古い者たち
真紅の帰国より少し前の話だ。
「これ可愛いねー!」
「全部買っちゃおうよー」
キーホルダーを買い漁っている女子高生。
「ママおかしー!」
「だーめ。ご飯食べられなくなっちゃうよ」
全家庭共通のやり取りをする親子。
「おっと、走らないでおくれ」
「わんわん!」
犬と散歩している老人。
ごくありふれた日常。いつものやりとり。同じ光景。
誰もが続くと思っていた平穏。それは突然破られた。
「な、なんだあ⁉」
「キャー⁉」
丁度交差点の中心でバチバチと電流が迸り、一見しただけで触れるとただでは済まないことが分かるエネルギーが荒れ狂う。
そうなると当然人々は我先にと避難するが、車を置いて逃げるという選択肢を取る人間は少ないだろう。故に結構な人数が逃げ遅れつつも、とりあえず車の中なら大事にならないだろうという油断を抱いていた。
「うっ⁉」
バチリと目が眩む光が溢れる。
事態は一変した。
「な、なんだありゃ?」
門……とでも表現すればいいのだろうか。
三階建ての建物に匹敵しそうな石の枠と、木の扉が合わさっているのはいいとして、ここは令和日本の交差点だ。場違い極まりないし、なによりいきなり現れたのはどういう訳だ。
しかもその門から、漫画やアニメでよく見る怪物。ゴブリンやオーク、ミノタウロスの如き存在が現れたものだから、現実の光景には思えない。
「ど、どうする?」
「どうするたって……」
車の中にいて逃げ遅れた者は呑気に慌てるだけで、怪物は気にせずこん棒や粗末な刃物を掲げる。
このまま街に魔物たちが雪崩れ込めば夥しい被害が発生し、歴史に残る大事件になってしまうだろう。
「ぐぎゃあ⁉」
「ぎぎゃ⁉」
悲鳴が上がる。
人のものではなく、怪物たちの。
見るとゴブリンやオークは何かに撃ち抜かれたように突然倒れ伏し、その余波を受けたのかゴロゴロと地面を転がる個体もいた。
「ヒーローは遅れ過ぎてやってくることはない。ってか」
「辞書にそう書いとけ」
「理想は事件が起こる前の対処っすよ」
「全知全能じゃないとむーりー」
「十年以上戦ってたら第六感も馬鹿になんねえわ」
「それな。なんとなくで足を運んだら知人が集まってやんの」
よく言えば余裕がある。悪く言えば呑気な男たちの声が交差点を囲むように発せられた。
状況と同じく異様だ。
色とりどりの鎧やスーツを着た集団は剣や斧、槍、銃を肩に担ぎ、鉄火場に慣れた雰囲気を醸し出す。
「じゃあやるとしますかね」
「おう!」
そんな奇抜な集団が一歩踏み出すと、怪物たちが怯えたように後ずさる。
「平成ヒーロー参上!」
世界を救った者達。
平成ヒーローが現れた。
◆
そんな彼らは今現在……。
「えー、では真紅兄さん。お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー」
焼肉屋に揃っていた。
「いやあ皆、態々集まってくれてありがとうね。ちょっと十年くらいの浦島太郎状態だから、ヤバそうなときはこそっと囁いてくれると助かります」
「とりあえずカルビと骨付きを十人前。ライスは大で。話しながらやるんでそんな慌てなくて大丈夫っす」
「お飲み物はどうされます?」
「あー……健太さん。皆はお茶でいいっすかね? コーラとか誰か飲みます?」
「茶でいいんじゃね。余っても俺が貰うし」
「うす。じゃあお茶も十人分頼みます」
「分かりました」
ニコニコ顔の真紅が挨拶をしている後ろで、気を利かした比較的年若い男たちが店員とやり取りをしている。
昭和の大先輩の話なのだから、正座で身動ぎせず聞かなければならないという文化は存在せず、かなり柔軟な関係だった。
なおノリは体育会系なことを補足しておく。
「どうだった⁉」
「あの人たち絶対アイドルだって!」
「絶対そうだよねー!」
雰囲気が緩いのは焼き肉店の厨房も同じだったらしい。
注文を受けた女子大学生のバイトが戻ると、やたら美形な集団の話で盛り上がり、どこぞの芸能事務所の打ち上げなのではないかという意見が主流になる。
「じゃああのおじさんは事務所か業界の偉い人かな?」
「多分そう……かなあ?」
そうなると一人だけ立ち上がり挨拶をしている真紅は、お偉いさんということになるが、妙に服装が気取っているだけで威厳はないため、何者だろうかと店員たちは首を傾げた。
尤も業界の偉い人という推測は完全に外れていない。真紅は非常に殺伐とした世界の大先輩であり、大御所なのだ。
「えーそれでは皆さん、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
声を揃えグラスを掲げる。
様々な理由で酒を飲んでも酔えない。酔わない男たちが。




