第15話 うっふん~あっハーん。お色気作戦1
ザクロ村の財政は、主にエルダーツリーダンジョンにやってきた冒険者たちが落とすゴールドによって成り立っている。
特に中心区域にある宿屋や露店の売り上げは、商人だけでなく村人にとっても重要だ。
だが冒険者の中には危険な荒くれものも混ざっている。
よって村の治安維持のため、深夜になると村にある商店は軒並み閉まることになっていた。
しかしそんな中、人っ子一人いない中央通りの暗がりを、左右にふらつきながら歩く二人の酔っ払いがいた。
腰のベルトに片手剣が差してあることから、彼らが二人とも剣士のジョブであることが分かった。
「うえっプ!ゲロゲロゲロ…… ふぅ、あんのくそ盗賊めぇー。よくも騙しやがってッ」
小麦色の頭髪をした青年は、さっきまで飲んでいた安物のエールと一緒に、胸の中の苛立ちを道端めがけて吐き出した。
側にいたもう一人の眼鏡をかけた青年は、彼の背中をそっとさすっている。
「ダリア、それは違うだろ。あいつは騙してなんかいないさ。 ただ、ダンジョンの中で魔物に囲まれた僕たちを置いてけぼりにして、一人だけで先に逃げやがっただけさ」
「同じようなもんだろ! くそッ、今度あったらピカピカにしてやる!」
「そうだな。でもそれを言うならギタギタにしてやるじゃないか?」
──今朝早くのこと。
エルダーツリーダンジョンの深層のボスに関する情報を仕入れた二人は、強力なボスとの戦闘を避けてまんまと宝を盗み取るために、さっそく盗賊職の冒険者をパーティーに加えてダンジョンへと挑んでいた。
その結果は非常に散々なもので、早い時点での脱落だった。
ほとんど成果ゼロで逃げ帰ってきた彼らは、その後ずっとやけ酒をしていたのだった。
「まさか深層の前にあんな難所があったとはな。なあ、このダンジョンは僕たちにはまだ無理じゃないか?もっと力をつけてからの方が…」
「ラザルスっ、そんなことねーよ! ほら……あれだよ。諦めずにやればいつか上手くいくっていうだろ。七転八倒ってやつだ!」
「は?それを言うなら七転び八起きだ。倒れちゃダメだろ」
すかさずダリアは聞こえない振りをする。
「ああッ。それにしてもムシャムシャするぜ! あの盗賊野郎が逃げなきゃまだ何とかなったかもしれねーんだ。 くそっ、こんなんじゃ飲み足りねー。なんでどこも酒場がしまってるんだよ」
するとその時、二人は背後から忍び寄る何者かの気配を感じた。
「ッ そこに居るのは誰だ!」
腰の剣に手を伸ばし、警戒しながら暗闇の中を注視する。
すると、そこから現れたのは丈の長いドレスを来た一人の少女だった。
武器を持ってない事からザクロ村の住人だとはすぐに分かったが、彼女は遠くからでもかなり整った顔をしていた。
「ぐすっ、暗くて怖いよー」
「オ、オイ」
その少女は二人の所に駆け寄ってくると、いきなりダリアに抱き着いたのだ。
歳は17くらいだろうか。
暗闇の中、いきなり美少女に抱き着かれ、おもわずダリアは頬を赤らめる。
「おいおい。この村にこんな可愛い娘いたかよ」
「さ、さあ?」
二人の剣士が困惑していると、突然少女がそれまでダリアの胸にうずめていた顔を上げ、明るい調子でこんな事を言った。
「あれ? もしかしてお兄ちゃんたちって冒険者なの?」
「ああ。そ…そうだけど」
「スゴーイ! ねねっ、ワタシ様にダンジョンのお話いっぱい聞かせてほしいな?!! (特に内部構造とか罠の有無とか詳しく……)」
少女はとても可愛らしい笑顔で二人の冒険者にそうおねだりした。
近くで見るとその少女の顔はいっそう可憐であり、ダリアは彼女の頼みを断れる気がしなかった。
「フ、しょうがねえなぁ。じゃあお嬢さんにだけ特別に、マリーブ村の最強剣士、ダリア・パニスのスーパー英雄譚第一幕を聞かせてあげるぜ!!!」
「いえ。そういうのは結構ですので」
「……ん?」
「あっマズい。 ウフフー、楽しみだな~!」
一瞬垣間見えた少女の毒気にダリアは少し不信感を抱いたが、彼女の美しい顔面を見るとそれも薄れた。
だが一方、ラザルスはダリアよりも多少慎重深い性格であったので、この遅い時間帯に突然あらわれた謎の美少女を怪しんでいた。
「君、ほんとうにザクロ村の子か? この時間は村人はみんな寝てるはずだろ?」
ラザルスが自分のことを怪しんでいる事が分かると、次に少女はラザルスに抱き着いた。
そして胸のあたりの膨らみを強く押し付けながら、甘い声で耳元にこう囁いた。
「ごめんなさいっ。フフフ、どうしても冒険者さんのお話を聞きたくなって目が覚めちゃったの。つい、我慢できなくて…………フゥー~(吐息)」
「そ、そうなんだ。 ……うぅッ」
「ねえそうだ。 いい物があるの」
そういうと、彼女はどこからか酒瓶を取り出した。
それは記憶が正しければ、村の酒場で一番高価な酒で、駆け出し冒険者の自分たちでは到底手が出せない代物だった。
「まあ、そこまで言うなら……うん、仕方ないか」
「ありがとう! お兄ちゃんたち!」
そうして彼らはエルダーツリーの幹の近くに移動すると、そこで深夜の酒盛りを始めた。
ダリアとラザルスは美少女にお酒をついでもらい、上機嫌になりながらダンジョンで経験した冒険話を語った。
少女も二人の剣士の話をとても真剣に聞いていた。
やがて十分情報が集まり満足すると、彼女はべろんべろんに酔っぱらった二人から酒瓶を没収し、その場でスックと立ち上がった。
「うえっプ…… あれ、クラちゃんどこ行くのぉ? ていうか、目の錯覚かな。なあラザルス、クラちゃんなんかデカくなってね」
「う~ん。たぶん僕たち飲み過ぎたんだ。げふ。女の子がこんな急に成長するわけないもの」
実際にその時の少女の体躯は、二人の剣士よりもニ回り以上も大きくなっていた。
だが彼女が短期間で成長したわけではなく、ドレスの中で折り曲げていた足を伸ばしただけだったのだが。
「なるほど、お陰様でだいたいの構造はつかめました。ダンジョンは自然地形型で、おそらく三部構造の高低差があるタイプ。植物系魔物が多く全体に木の根が張り巡らされており、それが時に探索の妨害にもなっている。と」
「えーと……、僕らそんなこと言った覚えないんだが」
「ホァ? どうなってんだ???」
少女の豹変振りに一応困惑するも、酔いのせいで余計に頭が回らずなにも考えることが出来ない。
そして気が付くと、いつの間にか遠くの方から朝日が昇り始めていた。
彼女は言った。
「みなさん、どうもご協力ありがとうございました。おかげでかなり充実したダンジョン攻略の準備が出来そうです。 あ、これ要らないのであげますね」
「は?」
そういって渡されたのは、ブヨブヨした謎の塊。
ほんのり生暖かく、僅かに脈動を感じる。
「スライムで作った偽乳です。フフフ、意外といけるものですね」
「「うわわっわわわわ!」」
恐怖を感じ、二人はそれで一気に酔いが覚める。
だがしかし、自分たちが騙されダンジョンの情報を盗み聞かれたと気づいた時にはもう遅く、すでに少女(偽乳)は朝ぼらけの中に消えさったあとだった。
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