第三章
朝起きると見覚えのない部屋に少し驚く。
そうだったな。わけのわからないところに拉致されたんだったな。そういえば、色々あって忘れてたが、俺の眼鏡がねぇ。どこいったんだ?
仕方ないので、部屋を出て昨日いた部屋(黒ローブいわく勇者を召喚した)を探す。
見当たらねぇな。案外広い。自称王様ってだけはあるな。まさに城って感じだ。そういえば、叶岾は何処で寝たんだ? あっ。あれって。
角を曲がったところであの黒ローブを見つける。
「おいっ。そこの」
言いかけたが、さえぎられる。
「な、な、なにやっているんですか。こんな所で」
「そっちこそ、何焦ってるんだ?」
「話はあとです。こちらへ入ってください」
案内されるまま入ると、ちょうど探していた部屋だった。
「ここだよ。俺が探してたのは」
そう言って探すと、案外簡単に見つかった。
「探していた? 何をです?」
手に持った眼鏡を見せながら言った。
「これだよ。ところでさっき何であんなに焦ってたんだ?」
「昨日、あなた様が急に部屋を出て行かれたので説明し損ねましたが、この国はもう魔王の支配下にあるといっても過言ではないからです」
「それって、かなり危険なんじゃ?」
「そうです。だから、私たちは表立って動けないのです。城の中だからといって動き回ることは危険です」
だから、昨日あんな薄暗いとこで。納得。
「わかった。以後気をつけるよ」
まあ、念のためな。魔王なんざいるわけがない。いるとしても自称魔王っていう危険人物だろ、たぶん。
朝食は先ほど寝ていた部屋でとった。トースト、スクランブルエッグなどで案外、普通だったので少し安心した。
異世界なんて言っててもふつうじゃん。変わったものが出てくるかと思ったよ。
食事が終わるとほぼ同時に部屋の扉が勢いよく開く。
「鈴木。入っても良いか?」
「佐藤だ。それにもう入ってるだろ」
「確かに。ところで、これから王様に詳しい話聞くんだが、おまえは聞くのか?」
「とりあえず、聞いてみるよ」
俺はそう答えながら、別のことを考えていた。
情報が少なすぎる。ここから逃げるにしても、ここが日本じゃないってことは確実に船に乗らなきゃならない。パスポートもない。金もない。あとは少しでも情報を集めるしかない。ただ、魔王を本気で信じてるような奴らの話を聞いて意味があるかってことが問題だな。彼らが嘘をついてるようにも思えない。ということは誰かに騙されてるか狂ってるかのどっちかだ。やっぱり、今のところ聞く以外の選択肢がないな。
「どうしたなんかなやみでもあるのか?」
叶岾が心配そうに聞いてきた。
この状況が悩みだよ。
「だいじょうぶ。なんでもない。話聞きに行くんだろう。さっさと行くぞ」
俺たちはあの薄暗い部屋に向かった。
「ようやく来たか」
薄暗いからか威厳を全く感じない老人が言った。
「佐藤。今、失礼なこと考えたろ」
「いや、別に。そんなことより、この国が今どういう状況なのか教えてもらえますか? 魔王に支配されているんでしょう?」
「そうなのじゃ。休戦協定も、名ばかりのもので実際は魔族どもが我が物顔でこの国を歩いて民を苦しませておる」
「そんな。酷い」
眉間に皺を寄せている。
何本気にしてるんですかぁ。叶岾さ〜ん。そんなはずないですよぉ。魔王なんていませんからぁ。
俺は話を進めた。
「で、魔王はどこにいるんですか?」
「それが、わからないのじゃ。魔王の部下なら何か知っているかもしれんが」
使えねぇ。何が王様だ。もう、ただの自称王様だな。殺させたい相手の居場所くらい調べとけよ。
「ってことは、まずその魔王の部下を倒すんだな。魔王の部下が何処にいるかは知ってますか?」
叶岾がうれしそうに自称王様に聞いている。
こいつ。楽しんでやがる。
「魔王の部下なら、ここから北に三十キロほどのところにある街に一人、東に二十五キロのところの港に一人いるはずじゃ」
港。港だと。しかも東。東と言えば東経百三十五度。東経百三十五度といえば日本。帰れるぞ。帰れないはずがない。
「ひ、東、東にある。いや、東にいるんですね」
様子の違いに気づいたのか叶岾が不思議そうな顔をしている。
「どうしたんだ。東に何かあるのか?」
港があるっつってただろーが。港だぜ。船だぜ。帰れるんだぜ。
「聞いてなかったのか? 港に魔王の部下がいるんだよ。そっちの方が近い」
「聞いてたよ。確かに近いな。王様、俺たちはとりあえず港に向かってみます」
俺たちって。一緒にすんな。
「不満そうだな。おまえは行かないのか?」
「いくよ。動かないとどうしようもないからな」
協力はしねぇよ。
叶岾は俺を一瞥してから王様の方を向いた。
「では、いってまいります。必ず魔王を倒して帰ってきます」
ここに帰ってくんのかよ。日本に帰れよ。
何か忘れてる気がして考え込む。
「ちょっと待て。魔王がいると仮定して、ついでに倒すと仮定しても良いが、どうやって倒すんだ? 仮にも王だ。一般人二人でどうしろっていうんだ」
呆れた顔で叶岾が俺を見ている。
「佐藤。聞かなかったんだっけ? あっちの人間はこの世界に来ると特殊な能力が使えるようになってるんだって」
はぁ。そうなんですか。
困惑しながらも聞き続けた。
「だから、僕たちみたいな普通の人でも十分やっていけるんだって」
「だから、おまえみたいなのが連れてこられたんだな」
そんなこと信じるおまえみたいな馬鹿がな。
「それなら、僕じゃなくてもいいってことになるだろ。僕だった理由はな。この世界に順応できる大人を探してたからだって」
納得できた。つまりおまえみたいな変わった大人を狙ってたってことだな。それに俺は巻き込まれたと。
「そうか。よくわからなかったが、だいじょうぶなんだな」
顔を見れば、問題ないと思っていることはわかったが、一応確認する。
「だいじょうぶだ。何の問題もない」
どうせすぐに帰れるんだから。問題ないか。
「わかった。じゃあ行こうか」