第26話 王侯席次会議アルカナム
とき同じくして、王都アルカナムにはグレイテストランド全土から最強の冒険者たちが集結していた。
頂点に君臨せし彼らは、王侯席次冒険者と呼ばれていた。
上から順に第一から第十までの席番が割り振られ、それぞれが最難関ダンジョンをいくつも攻略してきた歴戦の猛者たちである。
昔は、この国にも王や貴族がいた。
王たちは国民から徴収した税で、贅沢な暮らしをしながら長らく国を治めていたという。
しかし、その頃から一部の冒険者がダンジョンから持ち帰るオーパーツの価値は、元々あった国家予算を遥かに凌駕していた。
その後、国を買収された王侯貴族たちは下級貴族へと身を落とし、現在は王侯席次冒険者たちが国家の長と成り代わっている。
冒険者が治める国。それがグレイテストランドなのだ。
──王城のてっぺんには、全部で三基ある白亜の塔がそびたっていた。
その内のどれか一基の中にあるマナの間で、アルカナム会議は執り行われるそうだ。
だが、王城の外からでも、どの塔がマナの間なのかは一目瞭然だった。
城下は雲一つない快晴であるにもかかわらず、その塔の周辺だけが黒雲に包まれ暴風と雷雨にさらされていたからだ。おそらく強大なマナが一か所に集まった結果だ。
人知を超えた力を前にして、チンゲンサイはとめどなく湧き上がる恐怖と戦っていた。
─そうか。これからあんなところに行かなきゃならないのか─
そのとき彼は、クライシスから奪った漆黒の鎧を装備していた。
正直、この魔法の鎧が無ければとっくに狂気状態に陥っていたところだろう。
普段は軽装服しか装備しないので上手く着れるかは不安だった。
だが、鎧は関節や部位ごとにとても細かく小さなパーツに分かれており、しかも身体に合わせてちょうどいい大きさに自動で伸縮してくれて、着ごごちも大変良かった。
「ッ……こんなことでどうするッ あいつの為にも最後までやり通すって決めたはずだろうが」
そう言って自分自身に活を入れると、彼は席次たちの待つ城へと足を踏み入れた。
魔法で動くエレベーターで、塔の手前の最上階まで登ると、ゲンサイの前に城仕えの召使いと思わしき少女が現れた。
「お待ちしておりました、チン・ゲンサイ様。王侯席次の皆様方は既にマナの間にてお待ちです」
「あ、ああ…!」
「こちらへ」
女好きのゲンサイでさえ思わず見とれてしまうほどの美しい女だった。陶器のような白い肌は自分の顔が映り込みそうなほど透き通っている。
だが非常に無機質で、彼女からは全く感情を感じなかった。
そして気が付いた。少女の首筋に、ねじ穴のような突起物が埋め込まれていることに。
─なんてこった。まさか、こいつは自動人形なのか?! ハン、信じられない魔法技術だぜ……─
召使いに案内されるまま、ゲンサイは複雑な構造の城の中を進み続けた。
そして長い長い螺旋階段を上った先にある大きな両開きの扉の前で、ついに彼女は立ち止まった。
「……ここか?」
そう尋ねるが、既に召使いの姿はどこかに消え去った後だった。
「…………よし」
意を決し、黄金で装飾された取ってに手をかける。
だが力を入れて開こうとするまえに、まるで扉が意思を持っているかのようにひとりでに開いて、ゲンサイを部屋の中へと招き入れたのだ。
ふいのことでゲンサイは躓きそうになってしまうが、彼はすぐに部屋の中にいた化け物たちの魔力圧を感じとった。
「ほう、たしかにそれはクライシスの所持していたSS級オーパーツのようじゃな」
「エックスブレイドシリーズの<黒>と、ユニークアイテムの機装天蓋ですね。ふむふむ、ふむふむ!鑑定眼によると、どちらも推定価値は二千垓ごえ!……どうやら本物のようですね」
クマの人形と異形頭の二名の発言をきっかけに、席次冒険者たちの全員の視線が一斉に自分へと注がれるのが分かった。
今まで自分も通常の冒険者の中では上級の実力者だと自負していた。
だがここにいる化け物たちのなかでは自分などノミ虫以下であることを、視線の圧だけで分からされたのだ。
「あら。てことはクライシス君、死んじゃったんですか? ケッ、可哀そうに~…」
「ダーッハハハッ おーおー、クライシスめ。ついにおっ死んだか! 奴には手下のアジトをいくつも潰されたからな。いい気味だぜ」
「で、でも……こんなに弱そうな人に、あの人が? あ、あり得ませんよ……」
「クソ。あの野郎、よくもアタイのダーリンを!」
席次たちは口々に自分の意見を述べ始めた。
中には頑なに何もしゃべらず、すごい目でずっとこちらを睨んでくる者もいた。
そんな風に場が騒がしく混沌とし始めると、一番奥にいた冒険者がおもむろにさっと手を挙げた。
それと同時にマナの間は再び静寂に包まれる。
「お前らー、うるさいぞー」
「も、申し訳ありません」
「フン。さあて、メンバーもそろったことだ。さっそく新しい仲間を迎える会議をはじめようじゃないか」
他の席次のことはあまり知らなかったが、その男だけは知っていた。彼は有名だった。
その者は子供のような見た目をしているが、実際はそうではない。
ほんとうは何千年生きているのか、誰も知らない。
他の者は死ぬかもしれないが、彼は絶対に死なない。そう願ったからだ。
ゲンサイはゆっくりと顔を上げ、目の前の子供の手の中をそっと覗き見た。
彼の小さな指には、光輝く魔法の指輪がはまっていた。
─あれが、どんな願いもかなえる魔法の指輪、か─
第一席次ウィッシュ。彼はこの国に君臨し続ける絶対的な王者だった。
グレイテストランドはここ何百年の間、戦争にも大災害にも見舞われることなく平和で豊かな国であった。
それもこれもウィッシュが指輪に自分の支配する国の安定を願ったからだった。
それで万事うまくいく。国民にとって、彼はある意味偉人だった。
ウィッシュは何故か気分が良さそうにとても晴れやかな笑みを浮かべていた。
「やぁ!よくぞやってくれたな! ええーと……」
ウィッシュに声をかけられると、ゲンサイは仰々しく膝まづいて応えた。
「は。名は、珍 絃斎と申します」
「そうだそうだった。チンゲンサイ、お前がその装備を持っているという事は、やっぱりあの五月蠅い奴は死んだんだな!」
すると、ウィッシュの顔は狂喜に歪んだ。
「あいつはまさに目の上のたんこぶだった。アイツがいつも身に着けてる漆黒の兜のせいで、余は指輪の魔法を使っても、奴を一度だって殺せなかったんだからな」
その話を聞いて、ゲンサイはそれが破魔の兜の事だと分かった。
そしてウィッシュがクライシスの話を始めると、彼の顔には途端に憎しみの色が濃くなった。
「余はな、クライシスの奴を殺したくって仕方なかったんだ。自分に魔法が効かないからって、「ああしろこうしろ、これやめろ」って命令しやがって、いつも五月蠅かった。この余にだぞ?許せるか?! だからな、国中をレーダーでずっと監視してたんだ。奴が次にあの兜を脱いだ時に、いつでも遠隔魔法で撃ち殺せるようにな……。くっくっく」
そしていつの間にか、ウィッシュはゲンサイのすぐ目の前にワープして来ていた。
「う゛っ」
ひるんで後ずさりする間もなく、ゲンサイはウィッシュにぐいと肩を掴まれた。
子供の小さな手だったが、まったく抵抗できそうもない。
「ハハハ、そうおびえるなよ。お前には感謝をしてるんだ。クライシスの生命反応がレーダーから消えたときにはマジで狂喜乱舞したよ。狂戦士だけになッ。 オイ、ここ笑うとこだぞ? ま。なんにせよ、これで余に指図する者はいなくなった。くっくっく。最高だぜぇ~!」
そう言うと、ウィッシュは振り返り、いきなり席次の一人に向かって指輪から魔力光線を放った。
そうして魔法に直撃した席次は、醜い豚へと姿を変えてしまったのだ。
先ほどまでそこにいたのは、華奢な身体に似合わぬ大きな銃器を担いでいたアリアという冒険者だった。
第5席次の彼女が一瞬で豚に変えられたのを見て、ゲンサイは唖然とする他なかった。
当然、席次たちの中にも数人にどよめきが見られた。先ほどの異形頭なんかは、ブルブルと震えながら椅子から崩れ落ちてしまっている。
「ほら見ろ! こんな風に余が魔法を使っても、もう怒られないで済むぞ!」
「ぼ、防衛大臣…!」
「うん? オイ、魔法大臣リオ。何か余に文句があるのか? う~ん?」
「……いいえ、ありませぬ」
豚の隣にいるリオという名のクマの人形は、悔しそうに口を閉ざした。
「ふ、さすが大賢者だ。物分かりがいい。 ……くっくっく。ハーハッハハ!!!」
これほどのマナを持つ席次冒険者たちでさえ、目の前の小さな男児相手にはわずかでも逆らうことが出来なかった。
ここは地獄だ。チンゲンサイはそう思った。
「その雌豚を厨房にでもぶち込んでおけ。あとで平らげてやる。 さぁてと!」
ウィッシュは召喚魔法で呼び出した機械人形たちにそう命令し、再びゲンサイの方へと向き直った。
「ようこそ、チンゲンサイよ。我らは貴様を歓迎するぞ」
「は。有難く…」
ゲンサイは深くかしずいた。
「クライシスが消えたから、奴のいた第三席次が暫定的にお前の番号になるわけだが……。 残念ながら実力的には十番ってところだろうな。まあ、席番入れ替えに負けて早く死にたいなら別だが」
「…………」
今の第十席次は、グレイテストランドに根城のある大盗賊団の親玉であるストーロという男だ。
数字が繰り上がると知ったストーロは、こちらの方を見ながらまさに盗賊らしい品のない笑いを浮かべていた。
そしてストーロはこの中でも最弱。彼の上には人間をやめたようなもっと恐ろしい冒険者たちがひしめいているのだ。
─クライシス。お前、なんてとこにいたんだよ─
チンゲンサイは思わず、自ら裏切ったはずの友のことが頭によぎった。
だがそんな感傷に浸る間もなく、ウィッシュは彼にこう言った。
「まあ、そんな事はどうでもいいんだ。とにかく余はお前を気に入っている。仲間になった祝いだ。要らんかもしれんが、それなりの金貨も渡しておこう」
「は。王よ、光栄でございます」
これはゲンサイの目的の一つでもあった。この莫大な褒美金があれば、借金などチャラにできる。
だがしかし、危険を冒してまでここに来た真の狙いは次のためだったのだ。
「うむ。それとだ。お前の願いをなんでも叶えてやろう。これは通例のようなもんだ。遠慮せず言うといいぞ!」
ウィッシュはまるで子供のように、無邪気に指輪を天に掲げながらそう言った。
それを聞くと、ゲンサイの中にはイナズマが走ったような凄まじい緊張が現れた。
─来た。本当に来たぞ─
ゲンサイは、この事をクライシスから聞いて知っていたのだ。
ちなみにクライシスだけは、ウィッシュから願いを叶えてもらっていないらしい。百年分の酒樽を要求したが、ムカつくからと断られたのだそうだ。
そしてゲンサイには、願いなどでは決して無く、どうしても叶えなくてはならない野望が存在していた。
すべてはその為だった。
だがゲンサイがそれを口にする前に、ウィッシュはこんなことを言った。
「ま、といっても。大抵の人間は不老不死か美貌を願うんだがな。ふ、下らないよな。……で、お前はどっちなんだ?」
「おっしゃる通りです。それで、先ほどの豚女はどちらの願いを望んだのですか?」
「ふむ、やはりお前は見どころがあるようだな。……さっさと願いを言うがいいッ」
結局は、この暴君の手の平で転がされているという事だ。
だがそんな事は今はどうでもいい。ゲンサイは自らの野望のために願いを口にしようとする。
口が砂漠のように乾いて上手く動かせない。しかしどうにか意思の力で呪縛をはねのけると、ようやく彼は言葉を発した。
「ふ、二つあります」
「ああ、お前もそういうたちか。 ハハハ、たったの二つでいいのか?」
「はい」
「チ、つまらん。それ以上欲を出していたら何度か殺してやっていたのに」
実際に、かつてストーロは百個もの願いを要求した。それに対しウィッシュは全ての願いを叶えたが、その度に百回殺し百回生き返らせている。
「さあ、言ってみろ」
そしてゲンサイは一つ目の願いを言った。
「まず……俺のジョブのクラスチェンジをしてほしい。今の暗殺者から、最上位職の惨殨執行人に!」
「造作もないわ。すぐに叶えてやるぞ。 して、次はなんだ」
ゲンサイは一呼吸置くと、なんとか沸き起こる興奮を押さえながら二つ目の願いを告げた。
「ああ。……俺は、イヴリースの鍵が欲しい!」




