時計屋の少年
私は、変だ。
結由よもぎがこう感じ始めたのは、小学3年の時だった。
話が、噛み合わない。というより、毎日が幻覚のような、夢でも見ていたかのような、そういう感じになる。
よもぎは、少し変わった女の子だった。
みんなと話が合わず、障害者だなんだと言われ、いじめられてきた。
孤立し、孤独な生活だった。
家族でさえ、彼女の事が理解できなかったのだ。
「あんなところに、お花は無かった」
突然、もう何年も経っている花壇を指差し、よもぎは言った。しかも、今まではお墓があったというのだ。
始め両親は、空想の中で遊んでいるだけだと思ったのだが、違っていた。
ある日、小学校の友達が、交通事故で亡くなった。その時はみんなで泣いていたのに、次の日になると、みんな笑顔で話をしている。
その中には、死んだはずの友達の姿が。
「きーちゃんトラックにぶつかってしんじゃったのに、なんでいるの?」
これは1番酷い例だが。
誰とも分かり合えない自分。いじめもあり、よもぎはだんだん塞ぎこんでいった。何がみんなと違うのか、それがわからなかった。
まるで、違う時間に生きているような。
嘘つき!と誰かが言った。
小学校で、恐らく1番言われた言葉。
嘘つき!嘘つき!
いーけないんだぁ!ウソつきよっちゃん!
嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき!嘘つき、
う
「うわぁぁ‼︎‼︎」
結由よもぎ、高校1年生。
「おはようございます、結由さん?」
9:53、数学。
「お、おはようございますです?」
居眠り常習犯。
目の前には、先生。
「ち、違うんです!いやぁな夢を見てただけで…っ」
「ってことは、寝てたんじゃないですか!」
よもぎの脳天に、雷が落ちた。
「よもぎ、寝不足?」
吉田佑衣はよもぎに話かける。
「そういう訳では無いのです…どうしても、あの先生の声が子守唄にしか聞こえなくて…」
呆れた顔をして、佑衣はカバンを持った。
「心配して損したぁ!じゃ、帰ろ!」
「心配して損することなんて無いのです!」
無茶苦茶を言って、2人は歩き始めた。
「ねぇ、私ね、ちょっとよもぎに言いたい事があるんだ…」
「はい?なんでしょう」
「あのね…、実は」
何やらもじもじしている佑衣だか、よもぎには、何の話だか見当もつかない。
頭にクエスチョンマークを浮かべ、佑衣の次の言葉をまつが、佑衣は突然、
「そうだった…!今日、用事ある…」
と、焦りだした。
「なんですと!私は置いて、さっさと行って下さい!」
「…、ごめん!」
何か言いたげな、そんな表情をして佑衣は走りだす。
「明日話すね!」
とだけ、言い残して。
と。
暇になったよもぎは、ふらふらと繁華街を歩きまわる事にした。
「繁華街とか言っても、何にも無いですよぅ」
ふらふらゆらゆら、ほっつき歩く。そしてよもぎは、オシャレな、可愛いお店に辿り着いた。
「なんですかこれ…、スゴイ、このお店可愛い…。寄ってきたい。」
その、中世のヨーロッパの様な構造で、止めてもステキなお店は、
「と、…けいや…?」
時計屋か!時計屋らしかった。時計しか売ってなく、どうやら今は店員もいないようだ。
しかし、どうしても、何故かどうしても入りたかった。時間は6時ちょうどだ。まだ余裕がある。
「お邪魔します…」
店に入るのに、お邪魔しますは変な話だが、よもぎは入ってみた。
可愛らしい時計が沢山。
「…いらっしゃいませー」
夢中で見ていると、どこからか、気だるげな声が聞こえてきた。
顔を上げると、どうみてもよもぎより年下の少年がカウンター越しに立っていた。銀髪、碧目の変な少年。
「お姉さん、何か探しもの?」
口調は丁寧だが、何だろう。無機質な声だ。感情が全く篭っていない喋り方。無表情だし。異質、という言葉がお似合いだ。
しかも、店員なのか疑いたくなるような物を手にしている。
棒付きキャンディーである。
「見てるだけですよー」
結構びっくりなお店で、突っ込みどころ満載だが、よもぎは少しの事では動じない、無駄に高い適応力を持っている。
だから、この店から外を見ると真っ暗な夜に見えたとしても、動じる事は無い。
「驚かないんだね。お姉さん」
ボソッと、少年は呟いた。
「えー?何に驚けばいいんですかぁ?」
「外かな」
「え、あぁ…、えぇぇぇ‼︎びっくりしたぁ!いつの間にか真っ暗じゃん!…みたいな?」
……
…………
………………笑ってくれない。
真顔であった。苦しい。
「このお店ね、少し変わってるんだ。見ればわかるでしょう?だから、変わったお客様しかこないのさ。で?用件はなに?」
用件、と言われてもだ。特に無い。ふらっと入っただけだから,
「ここのお店で売ってるもの、時計だけじゃ無いんだよ」
「そうなんです?どこに何があるっていうんですか、何にも無いですよう」
見渡す限り、時計、時計、時計時計…。
特に変わったものは見えない。
「じゃあ、教えるよ。ここに来た人達には全員教えてることだから」
どんなものかと思ったら、
「時間だよ」
と、少年は言った。
「時間とは?」
よもぎは冷静に聞き返す。
「だから、時間。売ってあげられるし、変える事もできるよ。スゴイでしょ」
よもぎの適応力の高さは、この場では全く通用しなかった。
無表情に、そんな突拍子も無い事を語られても。
「じゃあ、私に時間をくれるんですか?」
「んーー…、あげ無いよ。売ってるから」
そんな嘘みたいな話、信じる人はいるのだろうか。そんなもの売ってたら、人生苦労しない。
「へぇ。そうなんですか…、面白いお店ですねぇ。」
「人間はね、嫌な事、辛い事、苦しい事は
覚えているくせに、楽しい事、嬉しい事はすぐに忘れちゃう生き物なんだ。なんでだと思う?まぁ、そのお陰で僕が儲かってるからいいのだけれど」
「はぁ…」
こくこくと頷きながら、少年の難しい話を聞いていた。すると、ずっとポーカーフェースだった少年の表情が、一瞬揺らいだ。
あ、と呟き。そして言った。
「予言します。君は明日もここに来る」
ゾッとした、というか、単に嫌な予感がした。
「じゃあ、また明日ー」
とだけ言って、少年は奥のへ部屋に戻っていった。
「ま、また明日?です…」
確かにまた来ようとは思っていたが、これは新手の客取りか?なんなのだろう。
疑問に疑問を浮かべながら、また時計を物色し始めたよもぎ。
そして、茶色い腕輪で、キラキラとした可愛い時計を見つけた。
友達と、2人でお揃いにするのにぴったりの。
「あ、これ可愛い…」
明日、佑衣にあげよう、言ってよもぎはさっき少年が入った部屋をノックした。
しかし、返事は無い。
「あのー、お会計…」
ゆっくり開けてみた。しかし、そこに少年の姿は無かった。
「…え」
ドアも無ければ窓も無い、そんな部屋で、少年はどこに消えたのか。
ただ一つ、部屋の中心に置かれた柱みたいな大きな時計だけが、不気味にカチカチ鳴っていた。
仕方が無い、金だけ置いて帰ろうと、よもぎはメモ用紙、代金だけ置いて、店を後にした。
中からみたら真っ暗だったのに、出てみると外は明るかった。
「なんだ、あまり長居しなかったんですか」
と言い、時計屋を後にした。
外の時計が、未だに6時を指しているとは気づかずに。
そして次の日。
運命は、残酷だ。
昨日買った時計を、佑衣にあげようとご機嫌で学校に向かったよもぎ。
しかし、佑衣は休みだった。
というか。
佑衣はもう二度と、学校に来れなくなった。
佑衣は、死んだ。
理由は、わからない。
先生を問い詰めると、交通事故だと言っていたけれど、嘘なのはすぐわかる。
教師達の顔が、青ざめているから。
大方、何かの事件に巻き込まれたか、あるいは…。
しかし、佑衣に限ってそんなことは無い。
可能性として、考えたくない。
今更考えたってなにもかも遅いのだ。
だから。
佑衣に、この時計は渡せなくなった。
もう、永久に。
そんな時、ふと。あの時計屋の事が脳裏を過った。