第44話 魔に魅入られし者
クライシスは鑑定魔法で知り得た情報を仲間たちに伝えた。
「フォレストライオター……ダムド。これは変異していますね」
すると、ペペロンチーノはこう言った。
「ダムドって名前がついてるってことは、やっぱり呪詛か汚染で変異したタイプってことですか?」
「ええ。おそらくは汚染、そして原因はあの銀杯でしょう」
クライシスは、前方にある白い石の祭壇を指し示す。
正確には器から白い液体が際限なく湧き出す、このダンジョンのコアたる宝具をだ。
「確証はありません。しかし、あそこにいる魔物が、銀杯から滴る液体にあれほど執着している様子をみれば、おおよその察しはつきます。 オーパーツの強力なマナにあてられて、通常のフォレストライオターが変異してしまったということなのでしょう」
「なるほどっ。たしかに私も、あのアイテムはとても凄そうな気がします……! あとなんだか、何か魅惑的な感じもするような…」
「エキサイトにまで至らなかったことは不幸中の幸いでした。しかし、変異種でも十分面倒になったことには変わりありません。はぁ…。このステータス的に、最低でも12回は殴らなければ倒せないかもしれませんね」
そうはいうが、戦闘においてステータスとはあくまで能力の指標であり、厳密にはそれによって全ての勝敗が決まるわけでもない。
極論をいえば、この世界ではHPが0になった瞬間に、心臓が止まっているというわけでもないのだ。
しかし、最初に想定していたより、敵が数段強くなってしまった事自体には変わりは無かった。
数値が示す限り、ザクロ村にいる冒険者では10人がかりでも討伐は難しいだろう。
「筋力ステータス440って、冗談だよな?? そんなのオーガ並みじゃねーか!?!」
「しかも、あの巨体で素早さも盗賊職くらいあるんだろ? そんなの逆立ちしたって、倒せるはずないと思うんだが???」
ダリアとラザルスは、自分たちよりもずっと大きいダムドの能力値を聞いて、その数字の前にすっかり怯んでしまっていた。
だが、それを見たクライシスはこう答えた。
「…いえ、ステータスはそれほど問題ではありません。現在は種族制限も存在しますが、ワタシ様も、STR999はありますので」
「う、うっそぉ~ん……」
クライシスは言った。
「それよりも厄介なのは、いざ対面した際に相手がどのような行動に出てくるか分からなくなってしまったという事です。変異種は通常の個体とは全く違った行動パターンを取ることも珍しくはありませんから」
戦いにおいて、情報とは何より尊ぶべきものである。
次にどの程度の威力の攻撃が来るかなどが分かっていれば、それの対応もその次に繋げるカウンターも、容易く決めることが出来るからだ。
だが、クライシスの鑑定魔法では、相手が所持しているスキルやアーツなどの詳細な情報までは知り得ることが出来なかったのだ。
また、通常のフォレストライオターのステータス情報は、初見の敵であるフォレストライオターダムドに対しては流用することができなかった。
誤った認識が誤解を招きそれが油断となり、死に繋がるのだ。
クライシスも、その事を深く理解していた。
「ああいうタイプには聖水が効くんですがね……。まあ、ここに無い物を嘆いても仕方ありません。作戦を変更しますから、皆さんよく聞いてください」
それを聞くと冒険者たちはうなずいた。
クライシスは、彼らに新しい作戦を伝える……。
簡易的な作戦会議のあと、彼らはクライシスを前衛とした戦闘の陣形を組んだ。
そして、ダンジョンボスの元へゆっくりと近づいていく。
戦いが始まるが、クライシスはまだ補助魔法を使っていなかった。下手なタイミングで魔法を使えば、その時点でダムドに気づかれ、先制攻撃を許してしまう可能性があったからだ。
バフよりも先に、パーティーに有利な戦闘態勢を作ることを優先したのだ。
その時も、まだフォレストライオターダムドは杯から滴る液体を夢中で舐め続けていたようだった。
しかし、クライシス達がある程度近づいた瞬間、突然ダムドはギョロリとこちらを振り返った。
そして、のっそりとした緩慢な動作で立ち上がると、横に飛び出た大きな眼でこちらを観察しながら、台座に突き刺してあった白銀の極大剣を素早く手に取った。
それは、ダンジョンボスとしての定めか、あるいは杯に魅入られし者の因果か。
フォレストライオターダムドは、まるでダンジョンの秘宝を奪われまいとするかのごとく、彼らの前に立ちふさがる。
「気を引き締めていきましょう。 ……戦闘を開始します」
「っ…… はいっ!!」
彼の言葉で、パーティーメンバー全員に緊張が走る。
特に、初めてダンジョンボスを相手にするマルティ、ダリア、ラザルスの三人は、相手の強さが未知数であったため、余計に多大なプレッシャーを感じていた。
クライシスは大剣を構えながら、ダムドとの距離を慎重に詰めていく。
相手の力量が正確に分からないため、まずは能力を把握する意味でも距離を置きながら慎重に戦うつもりだった。
大剣を構えながら、クライシスは目の前のダンジョンボスをじっくりと観察した。
瞳の瞬きから尻尾の先端まで、それらの些細な動きから攻撃の初期微動を見逃すまいとする。
敵の手中にある極大剣の性能も気になる所だった。しかし戦闘中に鑑定魔法を発動する余裕はない。
クライシスの背後では、ペペロンチーノがいつでも魔法で援護できるように備えていた。
手数はこちらが有利だが、STR442をまともに喰らえば全員が致命傷だろう。
─通常個体とは違って、奴は武器を持っている……。何らかのアーツを使う可能性も高いですから、それをまずは見極めねばなりませんね……─
だが、そう思っていた矢先。さっそく敵は攻撃を繰り出してきた。
しかもそれは、実に予想外のものだった。
手に持った剣でも太い尻尾でもなく……、物理攻撃ですらなかったのだ。
腕を振り上げたりすることもなく、ただ少しだけ、眼球をキョロキョロと動かした。
するとその直後、フォレストライオターダムドの顔先の辺りから極彩色の円形光線が放たれたのだ。
「これはっ!? 幻惑魔法!」
煩悶せし暗転。これは主に対象の視界に訴えかける幻覚魔法の一種である。
喰らえば数秒間は平衡感覚の消失や、物体が二重に見えるなど、視力は完全に役に立たなくなってしまう。
しかし、クライシスはその恐ろしい効果を分かっていたにもかかわらず、魔法光線を避けようとしなかった。
なぜならば、破魔の兜は幻惑魔法でさえも跳ね返す事が出来たからだ。
そして、クライシスはあえて動かずに、正面から魔物の怪光線を浴びた。
──キュィィィィッーーーンッ……ッッッ── ッパリンッ!、カコォォォオーーォー………ンンン……
兜の力により煩悶せし暗転は、そのまま正面に跳ね返り、フォレストライオターダムドへと直撃した。
一瞬、何が起ったか分からないといった驚愕の表情を見せる。だがその直後、舌をだらりと伸ばしたより醜い顔になり、その場で千鳥足になってふらつき始めたのだ。
それを見て、クライシスは今が好機と悟った。
「今だっ! 全員でフルアタックを仕掛ける!!!」




