第11話 夜這い
あんなに活気立っていたザクロ村も夜の静けさに染まり、人々もすっかり寝静まった後のこと。
クライシスのねむる離れ屋にて、彼の布団に忍び寄る怪しい影があった。
そろりそろりと、眠っているクライシスに気づかれないように。
その者は、手の中の小さな刃物を握りしめ、ゆっくりと慎重に彼に近づていった。
しかし、自分の身体の真下にきたクライシスの寝顔を見た途端、興奮のせいか自然と呼吸が早くなる。
「…………えへへ、マスターがいけないんですよぉー。血を吸わせてくれるって約束だったのに、そのまま寝ちゃうんだもん」
そう言いながら彼女は、クライシスの身体に自分の顔をおもいっきり近づけた。
「スンスン、好いにおーい……」
決して引くほど臭くはないが、クライシスは丸一日以上水浴びをしていないはずだ。
成人男性特有のクセのある匂いが頭の中に広がり、ペペロンチーノはくらくらとする感覚を味わった。
「ぽわわ~ はぁ……クライシス様ぁ… 好き」
その後、ペペロンチーノは持ってきた魔法のナイフを取り出した。
クライシスの鍛えられた肌はとても丈夫で、ペペロンチーノの口にある未成熟な牙では出血させることさえ出来なかったのだ。
「どっ こっ にっ しっ よっ おっ かっ なーっ。 やっぱり首筋にガブリかなぁ? いや、脇の下ってのもエッチかも!」
そんな風にナイフ片手に心躍らせていた彼女であったが、途中で何もしらずにスヤスヤと気持ちよさそうに眠るクライシスが視界に入り、ふと自分の中に罪悪感が生まれてしまった。
「……やっぱり、マスターに黙って血をもらうのは悪いことかな? うーん」
そう思いつつも、我慢できずに再びクライシスの匂いを嗅ぎ始めたペペロンチーノ。
「えへへぇ。やっぱり好い匂ぉーい」
それがきっかけで、ペペロンチーノの理性はみごとに吹き飛んだのであった。
おもむろに服を脱ぎだすと、もう気づかれても構うもんかといった勢いで、寝ているクライシスの上にべったりと覆いかぶさる。
そして、はァ、はァと吐息をさらに荒くさせながら、血走った眼でクライシスの身体をなめまわすように凝視しだした。
「いいよねっ もういいよね?!」
そしてついに彼女は決断すると、手の中のナイフをクライシスの首筋目掛けて容赦なく突き刺した。
だがその瞬間、それまでそこにあったクライシスの姿は、まるで幻のように跡形もなく見えなくなってしまった。一瞬で消え去ったのだ。
「ほえ?」
ペペロンチーノは何が起こったか分からずに呆然としていると、とつぜん何者かによって背後から引っ張り起こされた。
振り返る間もなく腕一本で拘束され、その細い首筋には魔力の込もった人差し指を突き付けられた。
「……こんな夜中に襲ってくるとは。 あなたはゲンサイの放った刺客ですね?これからたっぷり情報を吐いてもらいます。覚悟してくださいね」
「マ、マスター。 私ですぅ」
「は? ……なにやってるんですか」
飽きれて、ため息をつくクライシス。
片腕の拘束から解放され後ろを振り返ると、そこには月明りに照らされた黒髪の美剣士が立っていた。
「うへーん、だってクライシス様が血ぃすわせてくれないんだもん!」
「ああー、そういえばそうでしたね……」
今にも泣きそうな顔のペペロンチーノ。
それを見たクライシスは、やれやれと思いながらもこう言った。
「仕方ありませんね。 ですが首筋は痕が残るので勘弁してください。せめて指先で」
「やった! じゃあ早速ですが、いただきまーす! …んちゅ」
するとペペロンチーノは、とても美味しそうにクライシスの血をちゅーちゅー吸いはじめた。
「はぁ、…ったく」
その時ペペロンチーノは、服を脱ぎかけていたためほとんど下着姿になっていた。
しかも月明りのせいで、クライシスの目にはそれがハッキリと映ってしまったのだ。
羞恥心を感じ、クライシスはそっと目を逸らす。
しかし肝心のペペロンチーノは血を吸うことに夢中で、クライシスの表情の変化にはまったく気づいていなかったのであった。
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