第30話 圧倒的優勢
ノリノリで司会進行を務める村長の合図で、戦いの火蓋は切って落とされた。
同時に、会場のボルテージも一気に最高潮までブチ上がる。
「バーサーカー?見たことないジョブだな。一体どんな戦いをするんだ」
「さぁな。でも剣士には違いないだろ。 ほらイケェー!!!がんばれー!!!」
村人も冒険者もそれぞれ関係なく入り混じり、特設ステージの上の二人に向かって歓声や野次などを飛ばしていた。
クライシスもまた、ステージの上から熱狂する群衆たちを眺めた。
ペペロンチーノやプラムたちも応援に来てくれているらしいが、四方のどこを見ても人だらけで、残念ながら彼らを見つけることは出来なかった。
─どこかで見ていたとしても、ワタシ様の戦いはつまらなかっただろう。先程までは、かなり手を抜いていましたから─
手刀で気絶させれば戦闘はすぐ終わるし、無駄に怪我をさせずに済む。
しかしそれでは、闘技大会としてのエンタメ性には欠けるのである。
「さっそく余所見か。余裕だな! オラッ」
ダリアは連続で何度もクライシスに斬りかかってくる。
それをクライシスはたまに木刀で受け止めながらも、基本的に後退しながら身を躱し続けていた。
『おおっーと!剣士ダリア!これは怒涛の攻めだァァ! ……対して狂戦士クライシス。逃げるだけで何も出来なーいッ あちゃー。ついに運も尽きたかぁ???』
(逃げるなッ。ちゃんと戦えー!)
(いいぞ。もっと攻めろ!)
まさに傍から見ればダリアの一方的な展開である。
彼も自分が優勢だと勘違いして、吐く息からは微笑がこぼれた。
「ハッ…ハッ…… へへッ」
「…………」
実際に、ダリア・パニスの剣の腕前はかなりの物だった。
剣撃は鋭く攻撃力がありとても素早い。
しかし剣筋は単調で、少し軌道を変えればすぐに彼から剣を奪い取り勝利することが出来そうだ。
ならなぜそうしないのかというと、それでは村長から認められずに優勝賞品をもらえない可能性があったからだ。
クライシスの目的は勝利ではなく、あくまで優勝賞品の状態異常回復効果のあるオーパーツなのである。
─う~ん、困りましたね。どうすれば失格されないように上手く立ち回りながら戦えるでしょうか─
ザクロ村周辺では魔法はタブーとされている。
クライシスの得意な補助魔法なども、多くの群衆の目に囲まれているこの剣闘場では使いづらい。
かといって終焉実行のような強力な奥義では、派手で試合映えはするだろうが、威力が高すぎて相手を殺してしまうだろう。それは誰も望むところではない。
─やはり、しばらくはこのまま様子見を続けるしかないですね─
しかしだ。真っ向から立ち向かわず逃げ回るばかりの消極的な戦法を続けるクライシスに、周りの観客たちは辟易していた。
再び観客席からは、ブーイングの嵐が巻き起こる。
「やっぱり。運ヤローだったのかッ!」
「つまんねーもん見せんな!ひっこめー!」
そんな観客たちの声を聞いて、村長もクライシスを失格させるためにより鋭く目を光らせた。
クライシスは本当に困ってしまった。それも戦闘でこんなに悩んだことはない程に。
─こうなったら、こっそり補助魔法を使ってしまおうか……─
一瞬ならバレないかもしれない。
もし見られてしまったとしても、魔道具を使ったとでも言えば大ごとにはならないかもしれない。
そんな一か八かの策は彼らしくないのだが、確実にオーパーツを手に入れるにはこの方法しかないと思えたのだ。
だがそう思っていた時だ。先に対戦相手のダリアの方に動きがあった。
「フン、攻める気がないなら一気に決めさせてもらうぜ!」
ダリアはそれまでの単調な連続攻撃を中断し、一旦クライシスから距離をとった。
そして腰を深く落とし、剣を持つ手に力を込める。
「片手剣奥義:オーバースラッシュ、発動!」
これは片手剣をあえて両手持ちにして放つ、威力の高い奥義だ。
彼がマナを消費すると、剣は光のオーラで包まれた。
「へえ、アーツが使えるのですか! 思ったよりはやりますね」
「……チッ、偉そうな奴だぜ。だがこの技を喰らった後でも、そんな減らず口は叩けるかな?」
そう言うと、ダリアは剣を持ったままクライシスに向かって飛びかかった。
渾身の力を込めた上方からの一撃が、クライシスに襲い掛かる。
しかしクライシスは、迫りくるダリアの剣に対し一瞬で弱い斬撃を三回当てることで、攻撃の威力を完全に相殺する。
「まじかよ!?スゲーな!」
クライシスはすぐさまダリアの側面に移動し、大技直後の隙を狙おうと木刀を構える。
しかしダリアも、その反撃に移る際の一連の動作には気づいていた。
「くッ 逃がすか!」
ダリアは自分の真横にいるクライシスを狙って、不規則的な二連撃の横薙ぎを放った。
おそらくは、双連飛遊連斬という奥義の一種だろう。
だがそれを見た瞬間のクライシスの頭の中に、ふと妙案が思い浮かんだ。
一瞬で剣の構えを切り替え、クライシスも対抗して奥義を使用する。
「片手剣奥義:クアトロラインシザーズっ」
まるでダリアを取り囲むように描かれた四つの剣閃。
二人の間で、互いのマナを帯びた斬撃が交差し合う。
「なにッ!?」
クライシスの斬撃はほぼ全て同時に炸裂し、ダリアの両手足を切り刻んだ。
これは本来なら、全身の骨が折れている威力だ。
しかし相手の技にぶつける形で放ったため威力が減退し、若干の打撲傷を与える程度で済んだのだ。
もちろん木刀でなく刃のある真剣だったら、とっくに胴体から四肢は泣き別れていただろう。
実際に技を喰らったダリアもその事実に気づくと、流石に悔しそうに唇をかんでいた。
そして、クライシスは不適な笑みを浮かべた。
「フフフ、我々の戦いはこれからですよ。さぁ、奥義の打ち合いといきましょうか」
「…………へッ。望むところだ! 帰り道にしてやる!」
ダリアの些細な言い間違いにも気づかないほど、二人の激しい剣のぶつかり合いを見ていた観客たちも盛り上がっていた。
歓声に包まれながら、両者は再び剣を交える。




