Act.3「誘いは空から」.4
「計算なら、そろそろ大気圏に突入する隕石があるはずだ」
「あ、キラキラ強まった。燃えてるってことだよね」
照偉たちが見上げた空で、隕石の耀きが強まる。ゆっくりと近づいてくる災害は、さらに数発のミサイルを受けてなお健在だ。軌道を逸らすこともできない。
「一番デカいのはエベレストに落ちる。あれが日本の真ん中に落ちれば、九州から北海道まで円で囲んだ内側が壊滅するだろう」
「威力高すぎて笑うわ。そんなにやばいのね」
「恐竜が滅びた時と同レベル以上だよ。その周りの小さいものでも、都市に落ちれば東京くらい壊滅だろうね」
直径十キロで恐竜は滅びた。その倍近い隕石。本気で世界が滅ぶ。
「マジやば。つーか、なんかひりひりする。目ぇ痛い」
「隕石の光だな。日陰に入ったほうがいい。正面だけ黒ギャルになるぞ」
「ははっ! 死ぬ間際に日焼けにビビるとかあたしら頭おっかしー!」
少なくとも、東京から逃げようとした人たちより頭はおかしいだろう。
ただ、強烈な光のせいで、先ほどまでのように隕石を見ているのは難しかった。腹を抱えて笑う彼女を手招きして、給水タンクの影に入る。
「死ぬ間際なんだ。後悔無しで死にたいだろ」
「後悔しない人生なんてありえないから。今あたしは先週までにパフェとカラオケに行っとけばよかったと後悔してる!」
「大変だな。青春を満喫するのも」
「同い年の癖に言ってることジジくせぇぞ」
空気を押しのけて、巨大な物体が近づきつつあるのがわかる。地上の悲鳴は大きくなり、誰もいない校舎の窓がビリビリ震える。
誰もが理不尽に、平等に、消え去るだろう。
並んで座った二人。姫織は照偉を見る。
「テイっち、彼女とかいた?」
「いるわけないだろう。こっちは陰キャの宇宙オタクだぞ」
「いない歴年齢?」
「年齢」
何を言わせたいのか。最後の瞬間だというのに自分の心を抉る陽キャを、恨みがましく見る。しかし、それもすぐにやめる。
目をぎゅっと閉じ、脂汗を浮かべた少女の手が、自分の手を掴んだから。
「こんな美少女が隣で死んであげるんだから、光栄に思ってよ」
「……ああ。人生最高の瞬間だ。間違いなく」
全てが滅びる。その瞬間、誰かが隣に居てくれる。それだけで何か救われた気分になる。
彼女の爪が手の甲に痕を残すのも、別に気にならなかった。陽キャも怖いものはあるのだと、何か気が楽になった。
「痛いかな」
「落ちた場所によっては、苦しい思いをするかもしれない」
「いやだなぁ……綺麗に吹き飛ばされることを祈ろ」
少しだけ影から顔を出して見てみると、迫りくる隕石が見えた。こんなに早く落ちてくるとは、照偉も思っていなかった。
震える姫織の手に、少し意識を集中して。
「大丈夫。もうすぐ、終わる」
そこからどれだけ時間がかかったか。ほんの一瞬のようにも、数時間の長さにも思えた。ただ、痛みを感じる暇すらなく、何もかもが吹き飛んでいったのが、彼の最期の記憶だった。
*
――ここは?
目を開いたつもりなのだけれど、周りが見えない。体を起こそうとしたのに、手足が言うことを聞かない。
隕石で吹き飛んだはずでは?
そう思った矢先、目の前に光が広がった。
『おーい、起きた? 起きてるよね。アタシの言ってることわかる?』
――誰だ? なんで僕は……。
『量子パターンが安定しない。まだ意識がはっきりしていない……いや、状況を認識できていないのかな。仕方ないよね、長年眠ってきたわけだし』
――眠っていた? 僕が?
『少しずつ説明するから、また少し眠っていてね。そしたら今度は、きちんとお話できるから』
――ま、待って!
ブツン、と視界が途切れる。
真っ暗闇の中で、握られていた手の感覚を探る。どこにもない。
それでは、今の自分が本当に矢作照偉なのか。自己証明すらできなかった。
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