルク)』と英語の『導く(リード)』を組み合わせた、サイッッッコーにクールな名前なんですよ」
「きっとあなたが考えなくても、どっかの誰かが考えてましたよ」
「そんなことを言い出したらすべてはパク理論の闇に飲み込まれてしまいます。あらゆる日常物はあずま○が大王のパクリ、あらゆるスペースオペラは銀河英○伝説のパクリ。SFとRPGを組み合わせた瞬間、それはクロ○トリガーのパクリですし、極論を言ってしまえば、創作物に限らず、ありとあらゆるものは月○のパクリになってしまいますよ、それでもいいんですか!」
「そんなバナナ」
いいから早くバケツを持っていけ。
「なるほど、ちょっと極論すぎる気はしますが言いたいことは分かりました」
異世界人なのに今のが分かっちゃうお前もお前でどうかと思う。一応、勇者が持ち込んだ電子ブックのおかげでたいていのパロディネタは通じる設定にできるのだが、会って1日のワーウルフがこれだけのサブカル知識を仕入れたというのは少々どころでなく苦しい、が、これがご都合主義というものだと読者諸君にはご理解いただきたい。
「しかし勇者様」
「ん?」
元司会さんは見えない机をバンッ、叩くと
「筋肉質なムキムキマッチョが真性ドMというのは、言い逃れのできないテンプレです‼」
とうとうこの場にいない奴まで引き合いに出しちゃった!
詳しい事情については第1話終盤を参照。
「ぐ、ぐああああああ!」
ズビシャアッ、と、勇者の胸を何かが貫くような音がした……気がした。
「だいたいあの男、城に着いてからいつの間にかいなくなってますけど、今頃どこにいるんですか?」
「地下牢」
当然の措置である。
「ちなみに本名はドエームと言うみたいです」
「なんのひねりもない!」
またメイン二人を差し置いて、どうでもいい名前が判明してしまった。
「ドエーム・イタミスキー。今年の初めに南方から上京してきた実直な青年で、あの会場には手違いで入場してしまったとのことです。村では勤勉な働き者として知られ、女遊びもせず、太陽と畑を愛する村一番の人気者。上京した理由は都の農学を学び、知識を故郷に持ち帰るためだったんでしょうね」
「うわあ……なんだろう、このやるせない感じ」
「彼をああしたのは貴方ですよ司会さん」
「い、いやあああああ!」
罪悪感に耐えきれず叫び出す司会(殺し屋のくせに豆腐メンタル)。
「てか、どさくさに紛れてまた司会って!」
「ええ言いましたよ。何か問題でも? 嫌なら他の呼び方を提示すればいいじゃないですか」
「ぐ、ぐぬぬ……」
おや、どうしてか司会さん、険しい顔をして後ろずさっています。毛深いため足音はしませんがバレバレです。いったい何が彼女の口を押さえつけているのでしょう。
「シ……」
「え、なんですか聞こえませんよ。もっと歯切れよく」
「シ……シ……」
「司会さんが嫌、本名も嫌、それならこっちも好きな呼び名を考えるまでです。うーん、何がいいですかねー。ワーウルフさんというのも安直ですし――あ、猫耳をつけてましたから、にゃんにゃんウルフさんというのはどうでしょう。ね、にゃんにゃんウルフさん。可愛いなあ。最強候補なのにコスプレ好きのにゃんにゃんウルフさんかわいい。鳴いてみましょうにゃんにゃんウルフさん。ファン獲得のアタックチャンスですよ。なんたって犬好きと猫好きを両方取り入れられるんですから。三回まわってにゃあと鳴けば、この世に惚れない男は――」
「シ……シキャインバックだ‼」
塔を揺らすような勢いで司会――もといシキャインバックは叫んだ。鋭い犬歯が二本、壁にかかったランプの明かりを反射する。それから彼女はコホンと咳をして
「シキャインバック・ニヤウルフ。それが、かつて私がこの塔に住んでいたときの名です……」
あえて昨日までの名前を出さなかったのには、彼女なりの理由があるのだろう。
中央の一番高い尖塔は、王家とメイドと、そして愛人のもの。先々王ハインに見初められていたシキャインバックの瞳に映るここは、下級メイドが羨望する仕事場でも、民が崇める聖域でもない。
まぎれもない、一つの故郷なのだ。
勇者は深く呼吸をしたあと、ニコリと微笑んでシキャインバックを見つめた。
「分かりましたよ……シキャイさん」
「言うと思ったーーーー‼」