第六章
清々しい朝だ。誘拐二日目にしてはいい気分だ。なんといっても、帰れる見込みがあるからな。海だし、港だし。そういえば、海は久しぶりだな。昨日は暗くてよくわからなかったけど、今は明るいし見られるな。
そんな取るに足らないことを考えながら枕元の眼鏡をかけた。
今、何時頃だ。時計がないからわからん。とりあえず起きるか。
俺は朝食前に叶岾を起こそうと思いあいつのいる部屋に向かった。
「おい、もう起きてるか。朝だぞ」
扉を軽くたたくが返事がない。試しに開けようとすると簡単に開いた。
「不用心すぎるぞ。魔王の部下とやらがいるんだろう。鍵くらいかけ……。あれ、いない」
そこはもうすでにもぬけの殻だった。
「こんな朝早く荷物持ってどこにいったんだ」
そのとき外で爆発のような大きな音が聞こえた。
考えるまでもなかったようだな。すこしは俺を待ってろよ。役にたつかわからないが船で帰る前くらいは協力してやったのに。
俺は宿の出入り口に向かって走り出した。
佐藤が起きるずいぶん前に僕は宿の前の道にいた。
「勇者様、本当にいいのですか? 佐藤さんを連れて行かなくて」
「いいの。僕が勇者なら彼が戦う必要はないからね。それに昨日遅くまで話し込んでたみたいだし」
カトレが驚く。
「気付いてたのですか」
「ああ。昨日なかなか寝付けなくてね。今のままじゃ魔王の部下にすら勝てないってわかってたし。だからちょっとトレーニングをしててね。起きてたんだよ」
「大丈夫ですか。もうすこし眠ったほうがいいですよ」
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。仮にも勇者だからね」
僕は明るく答える
「君は大丈夫かな? 戦える? 残ってもらっても良いけど」
「滅相もありません。ボクは案内人ですから最後まで付いていきますよ」
「最期までか。わかったよ。じゃあそろそろ行こうか」
僕たちは宿をあとにした。
「まず、どこにいるか探さないとね」
僕たちは今港への道を歩いている。建物が木や石でできていて改めて世界の違いを感じさせる道である。
僕がいうとカトレはきょとんとしている。
「それならもうわかってますよ。港の端にある倉庫です。今はもう倉庫とは言えないですけど」
「どうやって調べたんだ。そんなそぶりなかったのに」
こっちは驚いているのに、カトレは当然だという顔をしている。
「隠す必要がないからですよ。彼らがここにいる理由は主に貿易の管理です。不穏な動きがないか監視しているのです。どこにいるかはっきりしているほうが都合がいいのでしょう。もしろ隠れなければ行けないのはボクたちのほうです」
「確かにそうだな。ならすぐにでも行けるかな」
納得してうなずく。
「でも、すぐでいいのですか。勇者様の力がまだわかっていませんよ」
僕は笑いながら言う。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。さっきトレーニングしてたっていったよね。その力のトレーニングのことだから。安心して良いよ」
そう。だいじょうぶだ。極めてはいないけど実戦レベルではあるはずだ。もし極めれば最強になる部類の力だし。
自分にそう言い聞かせて目的地へと走り出す。
「待ってください。そんなに急いでどうしたんですか」
「なんでもないよ。気にしなくて良い」
ボス戦に緊張するのは当然だよ。現実ならなおさらだ。早めに終わらせて早く宿に帰ろう。
そんなことを考えているといつの間にか着いてしまった。
「それじゃあ、入りましょうか」
まだ、心の準備が。
「正面から入るのか?」
「勇者ですし、正々堂々といくのかと思いまして」
「でも隠れなきゃならないのは僕たちだし。裏から行こう」
カトレは首を立てに振った後裏口まで案内してくれた。
「行ってくるよ」
そういうと僕は背を向けて扉に手をかけた。
「ちょっと待ってください。ボクも行きますよ」
「カトレも戦えるのか?」
思わず聞くと少し誇らしげに答える。
「もちろんです。これでも魔法使いの端くれですから」
「なら、問題ないな」
扉を開けて入ると中はずいぶん薄暗かった。どこからか光が入ってきているようだが、照明はない。
奥のほうから喧騒が聞こえてくる。
「あっちになにかいるのか?」
進んでいくと広い部屋に出た。
「これは……」
端のほうで少しの間動きを止めて部屋の中を見渡す。そこには、何百もの獣が所狭しと並んでいる。
「魔獣ですね。だから、森にいなかったんですね。ただ、森にはもっと多くの魔獣がいましたから。ここにもみえないだけでもっといるかもしれませんね」
カトレは一人で納得しているが、これはまずいと僕は内心焦っていた。
もしかしてばれたのか? 勇者が召喚されたことが。もしかしたらこの街にいることもばれてるかもしれない。もしそうなら宿の佐藤が危ない。何の力もないのに。早く終わらせて戻らないと。
「よし。はじめるよ」
「いったいこの量をどうするんです?」
カトレは驚いてはいるが興味のほうが勝っているようだ。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。まあ、見ててよ」
目を閉じて集中しないと。まずは、そうだな。炎のイメージでいくかな。燃えるような赤。体が溶けてしまいそうな熱。それからもっと具体的なイメージがほしいな。ガスの臭いとかいいな。肉の焼ける匂いもいいかも。そんな感じで。イメージができてきた。
「あれ? なんか臭うな。なんでしょうこの臭い」
「すこし黙っててくれ。イメージがくずれる」
「はい! すみません」
それから数分間イメージし続けた。ガスの臭いが強くなってきた気がする。
「もうすこしだ。このまま。燃えろ。焼けろ。焦げろ。そして……」
目を開けて魔獣の大群を見据える。まだこちらには気づいてないようだ。
燃え上がれ。
そう頭の中で叫ぶとそれに呼応するかのように部屋の温度が上がり始める。
「ここは危ない。さっさと出るよ」
ふたりで急いで建物から出ると近くの物陰に隠れる。
部屋の中では温度の上昇により火がつくとまるでそこにガスがあるかのように爆発を引き起こした。
「魔法……じゃないですよね。詠唱してませんでしたし。勇者の力ってやつですか」
カトレは呆然としている。
「ああ。そうだよ。どうやら想像を実現する力みたいなんだ。この世界に来たときから使ってたみたいだし」
「ここにですか?」
「そう。こっちに来て最初に佐藤は魔法かけてもらったみたいで言葉が通じてたけど、僕はかけてもらった覚えないし。日本語じゃないのにね。それに、森で思いのほか剣がうまく使えたし。勇者だから当然かなって思ってたけど」
「すごいです。これなら魔王討伐も夢じゃないですよ。何か名前はあるんですか?」
「幻想起こし。イマジンクリエイター」
咄嗟に思いついたことを言ってみる。
「なんか強そうですね」
心底感心しているようだ。
「冗談だよ。言ってみただけだ。ぼくはラノベあんまり読んだことないし」
ちょっと罪悪感がわいてしまった。
「ラノベってなんですか?」
「気にするな。それより早く行こう」
倉庫まで戻ると(正確には倉庫があったはず場所)残骸しか残っていない。
「やっぱりすごいですね」
「ちょっとやりすぎたかな。もしかして魔王の部下も倒せちゃったかも。話し聞きたかったんだけどな。魔王の居場所とか」
がっかりしていると、物音が聞こえる。どうやら瓦礫の下からのようだ。
「まだ生きてるやつがいるのか?」
数歩後ずさりする。
瓦礫の下から出てきたのは黒っぽい紫の肌をした背丈が二メートルはありそうな大男だ。牙がはえていて耳の先はとがり目は血走ったように赤い。
「あれはエルフだな」
「違います。エルフは現実にはいませんし、もっと美しいものだと言われています」
「わかっているよ。魔族だろう」
「正確に言うと魔族の中の魔人です」
「何か違うのか?」
「魔人は二足歩行。それ以外が魔獣です」
「ほお〜。勉強になるな」
「感心している場合じゃないですよ」
それもそうだな。
そう思い魔人を見る。
目が合うとそれはおもむろに口を開けた。
「おマエ。ネオイジュスサマのテキか?」
ものすごく睨まれている。
ネオイジュスってのが魔王の部下かな。それとも魔王かな。どっちにしても。
「まあ、そうなるね」
僕は平静を装って答えるが内心緊張していた。
「ならば、ここでコロす」
そういうと魔人は太い腕を僕めがけて振り落としてくる。
それを軽々とかわし考えた。
わざわざ宣言する必要あるのか? 避けやすくなるだけじゃない。現実的じゃないな。じゃない! 何考えてんだ、僕は。今はこれをどう倒すかってことだけを考えないと。とりあえず……。
剣を鞘から抜いた。あまった左手のひらを魔人に向けてつぶやく。
「轟け。雷鳴」
そういうと手のひらから一筋の電光が閃き魔人に直撃した。
よかった。うまくいった。簡単そうなのはうまくいくな。でも効いたかな。
魔人は相も変わらずそこに立っていた。
効かなかったか。あの爆発で生きてるんだから当然か。
「勇者様! 後ろです」
カトレの声で後ろを向くとさっきまで目の前にいた魔人が立っていた。
速い! あの巨体でこのスピード。間に合わない。
剣を構えて相手の拳を受け止めるが、圧倒的な力の差で僕の体は宙に放り出された。
「なんつー衝撃だ。まともに食らったら、ひとたまりもない」
すぐに前を向くとそこにはすでに奴がいた。
これはやばい。魔人がなにかしらの能力を持ってることは想定内だったけど。これはやばい。
魔人は無表情で拳を振り上げた。
そこに野球ボール大の火の玉が無数に当たる。
「勇者様からはなれろ」
カトレ。気持ちは嬉しいけど、正直意味ない。でも考える時間はあった。
魔人はカトレを無視して拳を振り下ろしてきた。
僕はそれにぶつかるように右手を握り前に突き出す。
ぶつかると両者の拳は動きを止めた。
魔人は若干驚いている。僕は微かに笑っている。
「無事ですか、勇者様」
心配そうにカトレが見ている。
僕は一旦魔人から距離を取ってから言った。
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。どうやらコピーまがいのこともできるみたいだ。今のは相手の殴りの衝撃を模倣してみたんだ。勇者の力でね。案外うまくいった。まあ、うまくいかなきゃ困るし、受けたばかりだから当然かな。」
これならあれもうまくいくかも。やってみるか。
そう思い立って魔人のほうに向き直った。その表情は明らかにさっきより警戒している。
警戒したって無駄だよ。
僕は両腕を前に突き出して叫んだ。
「エターナルフォースブリザード!!」
そうすると魔人の周囲の温度が急激に下がり……。ではなく上がり爆発する。その衝撃でまたもや僕の体は空を舞った。
少し前のことなら自分で起こした爆発もコピーできるとは。便利だな。
起き上がると待ってましたとばかりにカトレがのぞいていた。
「ブリザードじゃないんですか?」
「相手に技名をばらすようなやからはここにはいないよ。あと本当に魔法使えたんだね」
「信じてなかったんですか。役立ってませんでしたけど」
カトレはうなだれている。
「それより、あの魔人は?」
「見当たりませんが、あの爆発をもろに受けたんです。無事なはずがありません」
「一回目は効いてなかったみたいだけどね」
「あれは魔獣が盾になったとか直撃しなかったとかそんな感じだと思います」
見当たらない以上倒したと仮定するかな。しかしあれは魔王の部下だったのか。部下の部下だったのか。
「ゆ、勇者様。あれ、あれなんでしょう?」
カトレの顔がすこし青ざめてる気がする。
指差すほうを見ると水の壁があった。
「港だし、海だし、津波じゃないかな」
よし、逃げるか。でも、なんでこんな急展開?
僕とカトレは必死になって町のほうに走るが、努力も虚しくあっけなく水の流れに飲み込まれた。