第18話 自然地形型【エルダーツリーダンジョン】
ダンジョンの有りようを一言で語るならば、そこは美しい森だった。
木々には小さな棘があり、他にもギードヌと類似した点がいくつか見られた。しかしどの木にも生命力の溢れる緑色の葉が生い茂っており、ダンジョンの中はどこからか陽光のような温かい光が差し込んでいた。
ただ一つ奇怪な点をあげるなら、それは地面の色が異常なくらい真っ赤に染まっていた事だった。
──夜もすっかり更けた頃、クライシスたちはザクロ村の中心にあるエルダーツリーへと向かった。
根本にある大きな洞には、薄い膜が張られ水鏡のようになったマナの塊がみられた。魔法の転移門だ。
表面は度々ゆったりと渦巻く波紋が生じている。転移門には、転移の魔法陣と同じように別空間への移動を可能とする力があるのだ。
そしてクライシスたちはその魔法の転移門を潜り抜け、ダンジョンの中に進入したのだった。
「えへへ、久しぶりにクライシス様とのダンジョン攻略! なんだかワクワクしますね!」
「そうですね。ワタシ様もここは初めて来るダンジョンなので、少し楽しみですよ」
ダンジョンは朝焼けの中のように光の反射でどこもかしこも輝いていたが、時間的には現在は紛れもなく深夜である。
なので上層であれど周囲の他の冒険者の姿は一人も見当たらない。おかげでそれらに気を散らされることもなく、クライシスはダンジョン攻略に集中することが出来ていた。
「やはり、夜に来て正解でしたね。心なしか、植物系魔物たちの活動も大人しい気がします。こんなに明るいのですが、昼夜のサイクルは同じなのかもしれません」
植物系魔物の多くは、太陽の昇る日中に活動的な種類が多かった。
「それにしても、ここは空気が澄んでいて心地よい場所ですね。あ、微弱ですが精霊の姿もチラホラみえますよ」
「はいっ 自然地形型って、だいだいマナが変質していて気色悪い感じの場所が多いけど、ここはそうでもなくてラッキーです! なんかいい匂いもするし……」
「それはまだ分かりませんよ? だって自然地形型ですから」
彼女は頭の中で、今までクライシスと共に訪れたダンジョンの数々を思い返す。
自然地形型のダンジョンは洞窟型に次いで数が多いが、独特の異質さがある分類型なのだ。
例えば、清水の湧く泉のように見えていたものが実は毒沼だったり、地面だと思っていたものが実は巨大な蛇の鱗だったりする事がある。
ダンジョン自体が、自然的な罠で冒険者のあらゆる感覚を惑わそうとしてくる。それが自然地形型なのだ。
「でもマスター、なにもこんなにすぐにダンジョンに挑まなくても良かったんじゃありません?」
「えっ、どうしてですか?」
「だって、あんなにボコスカ蹴られたばかりで、マルティの怪我はまだ治ってないと思うんです」
そう言いながら、彼女はそっと後ろを振り返り、自分たちの後をついて来ているマルティの様子を確認した。
マルティは収納魔法が使えないためか、背中に大きなバックパックを担いで来ていた。
何が入っているかは知らないが、とても重そうだった。
「ねえ、本当に休まなくて大丈夫だった?」
するとマルティは顔を上げ、何食わぬ顔でこう答えた。
「全然平気ッス!」
「えっ そうなの?!」
「へへ、アタシ体力には自信があるんスよねー」
ペペロンチーノはまだ疑っていたが、マルティのそれは決して虚栄ではなかった。
実際に彼女は、気功術で全身の怪我をとっくに全回復させていたのだ。
「お二人さん。こんなヌルい場所でいつまでちんたら歩いてるつもりですか? さっさと先に進むッスよ」
そう言って彼女は、クライシスとペペロンチーノの間を追い越し、どんどん先へと進む。
「ほらっ ボケっとしてると置いてくッスよ」
「あわわ、ちょっと待ってよーっ」
慌ててペペロンチーノは後を追いかける。
そんな様子を見て、クライシスも思わず笑みをこぼす。
「フフフ、頼もしいですね」
あれだけ冒険者たちに蹴られまくった後でも、マルティは元気に走り回っており痛がる様子さえ見えない。
突出した能力だ。とても頼もしい……。
しかしその直後、ある問題が発覚する。
何事もなく三人が美しい緑の森の中を進んでいると、ふと茂みの中から一匹のゴブリンが飛び出してきたのだ。
魔物の出現と同時に、ペペロンチーノは鎖鞭を取り出し警戒態勢をとる。
だが、よく見ると、そのゴブリンはとても痩せており、どうやら群れからはぐれた個体のようだ。
するとそれを見たクライシスは、ある妙案を思いつく。
「これはいい機会です。マルティさん、ここであなたの実力をみせてくれませんか?」
「エ゛゛ッ??? えっとー、クライシス…さん。アタシって回復要員なんですよね?」
「はい、もちろんそのとおりですよ。しかしパーティーの連携を取るためにも、一応戦闘能力を知っておきたいのですよ」
「ああー、そういう感じですか……。なるほどね、りょうかいでーす……」
だがしかし、マルティはなかなかゴブリンとの戦い始めようとしなかった。
「どうしたのですか?」
すると彼女は、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながらこう答えた。
「いやさ、アタシの実力はまだこんな所で見せるような物じゃないっていうかー。相手が雑魚だとやる気が出ないっていうかぁ?」
「はいはい。そういうのはいいから、さっさと戦ってきなさいっ」
「あぅぅ!! そんな後生なァァァ!」
ペペロンチーノに後ろから突き飛ばされたマルティは、無理やりゴブリンと対面させられる。
ゴブリンは自分に近づいてきたマルティに対し、敵意を露わにした。
「はぁ……どうなっても知らないッスよ」
それで仕方なく、マルティも戦闘態勢を取る。
彼女の気功術の流派だろうか。逆手に持った片刃剣を半身に隠すように構え、手甲を付けた左手は拳を強く握り相手の方へ真っすぐ向けていた。
「ほう、これは興味深いですね」
珍しい戦いが見れると思い、クライシスもマルティの一挙手一投足に注目しだした。
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