第20話 中層の冒険
中層の光景は、上層とは大きくかけ離れていた。
そこから思い浮かぶのは死である。
上層に降り注いでいた陽光はここには届かない。頼りになるのはトーチの灯りのみ。三人はほとんど闇の中を進んでいた。
全ての木に葉はなく、細く枯れたように見える。代わりに棘や根が鋭く丈夫に発達し、まるで針山のなかを掻きわけながら進まねばならぬようだった。
大量の魔鉱石を手に入れ、さっきまで盛り上がっていたマルティやペペロンチーノも、中層に入ってからは否応にでも緊迫せざるを得なかった。
ここに生えているギードヌの棘は刀剣のような鋭さがあり、迂闊に進めばそのまま体の奥深くまで突き刺さってしまう可能性もあるのだ。
道は先ほどよりもやや急な下り坂だ。クライシスたちは手探りで先の方を確かめながら、ゆっくりと慎重に進んでいく。
「クライシス様。ここにはどんな魔物がいるんですか? こんな怖いところにいるなんて、もしかしてアンデットですか……?」
「いや、実は中層の情報はほとんど分からなかったのです」
「そうなんですか」
「はい。どうやら多くの冒険者が、この中層を越えられないでいるようなのです」
─パキッ
三人は背後で枝が手折れる音を聞いた。
何かが、木の上を伝って追いかけて来ているようだ。
「ヤ…ヤバくないッスか」
「振り向かないように! その瞬間に襲ってきます」
「うへへ、噓ッスよね。ねっ?」
「いいえ。しかもどうやら、敵は一匹だけではなさそうですよ」
「うげぇぇぇ!」
少しすると、自分たちが最悪な状況にいるということがマルティたちにもよく理解できた。
カサカサ、カサカサと木の上を動き回る多足類どもの奏でる不快な合奏曲が聞こえてきたからだ。
「まだっ、まだ出口は見えないの!」
「あぅぅ。こんなとこ、早く出ようよ」
周囲を無数の蟲種の魔物に取り囲まれながら、後ろから追いかけられている。
この状況に彼女たちは強い恐怖を感じていた。
多少、肌を枝で傷つけようがお構いなしに、ほぼ走り抜けるようにして棘の森を進んでいく。
「二人とも、少し冷静を取り戻せ。一度、走る事をやめるんだ!」
クライシスは自分の前を走るペペロンチーノたちに強い口調でそう呼びかけた。
「で、ですけどマスター。後ろから、デカい虫の魔物があんなにたくさん迫って来ているんですよぉー!」
「それもそうですが、なんだか虫以外の他の気配も感じませんか?」
「えっ 他にもいるんですか?」
「そうです。あの大きなクモ以外にも、なにか恐ろしいものがこの森の中にいそうです」
(ああ、後ろから追いかけて来てるのってクモなんだ……)
またそのクモも、このダンジョンの中層にのみ生息する特殊な魔物だった。
外見は、駆け出し冒険者でも倒せるジャイアントスパイダーに似ているが、動きはより素早く体格も倍以上あるようだった。おそらく変異種だろう。
そして、クライシスはこう言った。
「ペペさん。生命探知を使って調べてみてくれませんか?ワタシ様でもこの気配はハッキリと掴みとれないのです。ひどく歪んでいて、場所も数もうまく位置どれないのです」
「マスターでもですか?? わかりました。じゃあ、私も探ってみますね」
恐慌状態から落ち着きを取り戻すと、ペペロンチーノは立ち止まり生命探知の魔法を発動させた。
すると彼女は、困惑した表情をみせる。
「おかしいですよマスター。そこら中から生命反応を感じます」
「なにっ。 まさか!」
それを聞いたクライシスは、とっさにトーチで近くのギードヌを照らす。
揺らめく焔の向こうにザラザラとした木の皮が見えた。
やや太い幹と思われる枝から、まるで神経系のような不規則加減で、それより細い枝が少しだけ伸びている。
目指すべく太陽が無いため、このような曲がりくねった形に成長しているのだ。禍々しささえ感じる。
そしてクライシスは枝同士の分岐部にあたる場所で、光沢のある不思議な凹みを見つけた。
まるで生き物の瞳のようであった。
それと目があってしまい、クライシスはハッとした。
「マズいッ これはギードヌの木などでは無かったのだ」
「クライシス様、一体どうしたのですか?」
「今すぐダンジョンから撤退します。我々は、龍樹の群れに囲まれている!!!」
だが次の瞬間、三人は中層全体が大きく左右にズレ動いたのを感じた。
「なんなんスか?! ダンジョンの中で地震???」
「いや…… 周りをよく見てください」
地面が動いているのではない。彼らの周りの木々の幾つかが、まるで生き物のように動いていたのだ。
その魔物は花カマキリのように周囲のギードヌに擬態して、冒険者が中層の奥深くまで進入してくるのをじっと待ち受けていたのである。得物を確実に仕留めるために。
気が付けば、数十体の龍樹に取り囲まれていた。
三人は背中合わせになってトーチをかざしながら目の前の魔物の群れと対峙していた。
「このっ あっちいけよ!」
マルティは上層でそうしたように、トーチを振り回して植物系魔物を撃退しようとする。
だが龍樹は、トーチの小さな炎など恐れなかった。龍という名の通り、龍樹は火を吐く魔物なのだ。
─ボボボッ
龍樹たちはその枝のように細い口に、一斉に火炎ブレスのための炎を溜め始めた。
毒の糸を吐く巨大クモも、龍樹のおこぼれにあやかろうと森中から集まってきた。
このままでは全方向から炙られて人間焼き肉になって死ぬ。絶体絶命のピンチだ。
「マスターっ 私たちどうすれば!」
すると、クライシスはこう言った。
「仕方ありません。こうなったら奥の手を使います」
「ク、クライシスさん! ここから入れる保険があるんスか?!」
「ええ。ですがその前に、あなたの片手剣をワタシ様に貸してもらえませんか?」
「助かるならなんだって貸しますよ。でも一本しかないんで、後で返してくださいッスね?」
「もちろんですよ。危ないので二人とも、少し下がっていてください」
クライシスは受け取った片刃剣に自身の持つ半分のマナを込めた。
剣は目もくらむような凄まじい光を放ち、近くにいた数体の龍樹は苦しそうなうめき声をあげる。
「極大剣奥義:エグゼキュートオメガ!!!」
豪快に剣を振り下ろすと同時に、刀身からは眩い閃光の嵐が放たれた。
極めて強力な斬撃波は轟音を立てながら突き進み、直線上にあった全てを薙ぎ払い消しとばした。
また、奥義の威力に耐えきれずに、マルティの剣も塵と化した。
「すみませんマルティさん。あなたの剣、壊れちゃいました」
「ええええっ!!! ……いやでもっ ス、スゴイです。まさか、こんなに強かったとは。 やった、これならもしかして…」
「安心するのはまだ早計です。魔物はまだ半分以上残っているし、武器もマナも失ってしまい今の技はもう使えないのですから」
さっき倒せた龍樹は、クライシスの剣閃の前に偶然いたほんの数体だけだ。
少なく見積もっても20体以上の龍樹とそれ以上の数の巨大クモたちが、今も自分たちの命を狙っている。
だがしかしクライシスは、最初からエグゼキュートオメガを敵を倒すために使ったのではなかった。
斬撃波の通り道にあったギードヌの木が、根こそぎ切り倒されていたのだ。
彼の目的は逃げ道の確保だった。
そしておもむろに、二人を左右の手それぞれで担ぎ上げる。
「クライシス様、いったい何をなさるつもりですか!?」
「ペペさん、マルティさん。何も考えず、ただ前を向いて走るのです」
「そんな、まさかっ! ダメです。クライシス様を置いてなんか行け……っ」
ペペロンチーノがそう言い切る前に、クライシスは担ぎ上げた二人を出口のある方向に向かって思いっきりぶん投げた。
それと同時に、彼はジョブスキルも発動させる。
「狂戦士スキル:戦威狂渇」
クライシスを中心に、周囲の生物を強制的に狂気状態に陥らせるオーラが放たれた。
龍樹や巨大クモも、オーラの影響を受け狂気に染まった。
だが、この狂戦士スキルは魔物相手には効果がやや薄かった。
魔物は知能が低く、自分より強い相手に対しての恐怖を理解できないからだ。
そのため、奴らが取る行動は大きく二択しかない。
敵味方の区別もなく近くの相手と無差別に生死をかけた戦いを始める。
または、より狂暴となって襲い掛かってくるかのどちらかだ。
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