第一章
「現実を見ろ」
俺は隣で浮かれる男にそう言い放った。
椅子に腰掛けた男は不満そうに反論する
「でも、この状況は異世界召喚ってやつだろ? なら、魔王がいるかもとか魔法が使えるかもって思っても当然だろ」
俺は呆れながら答えた。
「まずそう思うことが間違ってる。異世界なんて存在しない」
「ここを異世界と呼ばずなんと呼ぶ。あんな広い草原、日本にはないぞ。それにビルも見当たらないし」
重症だな。ただでさえおかしな男って噂だから、この状況で発狂したか?
男の名前は叶岾 淳
見た目はがっちりした体型で体育会系に見えるが、噂によると妄想癖があるらしい。中二病にかかっているともいわれていた。
もう社会人なのに中二とは……。というか中二病とは一体?
しかしながら、俺もよくわかっちゃいない。
俺はため息をついた。
日本ではないことは確かだ。携帯は通じないし、窓から見える景色も森と草原ばかりだ。だからといって異世界という理由にはならない。確かに突然言葉が通じたり、変わった格好をした奴らがうろついてるが。
そんなことを考えていると俺の後ろの扉が音を立てて開いた。
「準備ができましたので、こちらへどうぞ」
さっき見た黒いローブの男が扉の前に立っている。
仕方ない。とりあえず行くしかないか。
おれは渋々立ち上がり、廊下に出た。
案内されたのは薄暗い、例えるなら倉庫のような部屋だった。
暗っ。なんだ、ここは。王様に会わせるって聞いたが。
部屋の中央に動く影が見えた。
あれが王様……か?
そこにいたのは年老いた老人だった。格好は王冠にマントなどで王様らしいが、見た目はただのじいさんだった。
沈黙に耐えられなかったのか叶岾が話しかけた。
「王様。それで僕たちに何の用なんですか?」
僕たちじゃなく、おまえだけだよ。自称魔法使いが言ってたろ。召喚、つーか誘拐したかったのはおまえだけだって。
「単刀直入言うとするかのぉ。今回おぬしたちを呼んだのは、魔王を倒してもらうためじゃ」
ちっ。発狂しそうだ。なんでここには、変人しかいないんだよ。魔王なんているはずがない。
「もちろん。そのためにここに来たです」
「しかし、我が国は魔王に人質を取られている。さらに仮初めの休戦協定があるゆえにたいした援助もできんぞ」
「承知の上です」
「おいおい、ちょっと待て。勝手に話進めんな。俺たちを誘拐してきた奴らだぞ」
二人の会話をさえぎる。
「それについては、悪いことをした。しかし、わしらにはもう他に方法がないのじゃ」
「仕方ないだろ。この国の人たちが戦うわけにはいかないんだよ。仮初めとはいえ休戦協定があるからな」
叶岾が加勢する。
「わかったよ。勝手にしろ」
どうせ呼ばれたのはおまえだけだしな。俺は勝手に帰らせてもらう。
俺は扉を乱暴に開けて部屋から出た。
これからどうしたものか。召喚したなんて言ってる奴らとは話してもたいしたことは聞けなそうだ。
「ちょっと待てよ、佐藤。おまえの気持ちもわかるけど、ここは我慢しとかないと帰れないよ」
すぐに叶岾が部屋から出てきた。
「話は終わったのか?」
「とりあえずはね。詳しいことはまた明日話すって」
「そうか。しかし、その我慢ってのが、頼みをきかないと帰さないってことなら脅しじゃねぇか」
「仕方がないよ。他にどうしようもなかったんだから」
仕方ない……か。でも、問題はそこじゃねぇ。
「どうすんだ。存在しないものを倒すなんて」
「魔王はいるよ。いてもおかしくない。ここが異世界なんだから」
またかよ。つきあいきれない。相手が変人だから下手に動くと危ないし。もう休むか。
「もう今日は寝る。今夜はさっきの待ってたときの部屋使っていいんだよな」
そういうと、俺は部屋に向かって歩き出した。