第51話 邪悪と狂気
クライシスがようやくザクロ村に駆け付けた時には、そこは既に阿鼻叫喚の真っ只中だった。
通りには数人分の冒険者の死体が転がっており、それらを貪り喰らうシャドウボルクの集団があった。
戦う力のない村人はただただ恐怖し、崩れた瓦礫の隅などで一か所に固まりながら震えていた。
また村人たちの目の前では、上位精霊サラマンダーが彼らの土と泥の家を焼き壊していたのだった。
どす黒い邪悪が平穏を容赦なく凌辱している。
それを見たことにより、クライシスの脳内にはとても強い苛立ちが沸き起こった。
記憶の秘所が悲鳴を上げている。
「…………今度は、手加減の必要はないようですね…」
合理的に考えても、とても看過できない光景だった。
クライシスは極大剣の柄を強く握りこむ。
そして、炎をまき散らしながら空中を飛びまわっているサラマンダーの元へと、冥冥粛々に向かっていったのだった。
接近するクライシスに気づくと、上位精霊サラマンダーは少しだけ困惑した。
どうしてなのか知らないが、その冒険者は無駄にデカい剣を肩に担いだまま、武器を構えようとする様子もない。それどころか、さもこちらを狙って来いとばかりに正面から堂々と歩いてくる姿は、まさに歩く的である。
「ギギャギャギャッ」
火竜のような鱗をカタカタとはためかせながら、まるで馬鹿にするような甲高い鳴き声を上げた。
『ココニイルニンゲンハ、ジツニタヤスクヤキホロボセル!』そのように思っていたのだ。
そして、手の中に大きな火炎球を生成すると、その炎をクライシスに向かって思いっきり投げつけた。
ファイアボールは稚拙で単純な構造の魔法なのだが、使用者の最大マナ量によって威力が大きく変化する性質を持つ。
そして、ダンジョンの深い階層や超自然的な秘境の奥地で生まれた彼らは、単なる人間とは比べ物にならないほどの大量のマナでその肉体は構成されていた。
もしも生身で喰らったならば、タンパク質で出来た人間の肉体など余すことなく炭と化すだろう。
特大の火炎球は放物線を描きながらクライシスに襲い掛かった。
──しかし、クライシスはその一撃を一笑に付す。
「フン、下らない」
そう呟くと、クライシスは飛んできた火炎球を実に容易く握りつぶした。
ユニークアイテム──破魔の兜の特殊効果により、攻撃魔法は無効化されたのだ。
サラマンダーは目の前で起きた事象を理解できず、呆気に取られていた。
その隙に、クライシスは一気にギアを上げて加速する。
極大剣を抜刀の構えで持つと、低姿勢で疾風のごとく駆けだした。
サラマンダーは無我夢中のまま、ファイアボールを連発して迎え撃つ。
だがしかし、その度に兜の特殊効果は発動し、視覚的なバリアエフェクトと共に火炎球は消滅した。
そしてさらにクライシスは、片手で刀身の根本に触れながら刃に付与魔法をかけた。
「万物よ、塵芥と化せ。斬撃属性上昇!」
ほとんどがマナで出来た精霊に対しては、通常通りの剣による物理攻撃では効果が軽減されてしまう。
だがクライシスはこう考えた。
それよりも斬撃の威力をさらに上げれば問題ない、と。
ついにクライシスは、サラマンダーを斬撃の射程距離内に捉えた。
「ハァーーッッッ!!!」
空中にいる標的目掛けて、極大剣を振り抜きながら跳び上がる。
そして、剣に遠心力を乗せながら、サラマンダーの胴体を横一文字に切り裂いた。
─ザッ、シュッ!
一寸の狂いもなく、シルヴァティクスの白刃が瞬く。剣閃は精霊の体を上下で両断したのだ。
輪切りになった瞬間、サラマンダーは足とともに浮遊能力すらも失った。
クライシスはそのまま、前方の地面に軽やかに着地する。
すると背後から、斬られた精霊の体がボトボトと落っこちてくる音が聞こえてきた。
「…グガ、グギギギ…………」
振り向くと、土の上では上半身がみじめにもがいていた。弱っていたが、まだ死んでいない。
精霊はコアを砕かなければ完全には死なない。
しかも上位精霊ともあらば、半身を失った程度の損傷ならばそのうち回復してしまうのだ。
のたうち回る上半身に、彼はゆっくりと近づいていく。
もちろん、トドメを差すためだ。
─……ゴ、ゴスッ、ゴスッ! ドギャッ!!
何度何度も、くりかえし肉を殴りつぶす打撲音が淡々と鳴った。
上位精霊のコアは、質のいい貴重な魔鉱石でもある。それは魔法武具の材料や魔法の触媒に使える。
中の魔鉱石を傷つけずに取り出すには、こうして手で少しずつ顔面を削りとるのが一番良かった。
その音には恨みがこもっていた。
するとその時、クライシスの所に突然シャドウボルクが数匹現れた。
彼の周囲を取り囲むと、牙をむきながら恐ろしい唸り声を上げて威嚇を始めた。
シャドウボルクは強い光が苦手だ。そのため、炎を出すサラマンダーには近づけなかったのだが、現在はほぼ半死にまでなっていた。
獣たちは新しくやってきた得物を、群れで襲いに来たのだ。
「ガウガウ!ガウガウッ!」
「五月蠅いですね」
「ウ゛ウ゛~ッ ガウガウ!」
「……黙れッ!!!」
その瞬間、クライシスは同時にスキルを発動した。
漆黒のオーラに触れた犬畜生共は、次々と狂気に侵され、死んだ。
そして、彼は再び拳を振り上げるのだった。




