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第58話 ワールドエンド

 その後も、つらく苦しい道のりは続いた。

 村外れの宿屋にたどり着くまでも、クライシス達の前には、ガゼルの召喚した魔物が幾度も立ちふさがった。


「…くッ……」


「クライシス!」


「だ、だいじょうぶです。下がっていてください」


 片腕片足しか機能しない状態で、彼は狂ったように極大剣を振りまわす。

 そうして行く手を塞ぐ魔物の群れを、荒々しく蹴散らした。


「ハァッハァッ、ハァーー。 フゥ……。プラム、怪我はありませんでしたか?」


「うん。僕は無事だよ」


「そうですか。では先に進みましょう」


「……うん」


 クライシスは最強なので、自分の怪我をプラムに悟られまいと隠していた。

 だがもちろん、プラムは彼の足が折れている事にもとっくに気づいていた。


 それでも、冒険者ですらないプラムには、守ってもらうことしか出来ない。

 そのことが、とても悔しかった。


 ─僕も、一緒に戦えたら…………─


 だが、せいぜいプラムにできるのは、戦いの邪魔にならないよう端に避けながら、心の中でクライシスの無事を祈るのみであった。



 ようやく彼らは、アンのいる村外れの宿屋へとたどり着く。

 その頃には、ダンジョンの中で飲んだマナポーションの遅延効果により、クライシスのマナはさらに回復していた。

 これなら弱い魔法も、数回なら使えるだろう。


 その事は僥倖であった。

 ただ、すでに宿屋の周りは、数体のゴブリンによって包囲されていたのだった。

 中には図体の大きなホブゴブリンの姿もみられた。


 ─コンコンッ コンコンッ


 ゴブリンの嗅覚は犬のように鋭い。

 奴らは人のいない離れ屋には見向きもせずに、母屋の扉や土壁を棍棒や石斧で打ち付けていた。

 集団で建物の中にいるアンを襲おうとしているようだ。


「ああ、姉ちゃん! 大変だ。早く助けなきゃッ!」


 そう言って、いきなり宿に向かって駆けだそうとするプラム。

 クライシスはとっさに彼の腕をつかんで制止した。


「焦ってはいけません! …ゴフっ……」


「でもっ!急がないと姉ちゃんが殺されちゃうよ!!!」


「………いえ、あの家の扉はギードヌで作られている。ゴブリン程度の力では、そう簡単に破壊することはできないでしょう」


「そ、そうなの?」


 そう聞かれると、クライシスはこくりと頷いた。


 ゴブリンとは、単純な蹴りでも倒せるくらい弱小の魔物だ。

 だが現在の最悪のコンディションでは、それほど鋭い蹴りは繰り出せないかもしれない。

 彼はもしもの敗北の可能性を考慮したのだ。


「まだ時間はあるようです。ここは確実に、一体ずつ潰していきます」


 するとクライシスは、母屋に群がるゴブリン共を厳しく注視した。

 そして一瞬のうちに群れの中のパワーバランスを見極めると、姿勢をかがめて気配を消しながら、最弱と思わしきゴブリンの背後へゆっくりと近づいていったのだ。



 ……だがその時、突如として不穏な音が起こる。


 ─バキッ、バキバキ……!


「なにッ!?」


 振り向くと、ギードヌの扉は無惨にも家の内側へ倒されていたのだ。

 倒れた扉の前には、棍棒を持ったホブゴブリンの姿があった。


 いくら棍棒で叩かれても、ギードヌ製の扉には大きな傷は見当たらない。

 しかし、扉を固定していた蝶番の方が、どうやら先に壊れてしまったらしい。

 倒れた扉を踏み越え、そのままホブゴブリンは家の中へと侵入した。


「……あ。」


 そしてそこで、机の下に隠れて震えていたアンとホブゴブリンの目が合ってしまう。


 ホブゴブリンは怯えるアンを見ると、嫌に不気味に笑った。

 ゴブリンは下等な魔物なので中途半端な知能しか持っていないが、目の前の生物が自分に蹂躙される対象だという程度は理解していた。


「……ギヒヒヒ」


「いやっ、こないで!」


 アンの身体に向かって、その太い腕が伸びていく。

 恐怖する彼女が逃げまどうさまは、壊れた扉の向こう側からもしっかりと視認できた。


「姉ちゃん!! 姉ちゃんっ!!!」


「ッ!? プラムッ!! 助けてぇーッ!!!!」


 プラムの声に気づきアンがそう叫んだ直後、彼女は全身を醜い魔物の腕に覆われた。



 もはや”一体ずつ”などと言っている場合ではない。同時に、全部のゴブリンを討伐することも不可能になった。

 一刻も早く彼女を助け出し、この場から離脱すること。

 それだけが、残された唯一の望みだ。


 クライシスは、折れた足を杭のように力づくで地面に打ち込みながら、全速力で走った。

 だがそこまでしても、何せ足は折れている。バランスがとれずに、まっすぐ走ることさえ出来ないほど遅かった。


 このままではアンの元にたどり着くよりも先に、彼女の体は握りつぶされてしてしまう。

 現に、アンはホブゴブリンの手によって、地面から徐々に浮かび上がっている途中だった。


(………ギリッ…)


 絶体絶命の窮地に、無意識に歯を食いしばる。

 そしてクライシスは考えた。どうすれば彼女が殺されるより先に、ホブゴブリンを殺せるかを。


 ─補助魔法でステータスを上げてからでは遅すぎる!だが魔法では威力が足りずに殺しきれない。……それなら、やはりアーツで決めるしかない─


 そして彼は、極大剣にマナを集中させ始めた。


 近づいてから攻撃する斬撃奥義(スラッシュアーツ)では、救出するまでとうてい間に合わない。

 だがクライシスは、遠距離からでも対象を攻撃できるアーツを所持していたのだ。


 ずばり、彼によって生み出された極大剣奥義──エグゼキュートオメガである。


 エグゼキュートオメガには、マナの使用量とSTRによって、威力と効果範囲が無限増大する性質がある。

 今の少ないマナでも山海やダンジョンの階層を消滅させることは出来ずとも、ゴブリン程度なら余裕で消し飛ばせるはずだ。


「ハァァッ!!!」


 走りながらクライシスは、剣にさらなるマナを込める。

 緻密なマナコントロールを求められるため、精神力を多大に消耗し連発することは出来ない。

 よって、一撃で決める必要があった。


 白銀の刀身は、ついに凄まじい輝きを放ち始めた。

 強力なマナを迸らせながら、煌々と辺りを照らし出す。


 そして数秒後、クライシスはエグゼキュートオメガの発動位置にたどり着いた。

 約20メートル。これが今のマナで放てる最低威力の射程距離だ。


「よしッ、ここからなら!」


 だがしかし、剣を構え正面を向いたちょうどその時。

 彼の視界には、アンがホブゴブリンによって、今まさに握りつぶされようとしている光景が映りこんだ。


(うぅ……、…っ…助けて…………クライシスッ………!)


 駆け付けたクライシスに気づくと、アンは消え入りそうな声でそう呟く。

 そして、彼女は意識を失った。


「──ッ!」


 クライシスは、極大剣を天に掲げた。

 そして、一気に剣に蓄えられたマナを解放する。


「エグゼキュート!!!オメ…」


「ギヒヒっ」


「なっ…?!」


 奥義を放とうしたその刹那、クライシスの前に2体のゴブリンが立ちふさがった。


 背後で生じた異常に強い光源でクライシスの存在に気づいたゴブリン共は、親玉であるホブを守るため、本能的に壁役を買って出たのだった。


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