第22話 戦いの兆し
ダンジョンから出ると、既に太陽は昇りきった後だった。
ペペロンチーノとマルティは怪我を負ったクライシスを治療するために、プラムの宿の離れ屋に彼を運んだ。
安全な上層に避難した後、すぐに持っていた毒消し草などで解毒をしたため、幸いにも死ぬことは無かった。
──布団の上に安静にして寝かせると、マルティはクライシスの腹部にそっと手をかざす。
そして気功活性のスキルを使い、気功術による治癒を試みる。
「これで、どうッスか?」
「……ええ、ありがとうございます。少し楽になったような気がします」
気功術による治癒とは、対象の自己治癒力を高めることで人体の持つ再生力をも活性化させるものだ。
体の中の気の流れを調整し、一時的になら自分以外の自己治癒力も大幅に高めることが出来る。
しかし、クライシスは破魔の兜を外していたのにもかかわらず、気功活性がほとんど効いていなかった。
実際には多少の効果はあった。
だが、マルティの思ったようにクライシスのHPは回復してくれなかったのだ。
そのせいで彼女は焦りを感じ、何度も何度も気功活性を試していた。
「ゴホ。すみませんマルティさん。あなたとはダンジョンについて来てもらう約束だけでしたので、こんな事までして頂くつもりは無かったのですが」
「い、いいえ。 ク、クライシスさんのおかげでこうして生きて返って来れたんです。このくらい、ととと当然ッスよ!」
「ご迷惑おかけします……」
治癒術はすでに受けている。それでもクライシスのHPは、魔物からダメ―ジを負ったことで通常の半分以下に減っていた。
それほどまでに弱っていた彼は、とうてい狂戦士とは思えないくらいに物柔らかな微笑みをマルティの方へと向ける。
それを見たマルティは思わず頬を赤らめ、声を上ずらせる。
「ガ…頑張るッス」
いつもは兜で隠れていて分からないが、クライシスはかなりの美形なのだ。
そんな彼女の様子を、ペペロンチーノもきっちり横目で覗き見ていた。
また離れ屋には、心配になって様子を見にやってきたプラムもいた。
「クライシス、大丈夫?! 姉ちゃんも心配してたよ」
「ええ。でも心配しなくても大丈夫ですよ。直に回復します」
するとプラムは落ち込みながらこう言った。
「ごめん。僕があんなお願いしたせいだよね……クライシス、無理しないで」
それを聞くと、クライシスは不機嫌そうに眉間にしわを寄せながらこう答えた。
自分が侮れていると思ったのだ。
「フフフ、それは少し心外ですね。たしかに今は少々無様な姿をお見せしていますが、あなたのクエストと、今回の件は全くの無関係なのですよ」
「で、でもっ」
「プラム、心配はいりません。あなたの父親の形見は必ず見つけてみせます。たとえこのダンジョンを全壊させることになってもね」
「クライシスっ そこまで考えてくれてるなんて…… うん。たとえ嘘でも僕嬉しいよ!」
無論、嘘などではない。
クライシスはS級装備が戻った暁には、ダンジョンの中の構造物(ギードヌの木や植物系魔物)などを根こそぎ薙ぎ払って更地にしようと考えていた。そうした方が探し物は簡単に見つかるからだ。
「なら早く元気にならなきゃね!」
「そうですね。 …う゛ッ、ゴホゴホ」
「だ、大丈夫?」
具合の悪そうにせき込むクライシスを見て、プラムは心配そうな顔を浮かべた。
「それにしたって、ぐったりしすぎじゃないかな。 ねえ、ペペロンチーノお姉ちゃん。ちゃんと解毒薬は使った?もしかして飲ませ忘れてるんじゃないの?」
「もちろんだよ。私がそんなミスするわけないじゃん」
「ええ~ほんとかなぁ」
「むぅ、ひどーい」
彼女はうっかりミスも多いが、ご主人様のことでそんな間違いは起こさない自信があった。
解毒薬だってクライシスの体からクモの毒が無くなった後でも、毎日のように処方を続けていた。
「はぁ…… なんで良くならないんスかね」
そういってマルティは深いため息をついた。
手を抜いているつもりなどもなく、ずっと気功活性をかけ続けていてもクライシスが自分のようにすぐに元気になってくれない。
それにウンザリして、ついに癇癪を起した。
「あ~もうッ!なんでこう上手くいかないんだよー!。 やっぱりアタシっ、下手くそなのかな?!」
「そんなことは無いですよ。ワタシ様はこのようにしっかり治癒されていますし」
「はぁ…… クライシスさん、慰めてくれているんですね。でも正直、虚しいだけッスよ」
「いえいえ、本当にそうではないのです。 実はワタシ様のHP回復が遅いのは、狂戦士のジョブステータスが関係しているのです」
怪我とは別に、クライシスが風邪で熱が出たときのようにぐったりとしていたのは、HP消耗症という状態異常のせいだった。
それは本来ならば身体機能を極力までセーブし、HP回復を促進する効果がある身体の生体防御機能だ。
だが狂戦士であるクライシスには、その効果があまり働いていなかったのだ。
「狂戦士はかなり尖ったジョブステータスをしています。 人間の限界を超えた筋力ステータスで極大剣も片手で軽々と振り回すことが出来ますが、その代わりに他のステータスが軒並み低くなっています。HPの回復が遅いのも、その一つなのです」
「へぇー、そうだったんスか」
「ええ。なので戦闘時には様々な補助魔法でステータスを補っているのですよ」
狂戦士は攻撃役に超特化したジョブだ。
戦士の上位職だが防御役ではないのだ。
「先ほども言いましたが、皆さん心配なさらないでください。一週間もすればHPも全回復しますから」
「それは良かったですっ」
それを聞くと皆うれしそうな顔を浮かべた。
するとペペロンチーノがこう言った。
「マスター、今日から私が付きっ切りで看病をしますね! えへへ、なのでマスター。おトイレの際はすぐにおっしゃってください!」
「ペペさん、ありがとうございます。ですが、厠くらいは一人で行けますから」
「ええー!そんなっ無理をなさらずぅっ (マスターのおしっこのお手伝いしたいよぉー)」
「…………お断りします」
「はわわ、そんなぁ~(ガーン)」
そもそも始まってもいなかったが、欲望にまみれたマル秘計画が水泡と帰したことで彼女は膝から崩れ落ちる。
(へへ、それは少し露骨すぎッス)
「んんっ???何ですってー?!」
するとマルティは、地面の上のペペロンチーノに嘲笑を送った後、普段よりややハイトーンな猫撫で声でクライシスにこう言った。
「あ、あの。もしよければぁ、アタシが道具屋で回復ポーションを買ってきますよ? へへへ、あそこの店にあるのでも、一応効果はあると思うんスよ。アタシも……へへ、クライシスさんには早く元気になってほしいんですぅ」
(はぁーー??!)
マルティは甘えたような声でそう言った。
また先ほどから気功術をしているような素振りに見せかけ、クライシスの身体のあちこち触っていた。
しかし今のクライシスは、HP消耗症の熱のせいで頭が回らないこともあってか、マルティの奇行に対しても特に気にするような素振りを見せなかった。そしてこう言った。
「本当ですか?とても助かります。マルティさん」
「そんなっ フッ、お前は役に立つ女だな。なんて…… うへへ、お安い御用スよ!」
(むぅぅ……)
その後、クライシスはその場にいる者たち全員にこう言った。
「ありがとうございます。……ワタシ様は少し疲れたので眠ろうと思います」
「そっか。じゃあ僕たちは部屋から出た方がいいよね。その方がゆっくり休めると思うし」
「ええ、お願いします」
「あとで姉ちゃんに頼んで、元気の出る食べ物でも作ってもらってくるよ!」
そう言ってプラムは一足先に離れ屋から去っていった。
「私も一旦退室しますね。ちょっと、この子と色々話さなきゃいけないことがありそうなんでーっ」
「へへ、奇遇ッスねー。アタシもちょうどそう思ってたんスよ」
「そ、そうですか…… でも二人とも喧嘩はダメですよ?」
「「もちろんですっ。 では!失礼しますっ!」」
そうしてペペロンチーノとマルティは、笑顔で取っ組み合いながら離れ屋から出て行った。
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