第17話 気功師の技
昨日とは違って、自分たちにはダンジョン攻略に挑むための豊富な用意と算段がある。
内部の構造や罠も把握してるし、出現する魔物に対抗できる様々なアイテムもそろえた。
これだけの入念な備えをしていけば、きっとマルティもパーティーへの同行を快く受け入れてくれるはず。
「さあ、彼女を向かいに行きましょう!」
クライシスは意気揚々とギルドハウスの扉をくぐった。
その後ろから、ペペロンチーノもひょこひょこと後をついて行く。
「そう上手くいくかなぁ? (私は別にマスターと二人っきりでもいいんだけどね)」
時刻はお昼を少し過ぎた頃。
冒険者たちは既にほとんどが近隣のダンジョンに出向いており、ギルドハウスの中はとても閑散としていた。
「この様子だと気功師の子も、ダンジョンに行っちゃってるのでは? マスターとの約束も覚えてないかもしれませんよ」
「いえ、どうやら待ってくれていたようですね」
「えっ、本当ですか?」
「はい、あそこに。 ただ、少し様子がおかしいようですが……」
たしかにマルティはギルドハウスの中にいた。
だがしかし、その時クライシスが見たマルティは、数人の巨漢の冒険者たちと敵対し、再びトラブルを起こしている所だった。まるでデジャブのようだ。
「この小娘! よくも我ら<チーム筋肉守護者s>を、デブと馬鹿にしおったな!」
「へへッ だってそんな風にほぼ全裸で歩きまわるなんてバッカみたいじゃん」
「これが筋肉美なのだッ。パーティー加入を断ったからとて、腹いせとは見苦しいぞ!」
「くッ。 ……でも、デブには違わないでしょ! このデブ!デブ!醜い肉の塊!」
「ヌぅーーーっ!」
どうやら騒動の原因はマルティにあるようだ。
だが彼女から挑発を受けた男たちは、すでに地面に倒れているマルティに集団で何度も蹴りを加えており、明らかに一人の少女に加える暴行にしてはやり過ぎだと思えた。
「気功師ぃ? 知らねえな。そんなローブなんか着て、本当は魔法使いなんだろ!」
「国家祓魔法師を呼べ! 小娘、お前を火炙りにしてやる」
「ハッ、スライムも倒せないらしい雑魚のくせに俺たちに逆らってんじゃねーよ。オラッ!これが俺たちの筋肉パワーだ。ハハハ」
「そもそもお前のような異端者が、我らの仲間に加わろうと思うこと自体が間違いなのだ。これはその罰だ!」
マルティは地面の上で身体をうずくまらせながら、男たちからの暴行を必死に耐えていた。
蹴りと罵声の嵐の中、身体のダメージは気功活性で、暴言に対しては出来るだけ心を無くすよう努めた。
遠い異国の地でずっと一人で修行の旅をしていたマルティは、この様に除け者にされることに慣れていたのだ。
いずれこの男たちも諦めてくれる。マルティはそう思っていた。
だがしかし、ペペロンチーノは彼女のことを見過ごせなかった。
「あなた達、やめなさい!!!」
その声に一番驚いたのは、地面で倒れていたマルティだった。
今まで見ず知らずの他人である自分に、危険を冒してまで手を差し伸べる者などいなかったからだ。
巨漢の男たちは、私刑の邪魔をしたペペロンチーノの方を一斉に睨みつける。
「なんだ! お前も雑魚の仲間か!」
「うん、仲間よ」
「そうか……。ならお前にもお仕置きが必要だなぁ」
男たちはニタニタと笑みを浮かべながら、ペペロンチーノの方に近づいてきた。
彼らはペペロンチーノの身体をなめまわすように見つめ、下衆な妄想を企てていた。
「あなた達、すごい勘違いしてるよ」
「は?何言ってんだてめぇ。それより乳もませろ」
「その子のジョブは魔法使いじゃなくて気功師。それに、私の方がよっぽど魔法使いよっ!」
そう言うと、ペペロンチーノは思いっきり息を吸い込み、直後に肺の中でマナを練りこめた火炎のブレスを吐き出した。
その技の正式名称は、高位火炎魔法:灼熱の渦奔流だ。
「フゥーーーー!!!(ブォォォオォオオッ)」
「うあチチチッッ!?!」
火炎のブレスは扇状に広がり、ほぼ素肌の男たちの表皮を軽く焼いた。
突然の炎に慌てふためき、<チーム筋肉守護者s>の冒険者たちは逃げるようにギルドハウスから去っていった。
「あははっ ザマァみろぉ!」
だがその際、彼らのうちの一人がこんなことを言った。
「このクソ魔法使いども、覚えてろ! 絶対にチクってやるからな?! お前らなんか、全員火あぶりになって殺されてしまえ!!!」
それを聞いたペペロンチーノは思わずドキッとした。
この地域─ウポンドーハで、魔法使いがよく思われていないことは昨日の時点で知り得ていた情報だった。
なのに自分は、こんな公けの場所であんな派手な魔法を使ってしまったのだから。
ペペロンチーノは青ざめながら、クライシスの元に戻っていった。そしてその場で跪き謝罪する。
「申し訳ございません、軽率な行動でした。 っ……、私のせいでマスターにご迷惑をおかけすることに……!」
もしこの事がきっかけで、自分たちがお尋ね者にでもなってしまったら……。
犯罪者になってしまっては、ギルドの管理するダンジョンに挑むことも出来ないのだ。
しかしクライシスはかぶりを振った。
「いいえ、何も問題はありません」
「ですがッ!!!」
クライシスはペペロンチーノの口をとっさに塞ぎ、それ以上の謝罪を禁止した。そこに意義はないからだ。
膝をつき、その場でうなだれるペペロンチーノの手をとり立たせる。
そして彼女の耳もとでひと言こう囁いた。
「ペペ。よくやりましたね」
「は、はい!」
ご主人様に認められたことで、ペペロンチーノの瞳には生気が戻っていった。
─今のワタシ様では手加減が出来そうもなかったので、ペペさんが動いてくれて助かりました─
次にクライシスは、地面の上でただ呆然と座り込んでいたマルティの元に近づいていった。
「たしかクライシスだっけ。こんなことでアタシに恩を売ったなんて思わないでよ! あんなの、どうとでもなったんだ。余計なお世話なんだよッ!」
心も身体も傷ついたばかりのマルティには、周囲のものはすべて敵に思えた。
ひん死の獣が全身の毛を逆立てて威嚇するように、彼女はクライシスをギリッと睨みつける。
だがクライシスには、そんなことなどどうでもよかった。
「なんで、やられっぱなしだったんですか?」
「はい?」
「鑑定魔法でステータスを確認したところ、あなたの持つマナの量はあの冒険者たちを完全に上回っていました。それなのになぜ、気功術で反撃しなかったんですか? なにか理由があったのですか?」
それを聞いたマルティがみせたのは、昨日見たのと同じクライシスのことを見限ったような冷たい視線だった。
「へへへっ やっぱり何も知らないんスね。気功師のスキルは身体強化が基本で、派手な攻撃技なんかないんだ。だから、いつもアタシはやられっぱなしなんだ……」
そして彼女は、再び地面の上で自分の身体を小さく丸めた。
「いくら修行しても全然強くなんない……。こんな弱い奴、なんで仲間にしたいんだよ。 もうアタシなんかに関わらないでよ」
「マルティ……」
心配そうに見つめるペペロンチーノ。
寂しそうに膝を抱えるマルティが、ドォルポルポラの城でひとり孤独に過ごしていた頃の自分の姿と重なってみえた。
それゆえに色々悩んでしまい、うまく言葉をかけてあげることが出来なかった。
「なるほど、攻撃技を知らないということですか。……ふむ。ならばワタシ様について来てください」
「え? ちょ、ちょっと!?」
マルティは、言われるがままにクライシスについていくと、そこはギルドハウスの裏手にある冒険者専用の修練場だった。
そして雑に藁と木で作られた練習用のかかし人形の前で、クライシスは中腰になり拳法のような構えをとっていた。
「アチョーッ! たしか、こんな感じだと思ったのですが……」
「一体なんのつもり??? あなたは狂戦士っスよね?アタシを馬鹿にしてるんスか!!!」
素人がいきなり真似ごとで気功術ができるわけがない。
実際に見るまではそう思っていた──。
「吼えろ、大神灼波!」
上下に二つ合わせた手のひらから押し出すようにして、圧縮された気のエネルギーが一気呵成に放出された。
気弾の直撃したかかし人形はその圧力に耐えきれず、中心から引き裂かれるように爆散したのだった。
マルティは、思わず言葉を失う。
彼女の目から見ても、今のは気を使った攻撃技だったからだ。
「ワタシ様の知り合いにも気功師の冒険者がいるのです。その方をイメージしながら試しにやってみました。 といっても、今使ったのはほとんどマナでして……。気をうまく練り切れてないワタシ様でも使えるのですから、マルティさんならもっと強力な攻撃が出来ると思いますよ!」
「クライシス……いや、クライシスさん! あなたって何者なんですか???」
「フフフ、何度も言ってるじゃないですか。 ただ最強の狂戦士ですよ」
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