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第49話 尋ね人

 突如、身体が魔法の光につつまれるのが分かると、クライシスは制限時間(タイムリミット)の訪れを察した。


「うわ、なんだこれ?!」


「なんか急に、光りだしたっス」


 この状態になってから、ダンジョンの転移が発動するまで、まだ残り数秒のインターバルはある。

 しかし肝心の銀杯の鑑定は、まだ始めてすらもいなかったのだ。


(…………クッ)


 戦闘前のダムドの様子を観察した限り、今の段階では杯の呪いによって変異した可能性の方がずっと高いと思われる。

 また精神汚染を嫌えば、杯に迂闊に触れることも出来ない。


「諦めるしかないですね。 みなさん、転移魔法に備えてください」


 冒険者たちを包むマナの光は、次第にその輝きを増していった。

 円筒状の柱が天井まで立ち昇り、光の中にいる彼らの姿と共に、光は弾けとんだ……。



 ────気が付くと、そこはギードヌの森だった。

 辺りは一面、真っ赤な景色で覆いつくされている。


 時刻はすでに昼を回っているようで、頭の上では本物の太陽が煌々と輝いていた。


「うう゛っ…… 僕たち、ダンジョンから出てこれたの?」


「でもおかしいぞ。どうやらここは、ザクロ村じゃあないようだぜ。ダンジョンの入り口だったエルダーツリーが、どこにも見当たらないからな」


「え? まさか、まだダンジョンの中なのか?!」


 そういうと、ラザルスは慌ただしく辺りをキョロキョロと見渡した。

 またダリアも、先ほどまで解体していたフォレストライオターダムドの臓物などを手に持ったまま、あちこちを動きまわって周りの様子を確認していた。


 一方でクライシスとペペロンチーノは、今いる景色に心当たりがあった。

 松明を作るため、二人で森に落ちている薪を集めにやって来た場所だ。近くには、最初にグレイテストランドの冒険者たちによって、クライシスが転移させられてきた洞窟型ダンジョンもあったはず。

 なので少なくとも、ここはダンジョンの中などではない。


 ペペロンチーノもその事に気づいていた。

 彼女はそっと目配せをする。


「マスター、これは多分?」


「そうですねえ……」


 クライシスも首を回し、周囲の様子を確かめる。

 そして自らの推測を確信へと変えるため、クライシスはその辺の落ち葉や枝木などを手当たり次第に掻き分け、あるモノの捜索を始めたのだった。


 その間に、ペペロンチーノは収納魔法の中にフォレストライオターダムドの腕と、クライシスが獲得した白銀の極大剣を収納する。

 ダリアが力づくで剥ぎ取ったダムドの腕の堅皮は、とにかく処理が雑でむちゃくちゃ下手くそだった。

 だが、生家が牧場でもあるラザルスの担当箇所は、ダリアとは反対にとても美しく仕上げてあった。ペペロンチーノはその仕事に惚れ惚れしながら、骨や皮をしまい込んだ。



 やがて近くの地面の上で、クライシスは焼き焦げた魔法陣の痕跡を見つけることが出来た。


「ああやっぱり。皆さん見て下さい、原因が分かりましたよ」


「これは……魔法陣? クライシスさん。これが何だっていうんスか?」


 するとクライシスは言った。


「これはですね、転移の魔法陣です。ここに魔法陣があるという事は、ダンジョンからの空間転移が無事に成功したということになるのです」


 魔法陣を使う古い魔法、または強力な魔法儀式の中には、こうして術の痕跡がくっきりと残る物があったのだ。

 そしてダンジョンクリアの際に発動する転移魔法は、だいたい前者に当てはまった。


「はえ、こういう感じなんスねー。 アタシはてっきり、入った時とおんなじあの木の洞から出てくるものかと思ってったスよ」


「オレっちもそうだ! なんでこんな何もない森の中に転移したんだ? もっと盛大にさ、村の人間たちから英雄の帰還を出迎えられたかった、てのによ」


 ダリアたちは揃って不思議そうな顔をしていた。

 すると、ペペロンチーノは言った。


「あははっ、君たちは本当に何にも知らないのね!こんなの冒険者の常識なのにっ。 ……ですよねっ?」


「まあね、これに特に理由なんて物はないんですよ。ただ単に、転移先の座標がズレただけなのです」


 それを聞くと、マルティがむすっとしながら聞き返した。


「あぅぅ……よく分かんないっス。けどこういうことって、結構あるんスか?」


「たまに、ですかね。まあ、古い魔法なので、誤作動が起きたとかが原因じゃないでしょうか」


「へえー?」


「でも危険はないと思いますよ? 理由はよく分かっていないんですが、座標ズレに遭遇した過去の冒険者の中に、今までそれが原因の死傷者は一人も居ないらしいですからね」


「そ、そうなんですか?? でもそれなら、ひと安心ですね」


「ええ」


 クライシスは頷く。

 そして冒険者たちに向かってこう告げた。


「さて、いつまでも森に留まっていても仕方がありません。みんなでザクロ村に帰りましょう」


「おう。そうだな!帰ったら村の奴らに自慢してやるぜ!」


「私、お腹すきましたー!」


「フフフ、そうですね。この地点はザクロ村からもそう離れていないので、すぐに戻れるでしょう。帰ったら、皆さんに食事をご馳走しますよ」


「本当っスか! やったーッ」


「はぁー、とにかく僕はベットに横になりたいよぉ……」



 そうしてパーティーは村の帰路へとついたのだ。


 長い間誰も成し得なかったエルダーツリーダンジョンを完全攻略したクライシス一行。その報は、きっとザクロ村でもとっくに知れ渡っているだろうし、今頃は誰がクリアしたのかの噂をしているに違いない。


 今から彼らは自分たちがこの迷宮を制覇したのだと名乗りを上げに、偉大なる凱旋へと赴くのだ。


「へへ、ここからオレの英雄譚が始まるんだ……」


 ダリアは胸を張りながら一番先頭を突き進んでいる。自分がダンジョンボスを倒したのだという事実を誇らしげに噛みしめていた。

 また彼だけでなく、全員が達成感と幸福感に浸っていた。


 ただクライシスはまだ極大剣──森羅に抱かれし、(ラピス・ラクテウス・)聖乳の石(シルヴァティクス)の鑑定が途中だったこと。エルダークラウンを手に入れられなかったことなどが心残りであったため、若干もやもやした気分を抱えていた。


「……ぺぺさん。ザクロ村に、鑑定屋はいましたっけ?」


「う~ん、どうでしょうか。よく覚えてないです。……ですけどッ、多分いるんじゃないでしょうか!」


「そうだといいのですが」


 鑑定屋とは、高レベルの鑑定能力を有するオーパーツ専門の鑑定職だ。冒険者とは違ってダンジョンで戦うことはしないが、冒険者や商人の依頼を受けオーパーツを価値や能力を分析するのが仕事だ。


 大きな街や都市には大抵店が一つ以上あるが、人の少ない村などに職人が留まることは珍しかった。


「ふぅ、もしいなかったら自分でやるしかありませんね。時間をかければ、ある程度までなら知り得るでしょう」


「また徹夜ですかー?あんまり無理はなさらないでくださいね」


「心配してくれてありがとう。ぺぺ」


「はわわっ、感謝なんてもったいないです! えへっ、もしマスターが夜中にお一人で寂しくなった時は、いつでも私を抱き枕にして構いませんからね!!?」


「フフフ、気持ちだけ受け取っておきますよ」


 クライシスはそう言うと、ペペロンチーノの頭を優しくなでた。


 極大剣の鑑定は、またいつ来るかもしれない戦いに備えるためにも、早めに済ませる必要があった。

 しかしクライシス自身の疲労、それとマナやHPの消耗は侮れないほど大きい。

 同じくニ度倒れたペペロンチーノや、自分よりも遥かに格上との死闘を繰り広げたマルティやダリア、ラザルスにも休息が必要だった。


 ─仕方ないですね─


 クライシスは小さくため息をつく。

 今夜くらいは皆がゆっくり休めるように、自分も早めに作業を切り上げようと思ったのだった。



 ──だがしかし、魔の手は既に待ち構えていた。


 ザクロ村にあと少しという所で、彼らは森の異変に気がつく。


「ん? 何だ、あれ……」


 先頭を勇ましく行進していたダリアも足を止め、思わずその場で立ち尽くした。

 前方から、おびただしい数のエッグバードが飛び去ってくるのが目に入ったのだ。


((グワーッグワーッ、グワーッグワーッ!!))


 何百羽もの鳥影で、ひととき空は黒く塗りつぶされた。


「うわ、うるさッ」


「っっ! 耳が痛いよー!」


 鳥たちはどれもけたたましく泣き叫ぶ。それはまるで、何かに怯えているようにも見える。


 不気味な声を上げる黒い天井を見上げながら、冒険者たちは言いようのない不安を感じていた。


「一体、なんなんだよ…… 何が起きてるんだ!?」


「分からない。こんなの故郷の村でも、本の中でもみたことがないぞ」


 やがて、エッグバードの群れは過ぎ去っていった。

 空は晴れ、静寂が訪れる。


「ク、クライシス様! アレを!」


「…………くそ、ついに来たかッ!」



 ─ドォン! バゴォン!


 遠くから聞こえる爆音。一つでは無かった。

 もし、よく耳を澄ませていたら、逃げまどう人々の叫び声も聞こえていたかもしれない。


 ……その時、クライシスたちの目には、ザクロ村のあるはずの方角から立ち昇る巨大な黒煙が見えていたのだ。


「な、なんだ? 村が燃えてる??!」


 困惑するダリアたち。

 だが当のクライシスにはその犯人の目星も、それを招いた元凶も分かっていた。


 ダンジョンクリア後というコンディション的には最悪のタイミング。それを敵は狙っていたのだ。


 だが昨日までとは違って、クライシスの手元にはA+ランクの強力な極大剣がある。攻撃力が桁違いに上がっている。


 彼はヤる気だった。



 ─やって来たのはゲンサイの手下だろう。フフフ、楽しみですね─


「どなたか知りませんがどうも有難う。……貴様が復讐一人目だ!!!」


 そうして、ペペロンチーノの収納魔法から極大剣シルヴァティクスを取り出すと、意気揚々と駆けだして行ったのだった。


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