第13話 落ちこぼれの気功師
ファントムレギオンには魔法使いが居ない。それはまだ現段階では、クライシスの憶測に過ぎなかった。
しかし、少なくともこのギルドハウスの中には、それらしい冒険者の姿は一人も見当たらなかったのだ。
そもそもクライシスがここまで足を運んだのは、回復魔法が使える仲間を求めてきたことが理由であった。
望み通りの治癒の能力を持つ仲間を、この場で得ることは難しそうに思えた。
「マスター。どうしますー?」
「そうですね、どうやら無駄足でしたか」
二人は一度プラムの宿屋に帰ろうと思い、建物の出口へと踵を返す。
だがその時、奥にある冒険者への依頼を張ってある掲示版の前で、ちょっとした騒ぎが起こっていることに気がついた。
何ごとかと思いそちらの方を覗き見ると、どうやら冒険者同士のトラブルのようだと分かった。
大きな身体をして立派な鎧をつけた戦士が三人、仏頂面で一点を睨みつけていた。
そしてその先にはなんと、僧侶のような恰好をした小柄な少女が床の上に座りこんでいたのだ。
これは僥倖だ。さっそくクライシスは、その少女をパーティーに勧誘しようと歩み寄る。
だがよく見ると、少女は僧侶には本来ならば禁じられている片刃剣を帯刀していて、着ている修道服も身軽で動きやすそうに改造された独特なものであった。
どうやらただの聖職者ではなさそうだ。
すると、少女の近くにいた戦士の一人が、怒気を含んだ声でこう話すのが聞こえた。
「オイ、マルティ! 弱いとは聞いてたけどさ、スライムにも勝てないってマジかよ!」
「ひっ! ゴ、ゴメンなさい。次からは気をつけますからぁ。うへへへ」
「お前、流石にそりゃねーよ……」
マルティと呼ばれた少女は、まるで目の前の戦士たちに媚びへつらうかのように、へらへらと薄ら笑いを浮かべていた。
「気持ち悪い笑い方すんじゃねー。 もういい。お前とは今日限りだ」
「そ、そんな。へへ、一か月は一緒にパーティ組むって約束だったじゃないっスか」
「うるせぇな。ついてくんな!」
「あぅぅ! お願いですよぉぉぉ。後生だからぁぁぁぁッ」
「フンッ」
必死の嘆願もむなしく、三人の戦士たちはマルティのことを置き去りにして、さっさとギルドハウスから出て行ってしまった。
「べーだ! はーあ、また一緒に組んでくれる人を探さなきゃか」
彼女はそんな風に一人言をぼやく。
また、一部始終を見ていた他の冒険者たちも、後ろ指を指しながら口々にマルティのことを噂し始めた。
「……アイツ、白の法服なんか着てるぜ。まさか聖職者のつもりか? 野良の脱法魔法術師じゃないだろうな」
「いやいや、さっきまでいた屈強な戦士たちが、この女はスライムも倒せないくらい弱いと言っていただろう。 大丈夫。それはないはずだ」
「ああ、そうだったな。それに非合法の魔法術師が、そんなに弱いはずがないか。アハハッ」
冒険者数人の嘲笑が聞こえると、おもわずマルティはムスっとした顔になった。
そしてその場でスッと立ち上がり、後ろを振り向くと、自分を馬鹿にした冒険者たちに対し抗議をしようとする。
「ちょっとッ! すみませんけど、変な勘違いしないでもらえます? アタシは脱法魔法術師なんかじゃないッスから、おかしな噂を立てないでください。迷惑なんで! そもそも魔法術師でもないし……こんな格好してるけど、アタシはッ……」
「気功師。ですよね?」
そう言ったのは、クライシスだった。
彼は言い争っていた冒険者とマルティの両者の間にサッと割り込むと、かるくお辞儀をし、自分の名前を名乗った。
「えっと……あなたは?」
「ワタシ様はクライシス。最強の狂戦士です」
「はあ、そうッスか……。(剣も持ってないのに??? この人なに言ってんの?!?)」
マルティは、いきなり現れた花柄ローブにフルフェイスの男を、とても不審がった。
ローブ姿のクライシスを見ると、周りにいた冒険者たちも散り散りに去っていった。
「あなたのその特徴的な法服と、腕の手甲を見た瞬間に思い出しましたよ。マナを気という概念で扱い、自己治癒力や身体能力向上などに長けた特異な武闘術を使う珍しいジョブが存在したことをね」
「気功師なんてかなり珍しいジョブなのに、ずいぶん詳しいんスね。 そんなに物知りな狂戦士さんが、アタシなんかに一体なんのようですか?」
「ええ。ですがその前に、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?」
「え? ま…まあ、いいですけど」
するとクライシスはこう尋ねた。
「さっきの冒険者たちと、たしか野良の脱法魔法術師などと話していましたよね。もしかしてこの辺りでは、魔法が禁止されたりしているのですか?」
それを聞いた途端、マルティの中からはクライシスに対しての緊張や怯えといったものがなくなった。
正確にいえば、彼女は瞳に軽蔑を露わにし、逆に何もしらないクライシスを格下だと決めつけたのだ。
「前言撤回。あなた、何もしらないんだ。 へへへっ、さては他所の国から来た旅人でしょー?」
「まあ、そんなところですね……」
「やっぱり!実はアタシもそうなんだ。 なんか、爺ちゃんのせいで無理やり修行の旅に出されてさー。まあ、あなたよりはここの事情に詳しいだろうしぃ? このままじゃ可哀そうだから教えてあげるね! うへへっ、これは特別だからね」
そう言いながらマルティは、まだ初対面のはずのクライシスの肩をポンポンと馴れ馴れしく叩いた。
そんな礼儀を欠いた態度にもクライシスはにこやかに応じていたが、彼のすぐそばにいたペペロンチーノはとても不満そうな表情を浮かべていた。
そして、マルティはこう答えた。
「ウポンドーハでは全部の魔法が禁止されてるわけじゃないらしいんだ。でもさ、魔法系のジョブは全部ダメなんだってっ」
「ほへ? ドコだって言ったの??」
ペペロンチーノは首をかしげる。
どうやら向こう側の世界は、ここに住む住人たちからはウポンドーハと呼ばれているらしい。という事が分かった。
続けて、マルティはこう言った。
「なんでも数年前に、ウポンドーハの第一王女も巻き込まれた大量虐殺事件があったらしいんだよ。その犯人が有名な魔法術師だったんていうんだからそりゃあ大変。それ以来、ウポンドーハ国の王様は、自分の直々の管理化にない魔法使いはすべて禁止にしてしまったわけなんだよ。もうさ、迷惑な話だよねー」
「なるほど、そうだったのですか。教えていただきありがとうございました」
「うへへへ、いいってことだよ。でさ、他にも何か頼みたいことがあったんじゃ無かったっけ。いいよ、先輩のアタシが教えてあげるからさ。ね、クライシス君っ!」
そう言ってまた調子よくクライシスの肩を叩こうとするマルティ。
しかしそのとき、ペロンチーノが彼の後ろから血のように真っ赤な瞳でこちらを睨みつけているのに気づいた。
「むかかっ! マスターはマスターですよぉッ」
「あぅぅ! ごめんなさいごめんなさい!ごめんなさーいっ」
人間のものとは明らかに違う、妖しげな魔力のある瞳だ。
それを見たマルティは驚きのあまり、その場でびくりと飛び上がりそうになった。
急いで自分の手をひっこめる。
一方クライシスは二人の間でそんなことがあったともつゆ知らず。平然とした様子でこう言った。
「いいんですか? じゃあ早速お願いしたいことがあるのですが」
「お、おうよ。アタシに何なりといいたまえ」
(ギロリ)
「ヒェッ …………あ…あの。お願いとは、一体なんでしょうか」
マルティはおどおどしながらそう尋ねる。
クライシスは言った。
「ええ。実は、我々もエルダーツリーダンジョンの攻略を考えているのですが、現在の探索パーティには一人も回復要員がいません。そこでぜひ、気功師であるマルティさんに、ワタシ様のパーティに加わって欲しいのです」
「あー。 それは勘弁っス」
即答であった。
マルティは顔の前で何度も手を横に振って、拒否のハンドサインをしている。
あまりにすがすがしい拒絶ぶりに、クライシスもほんの少し戸惑った。
「すみません。理由を聞いてもよろしいでしょうか」
そう聞くと、彼女は鼻で笑いながらこう答えた。
「だってアタシ、強そうな人としか組みたくないんスよー。 ゴメンだけど、あなたとパーティー組んでも、ダンジョンなんか絶対攻略できそうにないし~」
「くっ、マスターは最強の狂戦士なんです!本当ならお声をかけてもらえること自体に、あなたは感謝すべきなんですよ?!」
「へん。うそくさー。 ローブに兜みたいなチグハグな恰好してるやつが、強いはずないじゃんよ」
「むぅ!」
カッとなって今にも暴れ出しそうになっていたペペロンチーノ。
そんな彼女を、クライシスはどうにか落ち着かせる。
「ペペさん、こちらはお願いする立場なのですよ。そう荒立たせても意味はありません」
「ですけどマスター。こいつムカつくー!」
ペペロンチーノは歯ぎしりしながらマルティを睨んだ。
そしてクライシスも、再びマルティの方に向き直る。
「マルティさん。あなたの主張は正しい。ですが要は、我々とパーティを組んだときにエルダーツリーダンジョンをクリアできる見込みがあればいいのですよね?」
「え? まあそうかもだけど……(無理でしょそんなん)」
「分かりました。ではその証拠を用意しましょう。 明日、またここで会ってください」
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