第四章
王様はたいした援助はできないと言っていたが結構様々な援助してくれた。
まず、金である。魔王を倒すための旅の資金と報酬だと言って渡された。前払いとは気前が良いなと思う。詳しい金額はわからないが、金貨、銀貨それと銅貨があった。黒ローブの自称魔法使いがいうにはかなりの大金らしい。
次に、案内人である。この世界……じゃなかった。この国での常識を知らないので、苦労するだろうと案内人が付いて来ることになった。名前は……。覚える必要などない。というか長すぎて覚えられなかった。
その他にもいろいろしてもらったがわざわざ説明するほどのことではない。誰になのかはこの際聞くな。
俺たちは今、草原を歩いている。
原因は俺だ。最低限の準備だけをさせて街を出た。
叶岾は城下町とやらを見て回りたかったらしいが、そんな時間はない。
少なくとも俺たちは、会社を無断で早退と欠勤してるんだぜ。さっさと帰らないとクビだぞ。クビ。こいつ一人ならどうでもいいが巻き込まれるのはごめんだ。
「勇者様。そんな難しい顔をしてどうしたんですか? ボクでよかったら、相談にのりますよ」
小柄な男が言った。
「案内人、勇者はあいつ一人だ。俺は違う。それにたいしたことじゃない。気にするな。」
案内人は不満げに文句を言う。
「ちゃんと名前で呼んでくださいよ〜。さっき何度も言ったじゃないですか。ボクの名前はカトレアトス=カストル=カガ=カンドラ=カンバレルラです」
そう言って青い瞳でじっと見てくる。
その瞳の色に金髪で日本語しゃべってるのが気になる。日本以外で普通に日本語を話す国なんてあっただろうか。
「長すぎるだろう。わざわざ覚える必要もない」
どうせそう長くは一緒にいるわけではないからな。
ようやく案内人はあきらめたようだった。
「そろそろ森に入るぞ」
叶岾の声で前方を向くと、十二階建ての建物ぐらいの高さの木々が生い茂っているのが見えた。
城から見たときはもっと低いと思った。どうやら今朝までいた城のある王都とやらは周りをこの高い木々の森で囲まれているらしい。
高っ! 何て木だ。もしかしてこの森を壁にするためにここに王都が作られたのか? もしそうなら、そのせいで港がまったく見えない。
「この森より先は獣や魔獣が出るから気をつけてください」
「わかった。ついに出てくるのか」
楽しそうに言う叶岾が少し気に障る。
何がそんなに楽しい? 魔獣はいないとしても、獣は危険だと思うぞ。それに、さっきも思ったが何なんだその格好は。
あらためて叶岾の格好を足下から頭まで見て呆れる。どう考えても現代には似合わないからだ。鎧に兜、腰には剣までつけている。
これが最低限の準備か。本当に魔王を倒しに、いや、殺しに行くつもりなんだな。本当にわかってんのか。例え魔王と呼ばれていようが、犯罪になるぞ。
そう思うが、声には出さない。どうせこいつには言ったってわからないと思っているから。
森に入ると少し不安を感じた。
異国の森だしな。それに獣が出ると言ってたし。
思わず鞄の中の短刀を握る。
もちろん自分で買ったわけではない。叶岾に魔王と戦うんだから武器くらい持てと言われた。さすがに魔王なんてものと戦う気はないが、変わり者の多いこの国で護身用として持っていた方がいいだろうとは思う。
着々と前に進んで行くが未だに何か出てくる気配はない。木の葉で隠されて空が見えないのが心配だが、方位磁石があるので問題はなかった。
たまに動物の鳴き声がするけど、案外安全そうだな。ところで……。
「どうしたんだ、叶岾。俺の顔に何かついてんのか?」
叶岾がこっちを見ているのが気になり訊いてみる。
無言のままだ。その手には剣が握られている。
なんだよ。それはちょっと怖いぞ。まるで襲いかかってきそうな。っ! ちょっ、待てって。本気か?
目の前では今まさに叶岾が剣を振りかぶっている。
「どうしたんだよ。なにがあった?」
訊いても反応がない。ついでに目の焦点があってない。咄嗟に反応したいができるわけがない。おもわず目をつぶる。
これはやばい。どうした。ついに頭がいかれたか?
剣が刺さる音がした。
「大丈夫だ。もう終わったぞ」
おそるおそる目を開けると、叶岾の剣はバスケットボールくらいの大きさの生物に刺さっている。
クモ、だよな。でかいけど。ものすごくでかいけど。バスケットボールに足が生えてるって感じだけど。
「そのクモって猛毒持ってるんだって。カトレが言ってたぞ。危なかったな」
カトレって……案内人か。でもお前の方が危ないだろう。殺されるかと思ったぞ。
「おい、案内人。あんなのがこの森でよく出てきたりしないよな?」
あんなでかいクモ見たことない。しかも、体がでかいってことは餌もでかいってことだ。あんまり虫は好きじゃない。特にでかいのは。
「魔獣が出てくるって言いましたよね。あんなのはまだ序の口です」
「そうこなくっちゃ。張り合いがないな」
そこ! 喜ぶな。これ以上進むなんて平和ボケした日本人には無理だ。絶対に無理だ。危険な森通らなきゃ進めないってのもおかしいが、戦争とか紛争と縁のない人間を戦わせようって考えもおかしい。せめて安全な道を一本くらい作っとけよ。
「おーい、佐藤。早く行くぞ」
気がつくと叶岾たちとずいぶん離れている。
「ちょっと待て。置いてくつもりか!」
この森で一人はやばい。少しは待てよ。
俺は急いで叶岾たちのところに走って行った。
腕時計で見て約四時間後ようやく森を抜けた。空はもう赤く染まりはじめていた。
結論から言おう。魔獣なんていない。森ではクモをはじめ危ない虫、獣は多数いたが魔獣なんてものは影も形もなかった。案内人は普段なら一匹くらいあうって言ってたが嘘か勘違いだろう。いないものにあうなんて不可能だ。
俺は今珍しく上機嫌だ。この国に来てから変人だらけで疲れたが、やっと帰れそうだからだろうか。
もう肉眼で見える位置に港がある。
「もう港なのか。残念だ。魔獣にあいたかったよ」
逆に叶岾は不機嫌だった。
「もう過ぎたことだろう。今は目の前のことだけ考えろよ」
「そうですよ。あわないほうがいいですし、港には魔王の部下がいるんですよ」
案内人の声が震えてる気がする。
叶岾も震えてる気がするが、こっちは武者震いってやつだろう。
「そうだった。魔獣はいなかったけど、魔王の部下がいるんだったな。魔王の部下ってことは魔族かな」
そうだった。魔獣はいなかったが。自称魔王の部下、つまり精神的にも危ない人がいるんだったな。
港に近づくにつれあたりは少しずつ暗くなり、港町にも明かりが点きはじめている。
夕方とはいえそれとは無関係の重苦しい雰囲気が町を支配していた。
なんだこれは。空気が重い? っていうのか? 自称魔王の部下なんて馬鹿にしてたけど、思ったよりヤバそうだな。
そんな考えが頭をよぎった。