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第60話 フェニックスの炎

 崩壊した家から姉を見つけ出すと、プラムは瓦礫の下に埋もれた彼女へ手を伸ばした。


「姉ちゃんッ! 大丈夫?生きてるッ??!」


「ええ……。なんとか大丈夫そう」


 幸いにも、アンには大きな怪我はないようだった。

 クライシスの精密なマナ操作により、エグゼキュートオメガの攻撃が彼女に当たらなかったおかげでもある。

 だがその後に、彼女が生き埋めにならずに済んだのは、頭上に倒れてきた食器棚が運よく屋根の代わりになってくれたからだった。


「待ってて! 今すぐそこから出してあげるから!」


「うん。お願いね」


 土壁が壊れた土砂によって生き埋めにはならずに済んだものの、食器棚の上に土砂が積もって重くなったせいで、逆にアンは外に出られなくなってしまっていた。

 プラムはどうにかしてそれを退かそうとするも、冒険者ですらない彼の腕力ではどうにもなりそうになかった。


「……ハァッ、くそ! ダメだ。動かないよ」


「ねえ、誰か助けを呼んできた方がいいんじゃないの?」


「うーん…… そうだね。きっとクライシスなら、姉ちゃんを助けだしてくれる」


 そういうとプラムは一旦アンの側を離れ、さっきクライシスを見た場所まで戻ろうとした。

 だがしかし、後ろを振り返るとそこにはレフリーが居た。


「どけ。ここは儂に任せるのじゃ」


「えっ レフリー村長!? いやっ、でも…… 村長には無理じゃないかなぁ」


 村の危機に駆け付けたレフリーは、服装こそ昔の戦闘服を着こんで多少は強そうに見えなくもなかったが、それでもとっくの昔に冒険者を引退した老人には変わりない。

 しかし不安そうに自分を見つめるプラムに気づくと、レフリーはこう言った。


「プラムや、あまり老人だからとて舐めるでないぞ。確かに腕力は衰えたが、まだまだひよっこ共には負けんわ!」


 するとレフリーは腰のサーベルを抜き、一瞬の動作で蓋をしている食器棚を何回か切り刻んだ。

 その結果、石造の棚にはポッカリと円形の穴がくり抜かれたのだった。

 それはちょうど、人間一人が通り抜けれそうな大きさだった。


「姉ちゃん!僕の手を掴んで!」


「ありがとう。 うっ……!」


「しっかりつかまって!」


 アンはプラムに引っ張られ、そのまま瓦礫の下から救出された。


「レフリー村長!おかげで助かったよ!」


「うむ。もう大丈夫そうだな」


「うん。ありがとう!」


「だがおぬしはまだ姉の側にいてやれ。さっきまでホブゴブリンに捕まっていたんだ。すぐに動くのは危険かもしれない」


「う、うん。分かったよ」


「それがいい。 ……儂は、少し外の様子を見てこよう」


 そう言うとレフリーは、姉弟の側を離れた。



 外には地面の上に一直線に、エグゼキュートオメガの魔力波による焼き焦げた跡が続いていた。

 そして線の出発点では、白銀の極大剣を持ったままクライシスがうつ伏せに倒れており、その側ではキティちゃんが訴えかけるような視線をこちらに向けてきていた。

 彼はすでに、こと切れた後だった。


 レフリーはその側にしゃがみ込む。そしてクライシスの兜を外し、その顔をじっと見つめた。

 もう動くことはなく、その造形物のような美しさが余計に際立った。

 とはいえ、レフリーが見ていたのは単なる外見の強さでは無かった。この異常に強い狂戦士は何を成す人間なのか、何を成そうとしていたのか。それを見極めようとしていたのだ。


「一体何者なんじゃ。よそ者であるおぬしが、何故ここまでするッ???」


 そう呟くと、レフリーは懐からエリクセルの原液が詰まった小瓶を取り出した。

 サーベルで胸に穴を空け、そこから心臓に直接エリクセルの液を注ぎ込む。


 そして、レフリーはクライシスの口を手で開くと、その中に赤く燃える不死鳥の羽をねじ込んだ。


「……まだ死ぬな。異国の英雄よ!」


 魔法の使えないレフリーの代わりに、キティちゃんが羽にマナを流す。

 するとクライシスの身体は一瞬で、紅蓮の炎に包まれた。


 それは普通の火とは違って、単純に肉を焼き焦がすものではない。

 彼の身体から負なる毒や呪い、そしてあらゆる重大なダメージは消え去った。



「これは………… まさか、ワタシ様にエリクセルを使ったのですか?? しかも、S級オーパーツまで!?」


 不死鳥の羽とは、あらゆる治癒を倍増し、蘇生の力をも秘めているかなりのレアアイテムだ。

 これはレフリーが冒険者だった頃、仲間と共に獲得し、託された唯一のS級オーパーツでもあった。


「どうしてなんです? 別にワタシ様は、あなたの主催する剣闘技大会の中で死んだわけではないでしょう。アイテムを使ってまで蘇生する義理なんて、あなたに無いはずだ」


「何を言うんだ。おぬしは儂の村人を、命をなげうってまで助けてくれたじゃないか。それで理由は充分じゃないか」


「……しかし」


「それに、儂はもう齢なんじゃ。……認めたくはないがな」


 レフリーは剣帯からサーベルを外すと、鞘ごと持ってクライシスの方に突き出してきた。


「今の儂にこの村を襲ってきた輩を退けるほどの力はない。ゆえに、おぬしにザクロ村の命運を、託させてはくれないだろうか?」


「……レフリーさん…………」


 クライシスはその剣を受け取った。


 ____________________

不屈の翠剣(レイジング・スピネル)

 推定Bランク

 詳細情報:プラチナ製の魔剣。魔鉱石を媒介とした斬撃の威力を高める魔法陣が刻まれており、エンチャントが可能。その際、刀身が青く発光する……。

 ____________________



 するとその時、遠くの方から馴染み深い声で自分の名が呼ばれていることに気が付いた。

 振り返ると、そこにはペペロンチーノの姿があった。


「やっと見つけた! マスターっ!!!」


「ペペさん」


 ペペロンチーノは息を切らしながら走ってくると、そのまま勢いよく抱き着いてきた。


「むぐぅ……っ マスターぁ、ご無事でよかったです……!」


「また、心配させてしまいましたね」


「本当です!こちら側(ファントムレギオン)に来てから、冷や冷やしてばかりですもんっ」


 クライシスとペペロンチーノの間には、奴隷契約により何より深い繋がりがある。

 彼が一度死んだことも、ペペロンチーノは悪寒として感じていた。


 その後、ペペロンチーノは流した涙を拭くと、自分がここに来た目的を告げた。


「クライシス様。襲ってきたのはガゼル・ホップスでした!アイツが魔物を呼び出して、村で暴れてたんです!」


「なに? そうか、奴でしたか……」


 ガゼル・ホップスは一度ゲンサイとは袂を分かっており、奴が追っ手の役目を引き受ける可能性はかなり低いと思っていた。

 だが同時に、転移魔法使いであるガゼルならば、この地まで追ってこれたのも納得がいく。


 しかし、そんなことはどうだってよかった。

 転移魔法でダンジョンに飛ばしてくれた奴も、クライシスの復讐対象の一人だったからだ。


「行け、クライシス。お前の敵を倒してこい!」


 ぺぺとの話を聞いていたレフリーは、ただそう言って彼の背中を押した。


「詳しい事情は知らんが、それが儂らのためにもなるんじゃ。いずこから来た狂戦士よ。頼む!この村を救ってくれ!」


「……ええ、必ず奴の凶行は食い止めてみせますよ」


 クライシスはそう言うと、受けとったサーベルを服の隙間に差し込んだ。


 森羅に抱かれし(ラピス・ラクテウス・)聖乳の石(シルヴァティクス)は非常に強力な剣だが、呪いがかかっていた。

 今はエリクセルでHPもMPも回復しており、精神異常への免疫がある状態だが、然るべき場所で呪詛反転の処理をするまでは自身に呪いが降りかかる恐れがある。


 なので、ガゼルのように敵がそこまで()()()()場合、わざわざ危険を冒す必要はないとクライシスは判断したのだった。


 そして、ペペロンチーノにシルヴァティクスをしまうように頼んだ。


「……よし、では行きましょうか」


「はい!」



「──クライシス!!!」


 その時、母屋の跡からプラムとアンが這い出てきた。

 プラムは再び戦いに出向こうとするクライシスをみた途端、思わず大きな声で呼び止めていた。


「なんで、クライシスばかりがそんなに傷つかなきゃいけないのさ。戦いなら、もう他の冒険者に任せればいいじゃないか!」


 プラムは、クライシスが炎で回復したことをまだ知らなかったのだ。

 いや、もし彼がそのことを知っていても、おそらく戦場に出向くのを止めたのかもしれない。

 だがそれは、クライシスも同じだった。


「プラム、知っていますか?圧倒的な力を持つ者には、その力で弱者を守る責任というものが存在するのです。これはワタシ様が王になろうが冒険者になろうが、魔法剣士になろうが狂戦士になろうが変わらない真実なのです」


「クライシス……」


「心配は無用です。おかげで完全復活しましたから。サッサと終わらせて戻って来ますよ」


 そういって優しく微笑むと、プラムに背を向けた。

 そして、地面に置いていた破魔の兜を装着する。


(それに、そんな高尚な理由だけじゃないんですよ……。ワタシ様に屈辱を味わわせたガゼルを、今はただ、最大限の狂気でブチ殺したいだけなんです)


「……ペペさん、奴のもとへ案内してください」


「はいっ、お任せください!」


「頼みます。 ──これより、蹂躙を始めるッ」


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