第43話 10月の佐賀編(佐賀市 柳川市)
10月末になり、佐賀県柳川市の施設から新規の問い合せがあり訪問することになった。契約先も3施設あり、何度か営業で訪れたことはあるエリアだ。その頃の修一の佐賀県の知識イメージは『《SAGA佐賀』を歌う芸人『はなわ』が真っ先に思い浮かんでしまう貧弱な知識だった。10月末の佐賀県を訪れるのは初めてだった。イメ貧の修一でも『佐賀インターナショナルバルーンフェスタ』がその時期に開催されるのを知っていたので、少し楽しみな気分になっていた。偶然、バルーンフェスタ開催の5日間に営業訪問できそうで嬉しくなった。今までは、佐賀空港の便数が少ないので福岡空港からレンタカー利用で向かう事が多かった。今回は気分を変えて、JALが飛んでいない佐賀空港を利用してみようと計画した。
出発日は、いつもとは違い気分を変え最寄駅から朝一番に出発する空港リムジンバスを利用することにした。朝5時前のバスに乗ると、ANA便の羽田空港第2ターミナルには6時半前には着いた。羽田空港が朝7時15分発なのであまり時間がない。搭乗手続きを済ませ、サンドイッチを買い求めると佐賀便の搭乗口に向かった。今日の静岡上空は曇りで富士山が見える感じではない。座席の左右には拘らないが主翼の位置を外した後方にした。混まない後方で外をゆっくりと眺めたかったのだ。
上空でシートベルト着用サインが消えて、CAさんが飲み物を配り始まった。サンドイッチを取り出して、機内サービスで頂いたコーヒーと一緒に朝食を摂った。調度、富士山の上空のようだが雲に覆われていて姿を見ることは出来なかった。関西の上空を過ぎた頃には雲が次第に少なくなってきて、佐賀空港に着陸する時間帯には雲が殆ど無く」なった。佐賀空港には、朝9時10分には着陸した。店舗は空港ターミナル内にあり便利な位置関係にあった。そんな事情も知らず、今までの佐賀県営業は福岡空港からレンタカー利用で、いつも済ませていた。
「S社の伊藤です。P1クラスで終日予約しています」
「お待ちしていました。本日は、どちらまでご利用されますか?」
「佐賀市と柳川市くらいだと思います。夕方5時には返せると思います」
「お気をつけて。行ってらっしゃいませ」
係の方と車のボディチェックをすると運転席に乗り込んだ。ナビを柳川市内の施設にセットすると30分程度で着いてしまうようだ。今の時間は、9時半過ぎ。事務長との面談は10時半にしてあったので調度良いと思った。途中のコンビニで朝コーヒーを調達し、車を走らせると病院の駐車場にはアポの20分前くらいに着いた。コーヒーを一口飲んで時間を調整してから病院受付に向かう。
「S社の伊藤と申します。事務長様と10時半に面談のお時間を頂いております」
「確認致しますので少しお待ちください」
事務長に連絡を入れて確認している。案内の場所の指示を受けているようだ。
「ご案内致しますので、こちらへどうぞ」
受付の女性の後を歩いていった。事務長室ではなく会議室のようだ。事務系スタッフが3名と白衣を着たスタッフが2名だった。挨拶をして名刺交換を行うと、事務長と健診系の事務スタッフが2名と健診系を担当する放射線科および臨床検査科の技師さんだった。通常ならば、健診で忙しい時間帯だが、今回は検査を変わってもらっているという。名刺交換と挨拶が一通り終わると、事務長が本題を切り出した。
「今回こちらに来て頂いたのは、健康診断の判定でどの程度ご対応頂けるかを確認したかったので、検査や事務の担当者を集めました。健診結果を担当する健診センターのE君から説明させますので」
「健診担当のEです。当院の健診センターでは、年間で1,300名程度の人間ドックと年間約3,000名の健康診断を実施しています。それを日割りで実施していますが、1日当たりでは人間ドックが5人、健診は15人ペースになります。その読影と判定が院内の医師の負担となっているので、外注しようかと検討している所です。たぶん、この規模ではS社さんのような大手でないと対応が難しいと思い、最初にお声を掛けさせていただきました」
「ありがとうございます。弊社では、100人程度の医師で対応しておりますので診断の余力はあると思います。こちらの、病院様と同様な規模の健診も承っておりますので対応できると思います。診断の依頼内容とシーズンのピーク、月日単位の数量を教えて頂けますか? 料金については、こちらの資料をご参照ください」
「依頼内容は、胸部X線については先ほどの年間件数とほぼ同数になります。人間ドックや40歳以上の受診者の健診では、胃部X線や超音波検査についてはその3分の1程度の数が入ります。マンモグラフィーや脳ドック、PET-CTなどは希望者や企業単位の扱いが異なるのでそんなに多くありません。判定結果はどのくらいで戻ってきますか?」
「健診は、原則的に至急の診断結果をお返しできませんので、ご依頼を頂いてから3営業日でのお返しとなります。もし、お急ぎでの依頼が発生した場合は、一般の読影診断でご依頼ください」
「分かりました。検査系担当の先生方は、何かご質問はありますか?」
健診担当者が声を掛けると1人が代表で質問してきた。
「胃部X線や超音波検査、マンモグラフィー、脳ドック、PET-CTなどで、こちらの検査手技で診断し難いということはありませんか? 検査手技の指針やマニュアルはありますか?」
「そんな、ご心配は要りません。検査情報が不足して追加の手技が望ましい時には、弊社の診断専門医よりコメントがありますので、弊社の運用担当者を通じてご連絡を差し上げます。サービスを開始した時点で、病院様の手技を確認できると思いますので大丈夫だと思います」
担当者は納得してバトンを渡すと事務長が口を開いた。
「既に今年度の健診は、大部分が終了しています。来年からは健診の残ったものを実施するだけで数量が少なくなります。今はオフシーズンで、試験運用で使用感を試してみたいです。来年度から本格的に実施ということで進めたいのですが、いつ頃から始められますか?」
「本来は、3週間の設置準備とサービス開始をお願いしていますが、頑張って2週間後では如何でしょうか?」
「分かりました。11月中旬くらいには始められそうですね。よろしくお願いします」
そんな流れで、サービス実施が決まり契約書に署名捺印して頂いた。契約書2通を預かると社印を押印してからお持ちすることを説明した。面談を終了して外に出ると午前11時半。予想よりも面談が早く終わったので、車に戻ってからオフィスの部長に報告しお昼にする事にした。
「伊藤です。佐賀の病院ですが成約しました。健診が年間3,000件、人間ドックが1,300件程度の受注です。サービスは2週間程度で実施できると伝えてありますので、社内調整と準備をよろしくお願いします」
「ご苦労様。ありがとう。佐賀か~あそこって何があるんだっけ? 温泉とか無かったよね? 何が美味しいんだっけ? ムツゴロウくらいしか思い浮かばないな……。技術の誰と一緒に行くかな。気を付けてね~」
(なんだよ。そこかよ……。何しに行くんだよ! でも俺は、ムツゴロウのことは思い浮かばなかったな。やっぱり、部長とは思考回路が違うな。午後の部長は、宿泊とグルメ探索の時間か。良いよな……)
ハンドルを握ると食堂を探しながら考えた。
(今日は大きな案件取れたから、午後は軽くユーザー訪問してバルーンフェスタでも見たいな……。有明海に行ってムツゴロウなんて見なくても良いや。お昼は、何食べようかな……)
そんな事を考えながら出発した。柳川市内を流しながら、柳川川下りのほうへ走って行くと観光的な街並みになってくる。食堂のような和牛カレーの旗が立っているミート〇〇という名前のお店を見つけた。そこで、カレーを食べることにした。店に入ると、本当に食堂のような雰囲気で、中もシンプルで綺麗だが何もない。メニューを見て、『和牛ステーキのせカレー』というのを注文した。目の前に来るとビックリした。1,000円という金額なのに、ご飯が隠れるくらいスライスした牛肉がたくさん載っている。厚切りの肉ではないがこの眺めは嬉しかった。カツカレーの肉が牛肉になったようなものだ。食べ終わりレジに行くと支払いは外税、レジで代金1,100円を支払って店を出た。
店を出ると、佐賀市内の契約先3件とバルーンフェスタの会場の嘉瀬川河川敷にナビをセットした。施設訪問が終わってから、会場の雰囲気だけでも味わってみたかったのだ。一斉に熱気球が上がるのは、朝早めの時間帯らしいので壮観な景色は見られないと思ったが、この時期に来れたことが幸運だと思っていた。佐賀市内3件の契約先を周り営業を終了した。河川敷に着いたのは午後2時半過ぎだった。駐車場は無料。朝だけのフライトかと思ったが、競技フライトが午後3時から有ると知り嬉しかった。天候が良いからフライトが実施されたのか、元々の予定なのかは分からないがラッキーだった。様々なカラフルのバルーンがゆっくりと上昇する景色は壮観で素晴らしかった。一斉に上がって行く姿は感動の一文字で、バルーンフェスタの時期5日間に営業案件をくれた施設に感謝した。修一の訪れたのは、平日なので人出は多くなく混雑には合わなかった。
そうしているうちに、時間は午後3時半になった。予定している羽田行きの便は、午後6時45分なので車を戻して佐賀空港内を散策することにした。まだ、午後4時半前になったばかりで、食事とお土産を見る時間は十分にあった。空港内を歩いているとお土産物、コンビニ、免税店もあり国際空港なのだということを始めて意識した。レストランが在ったので中に入ってゆっくりすることにする。時間は早いので、まだ混雑はしていない。座ってメニューを見てみると、佐賀ちゃんぽんとシシリアンライス、マジェンバという佐賀のB級グルメと説明がある2品がやたらに目立っている。お酒を呑むので麺類を注文する感じではない。シシリアンライスとマジェンバは、初めて聞いたので全く何か想像できなかった。店員さんに聞いてみた。
「シシリアンライスとマジェンバって何ですか? 知らないんですけど」
「シシリアンライスは、ご飯に伊万里牛を炒めたものと野菜をトッピングしています。マジェンバは、小城市の食材を使って混ぜ麺にしたものです。佐賀弁で『混ぜんば』からの言葉らしいですよ。どちらも、B級グルメらしいですけど如何ですか?」
「マジェンバと生ビールをください」
注文はそれだけだったが、少なめの一品のお摘みがメニュには無かった。今日は、帰りのANA機内でもお摘み付きのビールセットが味わえるのでそれで十分だと思った。マジェンバが前に届くと中華麺の上に、レンコンの揚げたものやミニトマトの赤、緑の野菜系が載っていて美しい。色合いからも野菜サラダのように見える。生ビールを飲みながら、揚げたレンコンを口に運ぶと食感がとても良い。野菜系が多いため健康的な夕食に思えた。特に食を追加せずに食べ終わると、レジで支払いをして領収書を貰った。店を出ると真っ直ぐANA FESTAに向かった。お摘みを買うためだ。店内を見ていると『ポリポリむつごろう』というのがあり1袋購入した。それ以外に、日本酒は置いていなかったので缶チューハイを他店で購入して搭乗の準備をした。
搭乗時間が来て飛行機内の前方外側の席に座ると、窓の外は暗く空港の灯りで映し出される光景だけが見える。離陸の案内があり機体が上昇しシートベルト着用サインが消える。それから、CAさんにビールとお摘みのセットをお願いした。ビールを開けて今日の自分の頑張りに乾杯した。ビールに付いていたお摘みと空港で購入した『ポリポリむつごろう』を開けてみる。有明海の珍味との説明が書いてあるが、歯が剥き出しのままの形で干物になっている。まるでグロテスクなETのように見える。修一は、有明の干潟を飛び回っている可愛らしい『むつごろう』のイメージがあり、一瞬見た時にぎょっとした。恐る恐る食べてみると、海の塩からさと干した甘さが合わさせ持つ小魚の干物のような味がした。珍味と書いてあるだけあって、味は好みがあるかもしれない。高級なのか袋には数本しか入っていなかった。初めての修一には調度良かった。
シートベルト着用サインが点いて、飛行機は着陸態勢に入る。着陸直前はオレンジ色の光で染まる東京湾上を、飛行機は低空で飛び停留する小船がハッキリと見える様になった。夜8時25分、飛行機は振動と共に着陸し飛行機はゲートに向かった。
「当機は、東京国際空港羽田に到着いたしました。シートベルト着用サインが消えるまで、そのままお待ちください。本日は、ANA〇〇〇便をご利用頂きありがとうございました。……」
飛行機を降りて、羽田空港のコンコースを歩きながら出口ゲートに向かう。今日は、佐賀の青空に上昇するバルーンとETムツゴロウの姿が頭の中に浮かんで消えた。これで、修一の貧しい大分県データは上書きされ次回からの営業に活かせそうだ。楽しく癒された佐賀県の日帰り出張旅が平和に終わった。