第28話 メランコリッコ
ケーキを食べてお腹も膨れて、充分英気を養った彼らは再びダンジョン攻略のための話し合いを始めていた。
「はわわっ! そうだ、解毒薬の補充をしなくちゃダメだったんだ! 私は吸血鬼だから毒は効かないけど、マスターは違うから」
「そうですね。きっと必要になるでしょう。 ペペさん、あとで補充しておいてくださいますか?」
「はい、分かりました! このペペロンチーノ、マスターの身の安全のためにも、ぜったい確実に手に入れておきます!」
すると彼女は左手で敬礼をしながら元気よく返事をした。
「あ、いつもよりも多めの方がいいですよね!」
「ふむ。普段ならパーティ人数×3個が回復用アイテムの基本個数ですが、今回は×10まであってもいいかもしれませんね」
「了解ですっ。マスター!」
ご主人様に頼られたことで、ペペロンチーノはとても嬉しそうにニコニコと笑っていた。
だがそんな彼女の様子を、呆れた表情を浮かべて眺めていたマルティはこう言った。
「へへへッ…… ペペロンチーノは相変わらず能天気ッスねー。そんなんで喜んでる余裕あるのかな?」
「なによ。私は常にマスターのためを考えてるのよ」
「はぁー。それでコレッスか。ぷぷぷ」
「むかかっ 何が言いたいわけ?」
「へへッ、分かんないんスか?毒消しなんていくらあっても意味ないっスよ。だって、あんなに沢山の魔物の群れに突っ込むんだから、毒なんて多少喰らおうが喰らわないが関係ないでしょう」
それを聞くと、ペペロンチーノは一瞬首をかしげて考えこんだ。だがすぐに負けじと言い返す。
「え?うーん……(そうかも?) で、でも! それでもあった方が良いには決まってるじゃない!」
「だーかーらー。群れに突っ込むんなら、毒よりも物理的なダメ―ジの方が多いに決まってるでしょう。きっとそっちのダメージ対策をした方がいいに決まってるッス!!」
「でもでも! ジャイアントスパイダーは毒は吐くんだから、毒の対策は必須でしょ!!!」
「要領の得ないやつ。へん、ペペロンチーノって多分バカでしょ。脂肪ばっかりで、あたま空っぽなんじゃないのー?」
「ふーんだ。ゴブリンにも勝てないマルティに言われたくないもん。やーい雑魚~」
そうして、二人はほぼ同じタイミングで、怒りが沸点を突破したのだ。
互いに顔をどつき合わせながら、血眼になってこう言った。
「「私バカじゃないもん!」「勝てるし。別にゴブリンくらい勝てるし!」」
「こら。やめなさい二人とも」
クライシスはクソデカため息をつきながら二人の仲裁に入る。
間に入って、二人を無理やり引き離した。
「クライシス様ぁー。この女が、私のこといじめるぅー!」
「はぁぁ?!何言ってんだよー。あのさッ、クライシスさんはペペロンチーノと違って頭がいいから、アタシの方が正しいって分かりますよね?!」
「ううん、違いますよね。だってクライシス様が私に買い出しを頼んでくださったんだもん…。クライシス様は私の味方ですよね!」
さきほど引き離したはずが、いつのまにか彼女たちは互いの髪の毛をつかんだりして、再びとっ掴みあいの喧嘩を始めていた。
「いい加減にしなさい。 ……はぁ、二人とも悪いですよ。我々は仲間なんだから、たとえ親の仇だろうと、戦う間は仲良くしなくては」
「うぅ、すみませんでした」
クライシスから少しきつめに叱られた二人は、しょげて肩を落とした。
「それとマルティさん。あなたの意見は理にかなっているしとても素晴らしいと思います。なかなか良い視点をお持ちですね」
「へへへーッ やっぱりそうだった。さすが、クライシスさんは分かる人ッスねー!」
しかし彼女が有頂天になれたのも一瞬だった。クライシスは言った。
「残念ですが、そうではありません。おそらく我々が魔物の群れに飛び込むような事はないと思いますからね」
「どうしてですか??? だって…そんなの有り得なくないスか?!」
中層にいた魔物を数見れば信じられないことのように思えた。
驚くマルティに対し、クライシスはこう答えた。
「大炎を生み出す方法についてはおおよそ検討がつきましたが、時間稼ぎの方法はまだ不明瞭です。なのでこのまま作戦を実行するわけにはいきません。きっと中層の攻略は、とても慎重なものにならざる得なくなるでしょう」
「それってつまり、どういうことなんスか?」
「……はい。考えましたが、魔物に囲まれないようにして極めて慎重に進むしか方法はないようです。これには時間がかかります。おそらく4日以上は滞在することになるでしょうね」
「「ええーッッ?!!」」
ペペロンチーノとマルティの二人は、驚いて同時に大声を上げた。
「うそッ! あんな薄気味悪い所に何日もいなきゃダメなんですかー!?」
「ええそうです。なので物資ももっとたくさん用意しておいた方がいいかもしれませんね。索敵の陣形も本格的に考えなくては……」
「あわわわっ そんな~」
クライシスはそういった攻略の作戦の話をしたかった。
だがそのとき彼女たちの耳には、もはやクライシスの言葉は届いていなかった。
闇の中では無数のクモたちが蠢き、不気味な木に擬態した魔物も命を狙ってくる。
上層のような光差す新緑の森ならまだしも、あのような淀んだ場所で何日も過ごすなどと、二人は想像したくもなかったのだ。
「「はぁ~……」」
「うなだれたって解決しませんよ。離れ屋に戻ったらさっそく陣形についての作戦会議を始めましょう」
「「うへぇー」「ええーーっ」」
ペペロンチーノは連日の作戦会議にも少しだけウンザリし始めていたが、一流の冒険者とはダンジョン攻略に事前の備えを欠かさないという事をすでに教わっていた。
「はぁーい、マスター……」
マルティも同じ気持ちだったが、彼女は思わず愚痴をもらす。
「ねえペペロンチーノ。収納魔法にエリクセル(万能薬)とか入ってないんスか?」
「はぁ?そんなレアなオーパーツ、あるわけないじゃん。ていうか、いきなりなんで?」
「役立たずッスねー。 ほら、アタシたちに精神攻撃が効かなかったら、クライシスさんもジョブスキルを気兼ねなく使えるじゃないっスか」
エリクセルとは高難度のダンジョンのみで見つかる最上級回復薬のことである。
どんな精神の異常や病、致命的な怪我もたちまちに癒し肉体を万全な状態に戻すことが出来るのだ。
「なるほどぉ! まあ無いけどねー」
「うーん。エリクセルじゃなくても、精神異常回復アイテムとか道具屋に売ってないッスかね?」
「えへへ、そんなことも知らないんだぁー」
「え?」
「精神異常回復アイテムは今の魔法じゃ作れないから、全部オーパーツなんだよ。だから魔道具屋じゃ売ってないんだよ? マルティちゃん、お勉強になったねっ」
「うざッ そ、そんなの知ってたッスよ!」
正確にいうと、ドライアドが使う程度の弱い催眠術なら市販の幻覚除けでも問題なく防ぐことはできる。
しかし複数の精神異常が複合した狂気状態に関しては、強力なオーパーツ、もしくは何らかのスキルでしか対抗することは出来ないのだった。
「あーあ、どこかに落ちてないかなーエリクセル!」
せっかくの思い付きも真っ向から否定され、ヤケになったマルティはそのようにボヤいた。
「あるわよ」
「「うん??!」」
その声を聞いて二人が振り返ると、そこにはちょうど隣の部屋からアンが出てきた所だった。
彼女の背後には、俯きながらトボトボと歩てきたプラムの姿が。
おそらく姉からたっぷりとしぼられたのだろう。そんな彼と目があったペペロンチーノたちは、自分たちもクライシスから怒られたばかりだという事を思い出して、共に暗い気分になった。
「お疲れ様です。アンさん」
「ん、何が? 私はただ弟と楽しくおしゃべりしてきただけよ」
「フフフ、そうでしたね。 ところで、先ほどおっしゃっていたのは一体どういう意味ですか?」
「ああ……、多分そんなに大層な代物ではないと思うけど。中央通りの方でなんか賞品がでるお祭りがあるみたいよ」
「お祭りですか」
詳しく話を聞くと、それはこの村で不定期に開催される冒険者同士の剣の腕前を比べ合う剣闘技大会というものらしい。
そしてどうやら大会の優勝者には、音色を聞いた者に精神異常耐性付与の効果を与える天界の鈴というオーパーツが与えられるというのだ。
「フフフ、我々の指針は決まったようですね」
そう言うと、クライシスは不適な笑みを浮かべた。




