第34話 バフがけ
まずはクライシスが単身で中層に突入し、龍樹やジャイアントスパイダーの動きをかき乱す。
その後、マルティにタンク役を引き継がせ、その間にペペロンチーノとクライシスで手分けして森に火をつけて回り、炎で中層の魔物を一網打尽にする。
それが、ダリアとラザルスがパーティーに入る以前に考えていた元々の作戦だった。
「ではラザルスさん。あなたの剣をみせてください」
「はあ…… ど、どうぞ」
クライシスはラザルスから鉄剣を受け取ると、それに魔法のエンチャントを施した。
「炎よ、顕現せよ。エンチャントフルブレイズ」
彼が詠唱とともにマナを込めると、金属の刀身に炎の力が宿った。斬撃と同時に敵を焼き切ることが可能となったのだ。
「これはっ もしかしなくても魔法か」
「クライシスさん! あんたってまさか、魔法使いだったのか?」
剣士の二人がクライシスの魔法を見ると、とても困惑した様子を見せた。
ウポンドーハでは王女が殺されて以来、あらゆる魔法が禁止されていたし、ド田舎出身の彼らはそもそも魔法など見たことがなかったからだ。
「ワタシはこの国の人間ではないのです。なので、この国の王の決めた法律など、まったく守る義理はないのです。 それと、分かっているとは思いますが、あなた達……」
クライシスはそう言って、二人に対し口止めの意味を込めた鋭い視線を送った。
「あ、ああ…… 秘密だよな、分かってる」
「ええ。それでいいのです」
辺境の雑魚冒険者相手なら木刀だけでも十分戦えるが、ダンジョンの魔物となれば話は違う。
たとえ禁止されていようと、ダンジョンの中なら外の法律など無効だ。
持てる力を存分に使う必要がある。
クライシスはその後、ダリアに防御力を高める補助魔法をかけた。
彼にはまさに肉壁になってもらうつもりだった。また本人もやる気である。
最終的に、ダリアとマルティがタンク役を担当してもらい、その間にラザルスとペペロンチーノには森の木々を燃やす火付け役を担ってもらうことになった。
各々が自分の担当する作戦の内わけと流れを理解した。
いよいよ、彼らは再び中層に挑むのだった。
「いいですか。この作戦はいかに早く、制圧できるかにかかっています。時間がかかればそれだけ魔物から逆に包囲される可能性が高まり、作戦の成功率は低くなってしまうからです」
するとクライシスは、ペペロンチーノに空間魔法から準備していた道具を取り出すように命じた。
粉塵爆発に使う小麦粉が沢山つまった麻袋、20個である。
それらは、元々は大きな麻袋二つ分だった物だ。
よく燃える木片チップなどと混ぜながら小分けにし、火炎魔法の威力ブースト剤として作成されたのだ。
「火はなるべく森中を覆うように放ってください。そうじゃないとあまり意味はありませんから」
「はいっ、おまかせください! マスターのご期待に応えられるよう、精一杯がんばります!」
「ええ、よろしくお願いします」
クライシスであっても、中層の魔物相手ではいつまでも戦い続けることは出来ない。
そのための火攻めだ。一気に大多数を殲滅するための作戦なのだ。
腹心のペペロンチーノだけでなく、マルティやダリアまでもが、一流の冒険者であるクライシスの立てたこの作戦を信頼していた。その作戦内容が少しくらい乱暴であっても。
しかし、いきなり連れてこられたラザルスに関しては、まだ少し不安であった。
「あのその…… これから僕たちが中層という所に行くってことは、よく分かりましたよ? だけどこれくらい教えてもらえませんか。あんたたちの作戦が成功するのは、だいたいどのくらいの確率なんです?」
「ふむ。いい質問ですね。まあ、我々の頑張りしだいではありますが、おおよそ10%といったところです。 ……そうそう!言い忘れていましたが、一度このゲートをくぐったならダンジョンをクリアするまで地上に戻ることは出来ないと思っていてくださいね」
「そ、そうなのカー。 あ、そうだった。実は急ぎの用事があってぇー…… しし、失礼しますっ!」
そう言うとラザルスは、突如後ろを振り返り、そのままダンジョンから逃げ出そうとした。
しかし、ペペロンチーノの鎖鞭にあっけなく足を絡みとられ、その場で派手に横転する。
「ん? 彼はいきなりどうしたのでしょうか」
「気にしないでくれ、クライシス。昔からこいつは変な奴なんだよ。大事な場面になると、こうやってすぐに便所に行きたがってさ。お尻込お尻込ってうっせーんだ」
「フフフ、なるほど、そうでしたか。ではなるべく早く済ませてきてくださいね」
─ああ~くそぉ。お家に帰りたい……っ─
そんな風に思っていても、今更どうにもならないと察したラザルスは、しぶしぶと隊列へと戻った。
そしてクライシスは、本当に最後の準備に取り掛かる。
自分自身への補助魔法によるバフがけだ。
精密性補助、筋力上昇、機動性補助。それとパーティーメンバー全員に熱耐性上昇をかけた。
今の自分のマナでかけられる最大限の付与魔法を行使して、クライシスの残存マナはほとんど僅かになってしまった。
「クライシス様、どうぞ」
「ええ」
クライシスはペペロンチーノから水色の液体の入った小瓶を受け取り、それを飲み干した。
マナの回復効果のあるポーションだったが、魔道具屋で買った粗悪品である。
療養中の間に、クライシスがベットの上で魔力を込め続け、なんとか一瓶だけ効力を高めることが出来たのだ。
それでも回復効果が現れるのは、一時間も後になる。
「…よし」
自身にかけられた補助魔法の効果を確かめると、クライシスは一人、中層へと続く転移門の前へと足を踏み出した。
「では、はじめましょうか。 ペペロンチーノ、ワタシ様の剣を出してください」
「は、はい……!」
その時クライシスが求めた剣というのは、剣闘技大会でも使ったお土産屋さんの木刀と同じものであった。
並みの剣だと、クライシスの筋力ステータスではすぐに壊れてしまうため、鉄剣だろうと木刀だろうと大した差はないのだった。
しかし、そうしてペペロンチーノが差し出したのは、彼女よりも長身の刃を持つツヴァイテッドソードであった。
クライシスがいつも使う極大剣ほどではないが、ずっしりとしていてかなり重そうな大剣だ。
「ペペさん、これは一体何ですか?」
「ええっと、そのぉ~…… やっぱりマスターには、大っきな剣の方が似合うかとおもいまして。てへへ」
「はぁ、木刀で良いと言ったというのに……」
たしかにツヴァイテッドソードの方が武器としての性能面では勝るが、店売りの武器などどうせ大したことはない。しかもクライシスは、これから高性能なオーパーツの極大剣を手に入れる予定なのだ。
しかもだ。お土産の木刀は100ゴールドなのに対し、ツヴァイテッドソードの売値は50万ゴールド。
それを彼女はこっそり借金までして買っていた。かなりの損失である。
「そうだそうだっ 壊れたとき用の予備とかいって、たしかあと二本も余計に買ってたッスよね? へへへ、全部でいくらになるんスかねー。ペペロンチーノちゃんは算数できるかなぁ?」
「マルティ!! なんで言っちゃうの!? あああ~、マスターっ、これには理由があってぇ……」
ペペロンチーノの計画では、買い物が楽しくなってつい3本も買ってしまったことについては黙っておくつもりだった。
マルティに無駄遣いをバラされたことで、ペペロンチーノは落ち込んで青い顔になる。
「ごめんなさいマスター。 勝手にこんなことして、怒って……ますよね?」
「ぺぺ」
「……はい」
兜を被っていたため表情は見えなかったが、ペペロンチーノはこれから自分がきつく叱られるのだろうと思っていた。ある意味、マスターの計画を邪魔してしまったのだから。
しかし、そんな風に身構えていたペペロンチーノの気持ちを察したかのように、クライシスは彼女の頭を優しく撫でた。
「ク、クライシス様?」
「大丈夫です。全て正常ですよ。 それにこの剣も、あなたがワタシ様のために選んでくれたのでしょう」
「で、ですが。その結果、手持ちのゴールドが全部無くなってしまったんです」
「え゛?」
「本当にごめんなさい。今はあまりゴールドが無かったんだって、うっかり忘れてたんです」
一瞬、クライシスも驚く。だが、それでも彼は苛立ったりすることは無かった。
「ま…まあ、気にしないでください。たった50万ゴールドなのですから、また取り返せばいいのです」
「はわわ、クライシス様」
彼の優しさに触れ、ペペロンチーノは主を見つめながら恍惚した表情を浮かべる。
しかしクライシスにとっては100だろうが一憶だろうが、その先にあるものに比べればさほど重要ではないのだ。
「へえー 前の攻略でとっくにお金はあるのに、いつまでも木刀ばかり武器を買おうとしないから、てっきりクライシスさんて凄いケチかと思ってたっスよー。でもそうでもないんスね」
「むかか! マスターは効率主義なだけだもんっ そんな言い方はしないでよね」
「うーん。でも、あなたはもう少しケチになった方がいいと思うけどね。流石に借金はないッスわー」
「うぐぐ……ナニモイエナイ」
また、その話を聞いていたダリアとラザルスは、単純にクライシスに対して、駆け出し冒険者の自分たちとは違う圧倒的な財力の差を感じていた。
そしてクライシスは、およそ150キロもある両手剣を軽々と片手で持ち上げ、そのまま肩に担ぐようにして持った。
遠目で見れば、ローブを着たただの魔法使いが戦士でも扱うのが難しいほどの大型の両手剣を担いでいるように見えるのだから、それは異様な風貌であろう。
「準備はいいですか?皆さん、これから出向くのは死地ですよ。覚悟はできていますか?」
クライシスは周りにいる冒険者たちの顔を見回した。
未熟な彼らの顔には少し不安や恐怖も見られたが、それを補えるほどの勇気なども見られた。
「うむ。では作戦を開始します!」
「「はいッ!!」「おう!!」」
クライシスはペペロンチーノにこう命じた。
「ペペロンチーノ。真紅の脈動を発動しなさい」
「了解しました! …赤き血脈に連なりし真なる語り手こそ我。煉獄より生まれし猛火、穢れし我らの激憤、我を阻みし者を打ち倒すべく、かの者の双肩に大なる力を宿したまえ。真紅の脈動!」
ペペロンチーノが使った補助魔法は、吸血鬼の王族だけが使える特別な物だった。
攻撃力を一定時間倍増する非常に強力な効果がある。
しかし真紅の脈動の効果対象になった者は一定時間、あらゆる魔法が詠唱できなくなるという制約が課せられるため、一番最後にこの魔法を使用したのだった。
詠唱の完了と同時に、クライシスは中層へと続く転移門に足を踏み入れた。
「これより、蹂躙を開始する」




