第47話 聖剣
ダンジョンボスが姿を現したことで、クライシス達は再び警戒態勢を取る。
大剣の傷で左腕は大きく欠損しており、血を流し体力もかなり消耗しているようだった。
しかし、その瞳は未だ殺意に煮え切っており、憎しみに満ちた目でクライシスの事を睨んでいた。
それを見て、衰えぬダムドの戦意を確認すると、クライシスはすぐさま追撃の指示を出す。
「奴はあと少しで沈むでしょう。 ──ペペロンチーノは、後方から灼熱の渦奔流の用意をしてください。マルティさんはペペロンチーノのサポート。ダリアとラザルスは待機。もしもの追撃に備えておくように!」
クライシスの言葉に従い、ペペロンチーノ達はそれぞれの配置についた。
そしてクライシスは再び大剣を構えると、距離を確かめるように一歩ずつダムドに近づいていく。
それに対し、ダムドも引きずってきた極大剣をぐらぐらと両手で持ち上げ、クライシスに攻撃を加えるべく大きく振りかぶった。
────しかし、その瞬間、奴の肉体がガクガクと震えたかと思うと、突然口から血を吹きながら前のめりに倒れたのだ。
そしてそのまま、二度と起き上がってくることは無かった………。
「……や、やったのか??」
「それは、もうじき分かります」
「は? それってどういう……」
すると、しばらくしないうちに深層全体がグラグラと揺れ出したことが分かった。
それは冒険者たち全員が、視覚的に見て取れるほど大きなものだった。
「な、なんだ??!」
「うわぁッ! 地震だっ。くそぉ、僕たち結局、生き生めになって死ぬんだぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
「……フフフ、違いますよ。これはダンジョンがリセットされる前の兆候なのです」
──ズ、ゴゴゴゴ……ッ
ボスが倒されたことをきっかけに、ダンジョンはより強く、より困難な障壁を伴って生まれ変わろうとしていた。
次こそはもっと難しく、簡単には攻略されないように。
そして、もっと冒険者を苦しめてやろうと。
「このダンジョンは三段構造でしたから、おそらく完全攻略されるのは初めてだったのでしょう。しかし未攻略にしては、なかなか歯ごたえのある場所でした。もしかしたら、次は10層くらいにはなってるかもしれませんね。期待できます!」
「マスター、それは多すぎじゃありませんか? 初期リセットなら、普通はだいたい6層が限度ですよね」
「ええ、たしかに。グレイテストランドでは前例は無いですね。しかしここは向こう側の世界ですから。ダンジョン生成に異なったアルゴリズムが働く可能性もあるかもしれませんよ」
「そういうものですかね? えへへ…… マスターは強いだけじゃなくて、頭もいいんですね」
ペペロンチーノはにんまりと微笑んだ。
そんな風に、クライシス達はすっかりリラックスした様子になっており、いつの間にか談笑を始めていた。
もはや戦いの雰囲気ではない。
先程までの緊張感が嘘のようだった。
何も知らないダリア達は、そんな二人の様子をいぶかしげながら見ていた。だがしばらくして、彼らも自分たちの戦いがとうとう終わったのだと、ようやく悟った。
「勝ったんだ……。信じられないけど。僕たち、ダンジョンボスに勝ったんだ!!!」
「いよっしゃぁーーーッ!! 大勝利だぜッ!!!!」
ダリアとラザルスは、互いに手をとりその場で飛び跳ねながら喜んでいた。
マルティも「うへへへ」と笑みを浮かべながら、内から出る高揚感に静かに浸っていた。
「あ、そうだった。こうしちゃいられません。時間は限られているんですから」
そう呟くと、クライシスは倒れたダムドの方へと駆け足で向かっていった。
そんな彼のバタバタと慌てた様子を見ていたマルティは、不思議そうにこう尋ねた。
「ええっと、クライシスさーん。時間ってなんのことっス?」
駆け足のままクライシスは、声を張りながらこう答える。
「もちろん、脱出の時間ですよー」
「だ、脱出?! 僕たちここから出られるのか?!?」
それを聞くと、ラザルスは興味津々で話に食いついきた。
「やっとこんな危ないとこから出られるのか。 でも、一体どうすればいいんですか?」
すると、クライシスは言った。
「おおよそは前にペペロンチーノの言った通りです。何もせずともあと数分もすればダンジョンが勝手に、我々を地上のどこかに転移させてしまうんですよ」
「そ、そうか! じゃあやっぱり、本当に帰れるんだ!!」
もうすぐ危険なダンジョンから出て、安全なザクロ村でようやくゆっくり休むこと出来る。
そのことを知ると、ラザルスは無邪気にガッツポーズを決めた。
だがその後、その行動を自分で子供っぽいと思ったラザルスは、若干の羞恥を感じながら静かに腕を下ろす。彼はダリアとは違い、感情を表に出すタイプではないと自認していたのだ。
しかし、とっくにクライシスは別のことに夢中だった。
「転移の前に、あの極大剣を鑑定を終わらせて……。そうだ、一応フォレストライオターの素材も回収しておいて方がいいですよね。でも、そんな時間はないかもしれません!ああああああああっ、ワタシ様はどうすればッ!?」
クライシスは狂気に陥る。
すると、彼の元にダリアが近づいてきてこう言った。
「クライシス、困ってるのか?なんか手伝おうか?」
「おお、ダリア助かります! ……ではですね、先ずは一番丈夫な手の甲の堅皮を優先的に剝ぎ取っていただけますか?それが終わったら、まだ残っている右腕の切断もよろしくお願いしますね。無事な骨を何本か使って、後ほど防具の補強をしたいと考えているので。あとは肝なんかもあれば役立つかもしれません。今は使えませんが、薬師なんかに渡すとかなりの交換報酬が得られますからね。それと……」
「ええっ!そ、そんなにかよ。 いきなり、そんなにたくさん言われても……」
「ありがとうございまーす。ではでは、あとはよろしくお願いしますね~。フフフフ」
そういうと、クライシスはすたこらサッサと去っていった。
「お、おーい!!おいおいおーい!??」
そうしてフォレストライオターダムドの死体の処理をダリアに任せると、自分はうきうきで極大剣の鑑定に向かった。
「ど、どうすんだよぉ。オレっちだけじゃ終わらねーって……」
そのようにダリアが困ってるのを見ると、マルティやラザルス達もその作業を手伝い始めた。
ダリアは仲間たちに感謝していた。
その後、クライシスは白銀の極大剣を拾い上げた。
「フフフ、ようやくですよ。この時を待っていました」
極大剣はダムドが倒れた時に、そこから少し離れた場所に転がっていたのだ。
そして彼は、わくわくしながら鑑定魔法を発動させる。
ツヴァイハンデットソードよりも重量は軽いが、この剣の刀身は長くずっしりとしていて振りごたえがあった。
切っ先は尖っておらず突きには向いていない。しかし大きく幅広い剣であるため、叩き切ることにより特化しているようだ。
そして剣は蛍石のように淡く光輝いていた。その幻想的な光は魔法的な性質を持っており、見る者の心を奪った。
【森羅に抱かれし、聖乳の石】
推定A+ランク
詳細情報:~計測中~
鑑定魔法で浮かび上がったイメージを受け取ると、クライシスは予想以上の性能に驚きつつ、思わずほくそ笑んだ。
一時しのぎの代用品ならば、せいぜいB+程度の性能があれば悪くないと思っていたのだ。
「これは、良い当たりですね! フフフ……」
クライシスはさらに詳しく鑑定を進めようと、再び鑑定魔法を発動させる。
「聖乳ということは、聖属性でも付与されているのかもしれませんね? どれどれっ」
だがそのとき、彼はペペロンチーノの不穏な動きに気がついてしまったのだ。
いつの間にか彼女は、人骨のように白い石で出来た祭壇の上に登っていた。
そしてその上にある銀の杯に、今にも手を伸ばそうとしている。
しかもなぜか、表情は恍惚としていて目は虚ろだった。
エルダークラウンが失われると、その時点でダンジョンの価値は失われ、再生成までの残り時間が急激に加速する。
なのでクライシスはそれを制止すべく、慌てて彼女に声を掛けた。
「ペペさん。あなた、何してるんですか?」
するとペペロンチーノは手を止め、驚いた様子でこちらを振り返った。
「……ハッ! どどど、どうしたんですか。クライシス様?」
「どうしたって……。はぁ、とにかくそこから降りて来なさい。その杯には触れてはいけませんよ」
「えええッ!???どうしてですかぁー?! だってだって……、これがエルダークラウンなんですよねっ。なら、持ってかなきゃ損じゃないですか。それにぃ……このオーパーツはとっても素敵だと思うんです……。ほら、だってこんなにいい匂いがするしぃ……ほわわわ…」
それを聞いたクライシスは少し考えこみ、その後こう言った。
「ふむ、いい匂いですか。 ……もしかしてそれは、血の匂いに近いのではないですか?」
「ああー! たしかに、そうかもですっ! でも、どうしてなんです?」
「中層にいた時からも、そういった事を感じさせる兆候は幾つかありました。このダンジョン全体に染みわたっている血のような液体が、すべてその銀杯を起源としていると考えれば納得もいきます。エルダークラウンはダンジョンのコアですから」
「匂いは上層に居た時からしましたよ。なら上層の魔物も、オーパーツの影響を受けていたんですかね?」
「そうかもしれませんね」
「じゃあ! やっぱり、かなり強力なオーパーツなんじゃ!?」
しかし、クライシスはかぶりを振った。
「そうかもしれませんが……。フォレストライオターが銀杯で変異していたことを忘れましたか?どんなバットステータスがあるか分かりません。今回は呪詛系の対抗手段も持っていないのですから、諦めましょう」
「でもぉ、クライシス様ぁ~」
「ダメです!そんなばっちぃ物、触っちゃいけません!メッ!」
「むぅ……、はぁーい」
そこまで言うと、ペペロンチーノもようやく諦めたようだ。彼女はしぶしぶ祭壇から降りて行った。
「やれやれ……」
クライシスはそれを見て安心すると、再び森羅に抱かれし、聖乳の石の鑑定作業に戻る。
だがそこで、彼はふと思った。
(……この剣の聖乳というのは、銀杯から流れる白い液体の事を指し示しているのだろう。だが、その液体の本来の姿は、おそらく死んだ魔物や冒険者の流した血液だ。そういった祭壇に突き刺さっていた剣。そんなものが、聖属性なんてありえるのか?)
杯ではなく、武器によってダンジョンボスが変異した可能性。
そのことに気づいたクライシスは、事実を確かめるために銀杯の鑑定を行おうとした。
だがその直後、彼ら全員がとつぜん眩い光につつまれた。
と思ったその次の瞬間には、パーティー全員がダンジョンの外に転移していたのだった。




