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彼方からの使者

「にゃあん」

 足元に黒猫が近づいてくる。公園のベンチに座っている彼の靴をなめ、くるぶしに気持ち良さそうに柔らかい体をすりつける。

 一度も見かけない猫なのに、異常な人懐こさだ。

 彼は迷惑げに眉をひそめて、持っていた飲みかけの缶コーヒーを数滴、猫の鼻に落とした。

『ぶ、ぶはあっ』

 猫は、異様な声をあげた。

『アチチ。ひ、ひどいじゃニャいですか。閣下』

 見るまに黒猫の体がふくれあがり、黒く逆立つ体毛と、鋭い角と牙とを持つ小柄な若い魔族の姿へと変わった。

『ヴァルデミール!』

 驚いて、腰を浮かしかけるゼファーの前に、

『しもべの名を呼んでくださるとは、光栄至極』

 異形の獣は、前足を折り曲げて拝礼する。

『長い間お探し申し上げました。我らの君、魔王閣下』



『そう言えば、おまえの魔の力は変身をすることだったな』

 遥かな故郷アラメキアからの同胞に会えたなつかしさと戸惑いに、ゼファーは目を細めた。

『はい、よくぞ覚えていてくださいました』

『人間に見つかれば、おまえの格好は騒ぎになる。もとの猫の姿に戻ってくれ』

『仰せのままに。閣下』

 黒い魔族は、もとどおり一匹の猫と化した。

 夕闇の濃い公園の片隅をもし誰かが通り過ぎたとしたら、その目にゼファーは頭のおかしい男としか映らなかっただろう。ミュアミュア鳴きたてる子猫にわけのわからぬことばで話しかけているのだから。

『どうして、この世界に来た?』

『もちろん、魔王閣下に拝謁するためです』

 猫は肩をそびやかした……つもりらしい。

『閣下をお捜しするには、とても長い年月がかかりました。失礼ニャがら、仰ぐ者すべてを震撼させるかつての偉容と魔力を失われ、ただの人間の男のお姿とニャっておられましたので』

『そうだろうな』

 ゼファーは苦笑した。

『それなのに、よく俺だとわかったな』

『だからこそ長年おそばに仕えていたこのしもべが、アラメキアの全魔族の使者として選ばれ、ここに参ったのです。私ニャら、閣下の匂い……し、失礼いたしました。閣下のかげりのニャき威光が見分けられるからです』

『だが、いったいどうやってここまで来ることができた? 精霊の女王でもなければアラメキアからこの世界への道筋をつけることはできまい』

『それは、閣下がアラメキアに送り込まれた人間を使って、でございます』

『なんだと?』

 彼はわが耳を疑った。

『俺が送り込んだ?』

『はい。アマギと申す白髪のじじいと、その横にそびえるゴーレムのごとき「転移装置」と申すものです』



 マッドサイエンティスト天城博士。

 ゼファーがこの世界に来たばかりで、まだアラメキアに帰ることを目論んでいたとき、並行宇宙の理論を唱え、アラメキアに向かって穴を開ける装置を提供した科学者である。

 渋谷のビルの地下に据えつけた巨大集積装置は、佐和を殺して暴走を終えたあと、天城博士の姿とともに忽然と消えてしまっていた。

 まさか、それがアラメキアに送り込まれていたとは。

『アマギによれば、閣下はアラメキアに人間の大軍を持って攻めこむ計画をたてていらっしゃるとのこと。しかし、その装置がニャいために、それを果たせずにいるのだろうとのことでした。そこで私が閣下の凱旋をお手伝いするために、こちらに送り込まれたのです』

『動力はどうした。確かあの機械は、膨大な電力を必要としたはず。それにアラメキアとは7年に一度しか行き来ができぬと言われたぞ』

『アマギに研究させたところ、雷獣トールのミョルニルの数撃でそれと同じ力が得られるとわかり、自由に使いこなせるようにニャったのです。さらに時間神セシャトの魔力により、いつでも行き来が可能にニャりました』

『天城のやつ、さぞやアラメキアのほうが住み心地は良いことだろうな』

 皮肉な笑みを口の端に上らせると、ゼファーはベンチを立ち上がった。

『閣下、お待ちください。どこに行かれるのですか?』

『家に帰る』



 彼はゆっくりと大股で歩き出す。黒猫はあわててその後を小走りに追う。

『ヴァルデミール、俺はもうアラメキアには戻らん。こちらで人間として一生を終えることに決めたのだ』

『ニャ、ニャんですって』

 男の後をミャーミャー鳴きながら追いかける毛並みのつやつやした黒猫に、道行く人は不思議そうに、しかし微笑みながら振り返る。

『俺には、ここで守らねばならぬ家族ができたのだ』

『カゾク。カゾク、それはニャんですか?』

 ヴァルデミールは信じられないといった叫びを上げた。

『俺の妻と、その子どもだ』

『閣下にお世継ぎができたと?』

『ああ。まだ生まれてはいないが』

『では、ニャおさらアラメキアにお戻りください。魔王軍一同、魔王閣下とその皇子みこを諸手をあげて歓迎しましょうぞ』

『俺は人間だ。もはや魔族の長として君臨することはならぬ』

『それニャら、ご心配にはおよびません』

 忠実な部下は、たたたっと家の塀に駆け上り、そこから狙いを定めてゼファーの肩にジャンプし、耳にささやく。

『アケロスの洞窟に封印されていた閣下のお身体を、精霊と人間どもの手より取り戻しました』

『なんだと』

『数ヶ月もの間、精霊の都に総攻撃をかけるふりをして精霊どもの気を引き付け、その隙に精鋭軍300でアケロスの最奥に潜入したのです。

そして魔女たちのいけにえの力で、結界に釘付けられていた御身体の奪還を果たしました。これでいつお戻りにニャられても、その脆弱な肉体を脱ぎ捨てて、あの最強の牙と角をそニャえた美しい御身体に宿ることができます』

『そのために、何百の魔族を犠牲にしたと言う?』

『確かに……。でも閣下のためニャら、みな死はいといませぬ』

 ゼファーは心の痛みに、かすかに顔をゆがめた。

『……それでも俺は、この世界を住処と定めたのだ』

『そんニャ……』

『許せ。ヴァルデミール。アラメキアに帰って、皆にこれ以上無駄に命を落とすなと伝えてくれ』

『いいえ。私は帰りません』

 黒猫は、白くかわいらしい牙をむきだして笑った……ように見えた。

『私は、御身の忠臣。閣下とて、私の名を呼んでくださったではありませんか』

『あ……』

 人間の暮らしが長く、忘れていた。アラメキアの魔族にとって名前を呼ぶことは特別の意味を持つ。相手に従属を命ずるしるしなのだ。

『私は、閣下と一緒でニャければアラメキアには戻れませぬ。ここで一生、閣下のそばを離れぬ覚悟でございます』

『俺はもう魔王ではないのだ。俺のそばにいて何をするつもりだ』

『閣下のお世話をさせていただきとう存じます』

『猫の姿、でか』

 にじむ笑いを抑えることができない。

『ニャんなら、人間に変身してもよろしいです』

 彼の身体がみるみるうちに巨大化し、黒々と背中まで達する髪と浅黒い皮膚を持つ若い男の姿へと変わっていく。

 もちろん全裸の。

『うわっ。やめろ!』

 ゼファーはあわてて、着ていたコートを脱いで彼にかぶせた。

 道端で男同士抱き合っているかのごとき様に、見知らぬ中年の女がねっとりとした視線を浴びせて通り過ぎる。

『いいから、猫の姿に戻れ』

『それでは、しもべとして侍ることをお許しくださいますか?』

『わかった。とりあえず認める』

 数秒のちに、彼の腕の中にはコートにくるまれた子猫が抱かれていた。

 ゼファーは、深い苦悩のため息をついた。

『ともかく、俺を閣下と呼ぶのはやめろ。俺はここでは「瀬峰せほう正人」という人間なのだ』

『敬称をつけずに呼ぶことはできません。人間の家来どもはニャんとお呼びしているのですか』

『そうだな。このごろ会社では「主任」と呼ばれている』

『シュニンですか』

 ヴァルデミールは、うっとりしたような感嘆の声を洩らす。

『すばらしい。それは「閣下」よりも格段に威厳のありそうニャ響きです』

『まあ、そう思うなら思ってもいい』

 呆れたようにゼファーは首をすくめた。



 佐和は、夕食の支度の手を止めた。

 今、赤ちゃんがおなかを蹴ったのだ。

 愛する夫と下町の狭いアパートで暮らすようになって2年半。今、彼女の胎内にいる子どもは、8ヶ月になろうとしている。

 法を犯し、「妄想型の統合失調症」と精神病院で診断を受けて、長い間入院していた正人。自分のことを「アラメキア」という異世界から来た魔王だと思い込んでいる。

 そんな彼も工場で働くようになり、仕事でも認められ始めた。佐和にもようやく人並みの幸せな生活が訪れようとしていたのだ。

 廊下からめずらしく、無口な夫の話し声が聞こえる。

「おかえりなさい、ゼファーさん」

 玄関のドアが開くと、彼の腕には一匹の黒猫が抱かれていた。

「まあ、かわいい」

「佐和、あの……」

 夫は言いにくそうに口ごもった。

「こいつは、ヴァルデミール。俺がアラメキアで魔王だったころ仕えていた部下だ」

「まあ。アラメキアからのお客様なのですね」

 佐和は濡れていた手を丁寧にぬぐうと、押入れから客用の座布団を出してきて、黒い猫をその上に座らせ、丁寧にお辞儀した。

「はじめまして。妻の佐和です。アラメキアでは主人がお世話になりました」

『奥方さま。こちらこそ、よろしくお願いいたします』

 ヴァルデミールのことばは、佐和にはミャオミャオとしか聞こえない。

「ミルクがお好きかしら。ヴァル……。あ、お名前を忘れてしまいました。「ヴァル」さんと呼んでよろしいでしょうか」

「ミャオン」

 皿に注がれた白い牛乳に、黒猫は甲高い声で鳴く。

『シュニン、ニャんとお美しくお優しい奥方さまでしょう。私、感激のあまり尻尾がぴんぴんです!』

『フ。俺の選んだ女が、そこらへんにいる有象無象といっしょのわけがない』

『ところで』

 彼はきょろきょろと室内を見渡した。

『恐れ多くも、シュニンの御子はどこにいらっしゃるのですか? 見ればどこにもサナギが見当たらニャいのですが』

『俺の子は、佐和の腹の中だ』

『ええええっ』

 忠臣は、座布団の上から10センチも飛び上がる。

『こ、この世界の人間はサナギや卵ではなく、腹の中に子を宿すのですか』

『ああ、俺も最初は信じられなかったがな』

「たのしそうですね」

 佐和がにこにこしながら、ヴァルデミールの分の器を並べる。

「さあ、ごはんができました。お客様はこれでいいかしら?」

 黒猫の前のテーブルには、細長い皿に塩鮭がひときれ乗っている。

『ああああっ。私、これが大好きニャんです! マグロの刺身やカツオのたたきも』

 彼は感涙にむせんでいる。

『アラメキアにも、こんニャ美味しい食べ物はありませんでした。奥方さま直々の手料理でもてなされるなんて、ニャんて私は幸せ者でしょう』

「佐和。もしかして……」

 ゼファーは、自分の目の前に山盛りになったおにぎりを見ながら、うめいた。

「はい、すみません。塩鮭は今日はひときれしかなかったの。おにぎりの中身はなしになってしまいました」

『ヴァルデミール! そいつを返せ』

『え? ニャ、ニャぜですか?』

『鮭のおにぎりほど、この世で美味いものはない。おまえが来たせいで、俺はそれが食べられないんだ』

『そ、そんニャ。いくら威光あるシュニンといえど、それとこれとは話が別ですよ!』

 猫ととっくみあいを繰り広げる夫に、佐和は微笑んだ。

「ゼファーさん、うれしそう。やっぱり故郷のお客様が来るとなつかしいのですね」



「精霊の女王」

 返事はない。

 ゼファーは、通りがかった家の生垣からのぞく山茶花の色鮮やかな花をじっと見つめた。

 アラメキアの精霊の女王。かつて彼が精霊の騎士だったころ、近衛隊長として仕えていた。

「やはり戦乱の中にあっては、俺の声を聞くこともできないのか……」

 道理でこのごろ、彼女の姿を見ないと思っていた。

 かつては毎日のように、この世界を訪れていたのに。異世界で苦しみながらも、人間として生きようともがいていた頃のゼファーのもとへ。

「俺のせいで、俺の名のもとでまた多くの命が失われているのだな」

 人間と精霊とに挑むこの戦いを始めたのは、ほかならぬ彼だった。

 精霊の女王のもっとも身近にいながら、その愛を得られなかった己。

 憤りのあまり堕落して、悪しき欲望をもて魔王と化し、女王の治めるアラメキアに復讐しようとした愚かさ。

「俺はアラメキアに戻るべきなのか。そしてもう一度おまえの裁きを受け、二度と魔族が戦を起こさぬように、永遠の縛めを受けなおすべきなのか」

 佐和とその子をこの世界に残して。

 そんなことはできない。たとえ多くのアラメキアの民を見殺しにしても、佐和たちとともにいたい。それは身勝手なのか。ふたたび罪を犯すことなのか。

「ユスティナ。答えてくれ」

 しかし、冷たい氷雨を含む風が赤い花を揺らしても、答えが聞こえることはなかった。



 工場からアパートの部屋に戻ると、ゼファーは室内を見て驚愕した。

 佐和が紐で縛られて、身動きできなくなっている。

「ゼファーさん」

 彼女は困り果てたように微笑んだ。

「ヴァルさんとずっとかくれんぼをして遊んでいたんです。そしたら、急に紐を口にくわえて、私の回りをくるくる回って。気がついたら、こんなになっちゃいました」

『ヴァルデミール!』

 人を怖じさせるいかずちのような声で、彼は怒鳴った。

『お許しくださいませ』

 黒い猫の姿をした魔族は、全身の毛を恐怖で逆立たせながらも言い返した。

『どうしても、魔王閣下にアラメキアに戻っていただかなければ。そして魔族を率いて精霊の国を滅ぼしていただかねばニャりません。奥方さまと御子には、そのための人質にニャっていただきます』

『貴様、はじめからそのつもりで……』

『はい。もうすぐ打ち合わておいた時刻が参ります。アマギの操る転移装置が、ここにアラメキアに通じる穴を開ける予定です。私と奥方さまたちは、その穴を通って向こう側に戻ります』

『そんなことは許さん』

『それ以上お近づきにニャると、奥方さまのお命を頂戴いたします』

 忠臣はぶるぶると震える鋭い爪を、佐和の首に当てた。

「佐和!」

「ゼファーさん、私だいじょうぶですから」

 彼女は微笑んだまま。ただ夫の異様な剣幕を見て、ほんの少し声がかすれている。

『穴が開き始めました』

 アパートの安物の壁が、まるで広大な奥行きを持った神殿であるかのように、退き始めた。音もなく湿った風が吹き、部屋にいた者たちの髪を吹き上げる。

『もうすでにアラメキアとつながっています。魔力が身体に戻るのをお感じにニャるでしょう。今ならお望みにニャるだけで、閣下の真のお身体を手に入れることができます』

『……』

『アラメキアにお戻りください。魔族の世を作ってください。私ニャら、八つ裂きにされようとかまいませぬ! どうか……』

『ヴァル……デ……』

 暗黒の光輪がゼファーの身体をめぐり渦巻き始めた。抗しがたい破壊への欲望。

 虹彩はまばゆい紫に輝き、瞳の回りの白い部分は消える。なめらかな皮膚は鱗に被われ、口から鋭く長い牙が飛び出す。

 愛スルモノヲ……奪ウモノハ、スベテ……滅ボス。

 佐和の口から悲鳴が洩れた。

「ゼファーさん!」

 そのとき、佐和の身体から銀色の光が弾けだし、その場にいたすべての者の視界を奪った。



 気がつくと部屋は元通りのみすぼらしいアパートの一室で、人間の姿に戻ったゼファー、きょとんとしている佐和、そして必死に壁を叩いている黒猫がいるだけだった。

『ニャぜなんだ! アラメキアへの扉が閉じてしまった!』

 ヴァルデミールはミャンミャンと泣き叫ぶ。

「いったい何があったの。ヴァルさんと遊んでいて、急にわからなくなって……」

「覚えていないのか、佐和」

 ゼファーはしっかりと腕の中に彼女を抱きしめた。「よかった……」



「そなたの呪われた肉体は魔族の手から取り戻し、ふたたび封印した。魔王ゼファーよ」

 シュウメイギクの清楚な花が初冬の風に揺れ、精霊の女王のすきとおった裳裾が、その夜目鮮やかな白に融けこんでいる。

「アマギの転移装置も、ふたたび建てられることなきように破壊した。そなたがアラメキアに戻らぬことを知った魔王軍もすぐに鎮まるだろう」

「迷惑をかけた。精霊の女王」

 ゼファーは夜の公園の街灯の凍えた輪の中に立ち尽くす。

「俺の部下たちに、できる限り寛大な処置をしてくれ」

「こころえている」

「ヴァルデミールはこちらで預かることにする」

「不器用なほど忠実な男だ。そなたの力になるだろう」

 女王は、真珠色に輝く顔を微笑ませた。

「それにしても、あの転移の扉を閉じさせた力は何だったのだろう」

「おまえではなかったのか。精霊の女王。佐和の記憶まで消えていたので、てっきりおまえだと思っていた」

「私ではない。はて、そなたでもないとすると、いったい――」



『私が悪かったのです。奥方さまと御子を人質にとるニャどという不忠義を働いたばかりに……」

 黒猫は、かわいそうなほどがっくりと首を垂れている。

『アラメキアに戻る方法は、これで永久にニャくなってしまいました』

『おまえもここで猫として生きるんだな、ヴァルデミール。ミルクくらいなら、毎日恵んでやる』

『閣下。わ、私を許してくださるのですか』

『俺のことはシュニンと呼べ。そのかわり塩鮭は絶対にやらんぞ。あれで作ったおにぎりは俺の大好物なんでな』

『わかりました。シュニン』

「さあ。ごはんですよ」

 エプロン姿の佐和がテーブルにおかずを並べ始める。

「ヴァルさんには、大きな塩鮭ひときれですよ」

「あっ。佐和、まさか!」

「だいじょうぶ。今日はちゃんとふた切れ買っておきましたから。おにぎりも鮭入りです」

『ニャんて、優しくて美しい奥方さま。記憶がないとは申せ、奥方さまと御子をさらおうとした私にも、過分なもてなしをくださるニャんて』

 黒猫は、感激して高らかにミャオミャオ鳴いている。

「あ」

「どうした?」

「今また赤ちゃんがおなかを蹴りました。きっと男の子ですね。とても元気なんです」

 ゼファーは柔らかく微笑みながら、佐和の大きくなったおなかを見つめる。

 そういえば。

 あの、目もくらむほどの銀色の光輪が部屋を覆ったとき。

 中心にあったのは、この佐和のおなかではなかったか。

「まさか、な」

 ゼファーは誰にも聞こえぬ小声で、そうつぶやいた。




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