第二章
佐藤 帝助
これが俺の名前だ。
自分で言うのなんだが、細身で長身、眼鏡をかけていたから仕事ができそうに見えるが、まだ就職したばかりの新人だ。いや、早く帰らないとだったになるだろう。
平凡な大学を卒業して、平凡な会社に就職してこのままこの平凡が続くはずだったのに。あの日に何もかも崩れさるなんて。
その日は、朝からエレベーターの調子が悪かった。妙に遅かったり、一時的に止まったりしていた。昼に外で飯を食ってきて戻った時、ちょうどエレベーターの点検をやっていた。俺がいない間に動かなくなったらしい。俺が階段で上がることを余儀なくされた。
昼飯直後の運動はやっぱきついな。ちょうど止まるなんて俺も運がねぇ。
ふと、前を見ると自分と同じように階段を上がる社員がいた。
こいつも運がねぇなぁ。確か叶岾っていったな。俺と同じ新人だけど、もうすでに噂が広がってたな。悪い噂だが。えーと、なんだったっけ。確か……。
突然視界が遮れる。
なんだ。いったい。
次の瞬間、前から衝撃を感じた。そして、体が後ろに倒れていく。
このままじゃ階段から落ちる。この高さはやばい。
と、思ったときに奇妙な感覚に襲われた。まるで、体の内側から引っ張られるような。
なんだ、この気持ちの悪い感覚は。
突然、背中に衝撃を感じた。
あれ。案外、低かったみたいだな。
しかし、さっきから重い。これは……叶岾か。
こいつが落ちてきやがったんだ。
「おい。さっさとどけよ。重いだろうが」
そういって、叶岾を乱暴にどける。
おっと。よく見えん。眼鏡がどっかいっちまったみてぇだ。どこだ?
探しているうちにあることに気がついた。
床が違う。ついでに階段でもねぇ。ここは一体?
考えていると誰かに声をかけられた。見上げるとフードの付いた黒いローブを着た男がいた。顔は暗くてよく見えない。目が悪いからでもあるが。
何語だ? 聞いたことのない言語だな。それになんだ、その格好。
ローブの男はまた話しかけてきたが、何を言っているかわからない。
何を考えているのか、突然頭を掴まれた。
慌てて手を振り払う。
何すんだ一体。
また、男が話しかけてくる。しかし今度は日本語で。
「あの、聞こえますか?」
「聞こえるよ。それよりここは何処なんだ」
日本語話せるなら初めから話せよ。
「聞こえるんですね。よかった。うまくいった。あっ。ここ、ここはヒドラ国です、勇者様」
はっ? ヒドラ国? 何処だよ、そこは。ここは日本だろうが。いや、そのまえにユウシャってなんだ。えーと勇ましい者で勇者? なら勇者って誰のことだ? 俺か? 俺のことなのか?
俺が一人で混乱していると隣で倒れている男が声をあげた。
「勇者って僕のことですか?」
おまえのことか。納得。妄想癖だって言われてたしな。で、ここ何処だ?
「そのはずですが……。勇者は一人のはずなんです」
それは当然だ。勇者とやらはこいつだろうからな。って俺入ってんの? 可能性の中に。そういうのやめてくれ。しかし、ここ何処だ?
「俺は勇者じゃない。そんな柄じゃないし」
そんな虚構に巻き込まれたくないし。
叶岾が驚いたように言った。
「鈴木だっけ? いたのか」
鈴木じゃないし。気付かなかったのか?
「佐藤だよ。ところで、おまえここが何処かわかるか?」
「何処って。異世界だろ。十中八九」
異世界? ……。こいつに聞いた俺が馬鹿だった。仕方ない。自分でどうにかするか。
「なんだよ、その目は。信じてないだろ。いきなり場所が変わったんだ。異世界の可能性が高いと思うけど」
いやいや。異世界なんてないから。眠らされて拉致られたんじゃね? いや、それも無理があるか。意識あったしな。残念ながら、今は結論がだせねぇな。とりあえず、今は少しでも情報を。
「あの、結局なんのために拉致ったんですか?」
黒ローブの男に聞くと、
「拉致った? というより、召喚ですが。理由は魔王を倒していただくためです。ただ、詳しい説明は王からお聞きになってください」
王様がいるのか。本物か? 何かヤバそうな感じがする。魔王を倒せって言ってる張本人だろ。
「わかりました。では、案内してもらえますか?」
「あっ。はい。準備がありますので、少しお待ちいただくことになります」
俺たちは了承した後、黒ローブの男に連れられて歩いた。
今俺たちのいる建物は、見たところ石造りのようだった。窓からは草原と森しか見えない。にぎやかな声が聞こえるので、近くに町があるかもしれないが。
「ここでしばらくお待ちください」
通された部屋は、客室といった感じの部屋だった。
ここからしばらくたった後に、王様に呼ばれ、理不尽な要求されて、部屋を飛び出して今に至る。
これからどうなることやら。今のところまともな人には会えないし。ここが何処かもわからないし。明日自分でどうにかするしかないか。