第52話 信頼
クライシスの後を追って、ペペロンチーノ達も急いでザクロ村へと向かった。
「っ、ひどすぎるッス」
「こんなことって……、あっていいのか???」
実際に、近くで魔物に荒らされた村を見ると、そのあまりの惨状に絶句した。
彼らはまだ、村の入り口にすら踏み入っていなかったが、そこからでも逃げ回る村人たちの悲鳴や建物が焼き壊される様子は、十分理解できた。
また近くには、ダリアやラザルスの見知った冒険者の死体も転がっていた。
「うそでしょっ、あんなに平和だったザクロ村が……」
ペペロンチーノも、昨日まで穏やかだった村がこのように無惨に壊されていることに、大きなショックを受けていた。
だがしかし、それ以前に恐ろしくもあった。
これだけの規模の魔物の襲撃を引き起こすとならば、相当な人数か、かなりの実力者によるものと予想できた。
ならば先に行ってしまった主の身にも危険が迫っているのではないか。彼女はそう考えた。
そのことが頷けるように、遠くのエルダーツリーの側には巨大なゴーレムの姿も確認できた。
「クソ、よくも……。ザクロ村の奴らを傷つけやがってッ! ゼッテー、許さねーぞ!!」
ダリアはそのように勇ましく吼えると、直後に剣を引き抜いた。
ギリリと歯を食いしばり、怒りを露わにする。
またダリアだけでなく、その場にいた全員も、悲しみと怒りに身をうち振るわせていた。
「……いくぞ、お前ら。アイツらの仇を討つんだ! 一体でも多く、魔物を倒してやるんだ」
「そうっスね。村の冒険者連中なんて、正直クソうざいだけだったけど……。まあ、やられっぱなしはアタシの性分じゃないスから」
ダンジョン攻略の後で、皆へとへとに疲れ切っていた。だがザクロ村のピンチを前にし、再び闘志を湧き起こした。
そして各々武器を取り出すと、村を襲う魔物の討伐へと立ち向かう。
しかし、そう言ってダリアたちがザクロ村に入ろうとしたその時、突然彼らの前に、フードで顔を隠した冒険者が姿を現したのだ。
「だ、誰だ! ……敵かッ? それとも、味方か?!?」
その小柄な男は自らが姿を現すその直前まで、こちらに全く気配を悟らせなかったのだ。
それにより、不気味さと危機感を抱いたペペロンチーノ達は、一斉に武器を構え警戒態勢を取る……。
だが小男は、自分に剣が向けられた瞬間、慌てた様子で咄嗟に両手を上げて自分に敵意がないことを示した。
「うわっ、まてまてダリアッ! 俺は味方だって!」
「ん?なんだって?? ……お前、オレっちの名前を知ってるのか?」
「ハハ…。ダリア君は冷たい人だに。さては、わざと忘れた振りをしてるんだなー?俺の事をからかってるんだなー?」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「ありゃりゃ?本当に忘れちゃったのか?ダリア君の頭の中はお花畑かにゃ??ダリア君のお花畑なんて、どうせ可愛い蒼露草の花じゃなくてさ、とってもくさーい毒婆木とかで埋め尽くされてそうだし全然行きたくないけどね。……しかたないなー。ほら見ろッ、俺たち一緒にダンジョン攻略した仲じゃないかー」
そう言いながら小男はサッと被っていたフードをめくって、その毛むくじゃらの素顔をあらわした。
三角形の耳は頭の横ではなく上の方についており、口元には長く細く伸びた髭が扇状に広がって伸びている。
彼の名はラズロ・パイルズ。猫貌人とも呼ばれる獣人の冒険者であったのだ。
「ほわ~。すっごいフカフカだねっ」
「アタシ、獣人って初めて見たっス!」
ペペロンチーノとマルティは、興味深々にラズロの顔をじっと見つめていた。
その視線に気づくと、ラズロは頬を赤らめさせ、丸めた手で顔の毛をかきむしった。
「そんなに見つめられると、俺恥ずかしいかにゃー。照れちゃうだに…!」
「あ!ごめんねっ、猫さん!」
「にゃはは、別にいいよ。それでさっ。ダリア君とラザルス君は、俺のこと思い出したか?」
そうしてラズロはウインクしながら、ダリアたち二人にそう尋ねた。
二人は以前に、この猫貌人と話したことがあったのだ。
クライシスのパーティに参加するより前に、二人でエルダーツリーダンジョンに挑戦した時だ。
ギルドハウスの冒険者から足りないパーティーメンバーを誘っていたのだ。
「誰かと思えば……ッ、あの時、僕たちをダンジョンに置き去りにしたクソ盗賊じゃないか!あんたが逃げたせいで、危うくドライアドに囲まれて殺される所だったんだぞ」
「あ、あれ?そうだったっけ??? ええと……、俺そんなの覚えてないかもだに。いゃひ。でもさ、俺たち仲間だよね?」
「なッわけあるかッ!! おいてめラズロッッ!今更ぬけぬけと、何しに出て来やがった!」
そういうと、ダリアはラズロに容赦なく斬りかかる。
「死ねぇ!!!」
「にゃ、はぁ~ん」
だがしかし、ラズロは人間離れした身のこなしで、ダリアの鋭い斬撃を軽々避けてしまう。
そして、そのまま後ろ向きにクルクルと飛び上がると、近くにあった細いギードヌの柵の上に器用に着地してみせた。
「にゃははは。ていうか、何しにって……それは俺のセリフだよね?」
「何だって。それはどういう意味だ」
すると、ラズロはこう言った。
「この場所はもうダメさ。もう終わりさ。どこかから来たかなりヤバい魔法術師が、さらにヤバい魔物の群れを呼び寄せて暴れ回ってるんだよ! これじゃあ、村自体が無くなるのも時間の問題じゃないかにゃぁ」
「それ、本当なんスか? じゃあ村の人たちは?冒険者たちはッ??」
「ああ~……。レフリー村長が自分の宿屋に避難させてるみたいだけど。まあ、無駄だと思うけど。あんなたくさんの変異種相手じゃ、絶対勝てるはず無いもの。実際にもう何人も冒険者が死んでるみたいだし~?」
「変異種?!そんなッ………」
ついさっきまでダンジョンの奥で、ジャイアントスパイダー等の強力な変異種と死闘を繰り広げてきたマルティたちにとっては、その凶悪さはすでに身をもって理解している事実だった。
しかも村に放たれた魔物の中には、スパイダーよりも遥かに強力な個体も混ざっているらしい。
「なんで君たちが、こんな時に来ちゃったのか知らないけどさー。トモダチだから忠告してあげるね。みんな、ここから早く逃げた方がいいんじゃないかな?死んじゃってもしらないよー?」
「くっ…… お前、また逃げるつもりなのか」
「にゃはは。ダリア君は馬鹿だにゃぁ。危なくなったら逃げるのは、生き物として当たり前だろ。ていうかこの場合は、他にどうしようもないだろ?」
誰も、ラズロの選択を責めることなど出来ない。
すでに他にも多くの冒険者がザクロ村から逃亡しており、逃げた者は僅かに生き残り、立ち向かった者は全員死んでいたのだから。
絶望的な状況を知り、冒険者たちは思わず口を閉ざす。
「良かったー。流石にこれでも戦いに行くとか言い出したら止めようがなかったよ。さあ、一緒ににげようよ」
そういうと、ラズロは柵の上から飛び降りた。そして村の出口に向かってスタスタと歩きだす。
だがしかし、ザクロ村から去ろうとするラズロの後に続こうとする者は、誰ひとりもいなかった。
その事に気が付くと、ラズロは驚きながら彼らの方を振り返った。
「ど、どうしたのさ??? ねぇ?本気なの??」
状況は厳しいが、まだ何も終わっていない。だからこそ逃げなかった。
そして何より、彼らはこの事態をも覆すことの出来る情報を知っていたのだ。
どんな窮地や底知れぬ絶望さえも覆す力を持つ、最強の狂戦士の存在を……。
「大丈夫だよ。だって、クライシス様がいるんだもんっ」
「そうっスよ! アタシたちだけじゃオーガや上位精霊の相手なんて無理かもッスけど、クライシスさんならきっと……!」
「ん? 誰だに、ソイツ……??」
突然見知らぬ名前を聞き、困惑するラズロ。
だがすると、ダリアはこう言った。
「実はオレたち、ついさっきクライシスと共にエルダーツリーダンジョンをクリアしてきた所なんだよ!」
「ハァッ???何だってっ!? まさか、ダンジョンクリアはダリア君たちだったのッ?!?!」
「ああ。だが、もしクライシスが居なかったら、オレ達は途中で力尽きていたかもしれない……」
ダリアの言葉を聞くと、ラザルスは深く頷いた。
「あの人にはたぶん、どんな不可能も可能に変える強さがあるんだ。だから絶対に、このザクロ村だって簡単に救ってしまうに決まってるさ」
クライシスを知らないラズロには、彼らの言う事が根拠の妄言のようにしか聞こえなかった。
だがしかし、ダリアやラザルスを含め、自分以外のその場にいる全員がそのクライシスなる冒険者を語るときにする瞳が、絶対的な信頼と確信に満ちていることに気がついたのだ。
そしてラズロも、ようやく彼の名を思い出した。
「ああっ、そっか! クライシスって、あの剣闘技大会で優勝した冒険者の名前か!」
ラズロも大会でクライシスの戦いは見ており、その異常な強さは知っていたのだ。
─たしかにあの御人なら完全攻略しても不思議じゃないかもだに……。でもあんな弱い装備で?しかもこんなに早く?─
剣闘技大会で、木刀を手に花柄のローブをまとっていたクライシスの姿を頭に思い浮かべながら、ラズロは思案を巡らせた。
その間に、ダリアたちは再び武器を取り出していた。
「こんな奴に構ってるひまはない。オレたちも急ごう!クライシスとも合流するんだ」
「そうだねっ。マスターの所に行かなくちゃ」
そういって今度こそ村に入ろうとする。
だがラズロは、彼らの前に立ちふさがって制止した。
「やっぱり。お前は敵か!」
ダリアは剣を突き付ける。
「ちちっ、違うよ! ……気が変わったんだ。ダリア君たちだけじゃ心配だからね、俺も手伝ってあげようと思ってね」
「何だと?」
「そのクライシスさんてのは、ダリア君たちの仲間なんだろ? つまりさ、もしそのクライシスさんが村を無事に救えた場合に、仲間である君たちを俺が手伝っていたらさ、何かいい物がもらえるかもしれないじゃないか!それはいい話だよ」
「なるほどな。そういうことか。でも逃げなくていいのか?いつもみたいに。」
「にゃはは。俺ならいつでも逃げられるさ。いいからいいから、また気が変わらないうちについておいでよ。まだ村に残ってる冒険者たちが集まってる場所に、案内してあげるよ!」




