第43話 緑の迷宮の守護者
十分に身体を休めることができたクライシス達は、深層をさらに奥へと進んでいた。
これまで進んできた上の層と比べると、進行経路を塞ぐギードヌの木が生えていない分、ここはがらんと広けた印象を感じた。
また自分たち以外に生き物の姿も見えず、入り口付近で陣を張っていた間に、魔物が襲ってくることも無かった。
クライシスのマナは、ポーションの遅延効果により、最大量の三分の一ほどが回復していた。
大技は難しいかもしれないが、ある程度の戦闘なら可能な量だ。
それにペペロンチーノも万全では無かったが元気を取り戻していた。魔法による戦闘も出来る状態だった。
「なんだよここ。マジでなんもねぇじゃねえか!」
「ああ。不気味なくらいにな……」
「ああ、そうだな」
白い液体が流れる樹根に覆われたダンジョンの壁は、まるで生き物が脈打つようにも見えた。
そんなほとんど変わらない光景がしばらく続いた。
「はぁ~~あ! 気持ち悪い蜘蛛とかがうようよいるトゲトゲ森の次は、こんな気味悪い通路をずっと歩かなきゃダメなんて!もうコリゴリっスよ」
「でもさぁ、中層よりぜんぜん良いとおもうんだけどな。なんかいい匂いもするしっ」
「またそれっすか? 一体、何を言って……」
すると突然、何かを察知したクライシスが、腕を真横に突き出した。パーティーメンバー全員に対して、行進停止の合図を出す。
「……ッ 前方に何か見えます! 皆さん、一旦身を隠してください!」
「は、はい!」
それを聞くと、冒険者たちはすぐに彼の指示に従った。
ちょうど近くに地面から浮き出た大きな木の根のコブの塊があったため、彼らはその後ろに身を隠す。
彼らが立ち止まった場所は、長く続いたダンジョンの終点。その手前にあたる場所だったのだ。
コブの後ろから慎重に先の方を覗く。すると、ギードヌの木の根がそこにある一つの空間に向かって収束していっていることが分かった。
どうやら、このエルダーツリーダンジョンに流れ渡っている白い液体と、光の源流がそこにあるようなのだ。
木の洞の中には、髑髏のように真っ白な石を乱雑に積み重ねて作られたような祭壇があった。
その上には銀色の杯があり、白い液体はそこから流れ出ていた。
そして、祭壇には遠くからでも白銀の光を放つ巨大な剣が突き刺さっており、そのすぐ下では杯から流れ出る白い汁を、無我夢中で啜る蜥蜴のような怪物の姿があった。
クライシスは、それを見ると不適な笑みを浮かべた。
「フ、いましたね。あれがきっとダンジョンボスです」
「あ……あれがっ!」
「フォレストライオター。自然地形型のダンジョンでは珍しくない魔物ですよ」
「そうなんですか?」
「ええ」
それは、半人半獣の魔物であるリザードマンに少し近い見た目をしているが、より図体が大きく尻尾が太く発達している。なにより頭部は蜥蜴ではなくどちらかといえばカエル、もしくはネズミに近く、目玉が左右に大きく飛び出ているのが特徴的なのだ。
「クライシス様!あれ以外に、周囲に他の魔物はいないようですよ」
「そうですか。なら、なんとかなりそうですね」
ボスの取り巻きが隠れていて、戦いが佳境になるとそれらがこぞって参戦してくるというのは、ダンジョンで起きるボス戦のテンプレート的パターンだ。
おそらくあそこにある銀杯が、ダンジョンボスの守る一番価値のあるオーパーツ──エルダークラウンだという事が推測できた。
だが、正直そんなのはどうでも良かった。クライシスの目的は、そのすぐ側に刺さっているとても立派な極大剣の方なのだから。
今彼は、ペペロンチーノの収納魔法の中にあった予備のツヴァイハンデットソードを装備している。だがこの剣よりも、数倍の攻撃力があることは間違いないだろう。
「フォレストライオターはフル装備のワタシ様でも、最低二回は剣を当てなければ殺すことができないくらいにはタフな魔物です。ですが奴の動きは単調なので、それさえ気をつければ問題なく倒すことが出来るでしょう」
「近接攻撃ッスか。たしかに、力まかせの脳筋バカって感じの見た目ですもんね」
「小細工はないと考えていいでしょう。INTステータスも低いですから、魔法の威力もどうせ頭打ちですし。それと、マルティさんにも前衛に立って、ヘイトを分散して頂けると助かります」
「わ、分かりました。頑張ります!」
こうして彼が、ファントムレギオンに魔法陣で転移させられる以前にも、奴は何度か討伐済みの魔物であった。なので考えうる行動パターンは完全に把握していたのだ。
それ故に、装備が整っていない状態といえど、決して倒すのが難しい相手ではなかった。
「奴は何かに夢中なようです。今のうちに少しずつ近づきましょう……。 マルティはワタシ様と共に、ペペロンチーノは後ろから魔法で援護を。二人はマルティのカバーと、安全な時には攻撃を加えてください」
「了解ですっ。マスター!」
クライシスは全員にそう指示を出した。
しかし、ふとダリアはこう言った。
「でもおかしいぜ? たしか聞いた噂じゃあ、ボスは極大剣を持った戦士って話だろ?? ……ププッ、まさか、あれを人間と見間違えたってのか?どんだけ慌ててたんだよッ」
「いや別に、そういうこともあるんじゃなのか?」
「まさかラザルス。お前が聞き間違えたんじゃないだろうなぁ?どうなんだ?」
「うーん……そうじゃないとは思うが。でも所詮は噂だからな。尾ひれはつくものさ」
ラザルスはそう言って自分のミスを胡麻化そうとした。
噂が間違ってるとしたら、それは流石に無理があった。
目のまえの魔物はたしかに二本脚で歩くようだが、どう見ても人間には見えないからだ。
そう考えると、彼が聞き間違えたと考える方が可能性は高いのだ。
しかし、ダリアはほんの軽い気持ちでそう言ったのだが、静かにフォレストライオターに近づこうとしていた所だったクライシスは、それを聞くと歩みを止めた。
そして顎の辺りを押さえながら深く思案を始めた。
「……それはたしかにおかしいですね」
「ん?なにがなんだ」
「いえ、言われてみれば、フォレストライオターには武器を扱えるような知能はないはずなんです。それに、あそこまで体も大きくなかったような……」
─これは…… 一度、正確な情報を確かめる必要があるかもしれません─
不確定要素がある今の段階では、戦闘を始めることは危険である。
なので多少危険を冒しても、クライシスは情報収集を行うべきだと判断した。
幸いにも、奴は地面の上でうつ伏せになったまま、床に溜まっている白い汁を吸うのに夢中なようだ。
クライシスは、フォレストライオターと思われる魔物に気づかれないように出来る限り接近した。
そして鑑定魔法を発動し、ステータスの確認を試みる。
ちなみに鑑定眼のスキルならば一瞬で判明するが、ただの鑑定魔法では静止したまま対象を数十秒間、視界の中に納め続ける必要がある。それも、発動のためにはある程度近づく必要があったのだ。
やがてクライシスの頭の中に、フォーカスされた魔物の情報が浮かんできた。
その結果、予想外のある問題が発覚したのだ。
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フォレストライオター ダムド
(ステータス)
HP13008
STR442
INT164
DEF360
MDF258
AGE85
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つまり、エルダーツリーダンジョンのボスは通常種ではなかった。
何らかの原因により、その血肉は変異していたのだ。




