第19話 上層の冒険
弱っているゴブリンはなかなか動こうとしない。
マルティも同じく、相手の様子をじっと観察しており、両者の間にしばらくの膠着状態が続いた。
「えっへへ、マスターもいじわるですねぇ。たしかマルティって、スライムよりも弱いとかって揶揄われてませんでしたっけ?」
「所詮は噂ですよ。あれだけマナがあって気功術の才能もあるのですから、スライムより弱いなんてことはあり得ないでしょう。さあ、ペペさんも一緒に戦いを見守りましょう」
「は、はい……(そうかなぁ)」
そして5分が経過し、先に動いたのはマルティだった。
ゴブリンが十分に弱っていることを彼女は確信したのだ。
「ホァァ!! チェストォォオオッ!!!!!」
大げさなくらいに思いっきり振りかぶり、渾身の力を込めた左のアッパーカットを放つ。
マルティの拳は小気味いい音を立て、ゴブリンの顎部にクリーンヒットした。
「ギィエエッ」
「へへン、どうだ!」
「ギエエェーーッ!! エエ?」
「……ううん?」
しかし、あまり効果は無かった。
ゴブリンは自分のあごをさすり、どこも体が傷ついていないことを不思議そうに確かめる。
「くっ、ならこれでどうだ!」
するとマルティは右手に持っていた片刃剣でゴブリンの胴に切りかかった。
「ギャァァッ!!! アァ?」
「ねえなんでぇ!」
彼女は気づいていないようだが、刀を振る速度が余りに遅すぎて、刃に切り裂く力が乗っていないのだ。
最初の拳打も同様であり、狙いは正確だったがパワーが足りないせいでダメージを与えられていなかった。
「ふむふむ。どうやらマルティさんは、絶望的に筋力ステータスが低いようですね。ここまで顕著に低い人も珍しいです」
「マスター、そんな呑気に考察してる場合ではないと思うんですけど。 うわわ、早く助けないと。このままじゃマルティがやられちゃいますっ」
そんな事を言っている間にも、ゴブリンは目の前の相手の圧倒的無力に気がついてしまった。
まさにゴブリンにとってはどんでん返しの展開だ。
低知能の魔物特有の口が裂けるような下品な笑みを浮かべがら、マルティに対し反撃を企てる。
「ゲへへへッ ゲヘ!」
「うわぁ、気功活性。気功活性~!」
やせ細った腕で、マルティを何度も上から殴りつける。
しかしマルティも気功活性を発動しているため、彼女にダメージはなかった。
両者は互いに拮抗状態にあったが、おそらくゴブリンは自分が疲れ果てるまでマルティを殴り続けることだろう。
「そうですね。たしかにこのままだと少し可哀そうですか」
そういうとクライシスは、ゴブリンの所に一瞬で近づく。
そして脚力だけで、ゴブリンの頭を吹き飛ばしてしまったのだった。
ゴブリンの連続殴打から解放されたマルティだったが、目の前でクライシスがした事を見て思わず唖然とする。そして自分との力の差を感じ、彼女は深いため息をついた。
「……クライシスさんは凄いですね。あんな凄まじい蹴りが使えるなんて。それに比べてアタシは、あんな瀕死のゴブリンにも勝てない。自分の出来損ないぶりには脱帽ッスよ」
「でもマルティさん。あなたはダメダメではないですよ」
「いや、ダメダメとまでは言ってないッス……」
自らの失言に気づき、クライシスは咳払いで胡麻化す。
「そ、そうですか? ともかく、マルティさんは戦闘の基礎はしっかりしていると思います。急所にも臆せず攻撃を当てることが出来ていましたし、伸びしろは十分あると感じましたよ」
「ほ、本当ですか?!」
「ええ。まあ修行は必要だと思いますけどね。なので今回は回復要員として専念してくれますか」
「はい、了解ッス!」
一行は、ダンジョンをさらに奥へと突き進む。
事前に調査した通りに、上層には植物系の魔物が多く出現した。
だがそれらは木の精霊や森にすむ小さな動物種の魔物など、C級以下の防具しかないクライシスでも脅威を感じる相手はいなかったのだ。
唯一の脅威といえば、幻惑を使う植物系精霊種のドライアドくらいだった。
それも、クライシスとマルティがトーチを振り回しながら牽制し、その隙にペペロンチーノが攻撃する二段構えの作戦で難なく突破することが出来た。
「マスター! この調子なら余裕ですね!」
攻略のついでに、三人は上層にある魔鉱石も根こそぎ採掘していた。
「すごいッスね収納魔法! うへへへへっ、これだけあれば100万ゴールドにはなりますよ?」
「よし、これで当分資金の心配は必要ないですね。 ねえマスター、私に感謝してもいいですよっ。なんならご褒美とかもありですっ」
思わぬ成果を得て、ペペロンチーノとマルティはとてもご機嫌だった。
だがそれに対し、クライシスはなぜか浮かない様子だった。
そして声を潜めながらこう言った。
「そうですね……。 ですが二人とも、そろそろ気を引き締めねばなりませんよ?」
「え? あれ、なんだか辺りが急に暗く…………」
これはエルダーツリーダンジョンを進んでいくうちに気づいたことだったが、この森は緩やかな下り坂になっていて、まるで螺旋を描くスロープのように自分たちはいつの間にか下へ下へと降っていた。
穴の底には光は届かないものだ。
クライシスたちは、坂を下った先の上層の終着点にいた。
そしてそこには、ダンジョンの入り口と同じような魔法の転移門が存在していた。
「クライシスさん。これってもしかして……」
「はい。この先はおそらく中層です。 気を付けてください。中層はかなり危険な場所らしいですから……」
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