大切だから…
時計屋。
時計屋は、戻りたい時間に、自由に戻してくれるそうだ。
でも、だからって。
いいのだろうか。よもぎは考える。
そんな事をしたら、世界はどうなる?
でも佑衣は、佑衣だけは…。
よもぎは、足早に歩いていく。
時計屋に向かって、真っ直ぐ。
「おはよう。遅かったね」
時計屋の少年は、待ちくたびれたというように、飴を舐めながらカウンターに座っていた。
やっぱり、この子は知っていたのだ。
佑衣が、いなくなってしまう事に。
「授業サボって来たんだ。悪い人だなぁ」
「あなたっ、は」
平然と、無表情で座る少年に、よもぎは言葉を投げかける。
「知っていたのですか?…佑衣の事を」
すると少年は、かくん、と怖いくらいに首を横に傾けた。
「ん?知っていたわけじゃないさ。心外だなぁ。これじゃあ僕が悪者みたいだ。そうじゃなくて、僕の仕事だったってだけ」
無表情だから、少年の感情は伺えない。しかし、だからこそ無性に腹が立った。
「なんで教えてくれなかったんですか?私、知りたかったですよう」
「知っていたら、お姉さんは何をしたんだい?」
っ、と言葉に詰まる。
「何か、できたかもしれないじゃないですか…!」
「できないよ」
いくら言い返しても、真っ向から否定される。
というか、今よもぎがしていることは、ただの八当たりでしかなかった。
「僕に当たらないでよ、そもそも、これは誰も悪くない。不慮の事故なんだ。今更どーにも…」
淡々と語る少年は、ふと顔を上げた。
「だからここに来たの?」
無表情だった少年の顔が、少し歪んだ。
「いいよ。でも、時間っていうのは高いよ?払えるの?」
二つめの飴を口に入れ、入れた瞬間ガリッと噛み砕く。
「君の記憶、全部でいいよ。」
代金はいらない代わりに、代償を払ってもらうのが、決まりなのだそうだ。
「なんだ」
よもぎは言った。
「安いもんじゃないですか。いーですよ、私の記憶でよければ差し上げます。でも、どうか、佑衣だけは助けて下さい」
「おかしいよ」
ボソっと、少年は呟いた。
誰に言う訳でもなく。
よもぎの方を、向きもせず。
「わからない…。どうしても。なんで人間は家族以外の人の為にここまで必死になるんだろう。なんで?なんでなんだい?君達はそんなに必死になって…何を守ろうとしてるんだい?」
つくづくわからない生き物だよ、言って少年は、カウンターから飛び降りる。
「…僕は時々時雨。お買い上げありがとうございます、よもぎさん」
あれ、私は名乗ったっけな、と一瞬考えたが、まぁ、いいとする。
「あーのー…」
「?」
「なんで、ここまでするか、教えましょうか?」
「聞いてもわからないよ、きっと。」
「それはですね、友達だからです」
「…ともだち?」
「友達っていうのはですね、家族みたいに大切な存在なんです。私の、全てでもありました。」
「ともだちだから…」
「そうですー、単純でしょう?」
大切だから、守る。大切だから、助ける。大切だから…
大好きなんだ。
「私はですね、小さい頃、いじめられてたんです」
よもぎは、誰にも話した事の無い過去を話し出した。
「なんか、話が合わなくて。いつも、夢みているみたいで。だけど」
佑衣はそんな私を受け入れてくれた。
友達だと、言ってくれた。
それが、私にとって、どんなに…
「…そっか。やっぱりお姉さんは…」
「はい?」
「なんでも」
「だから私、恩返しがしたいのです」
お願いです、時計屋さん。
佑衣を、返して下さい。
まだ、佑衣に時計、渡してないから…。