Act.1「鋼の中で目覚める」.1
――目を覚ました時、目の前が真っ暗だとどう思うだろう。
――ああ、まだ夜だったかと思うだろう。
――しかし、腕や足を動かせなかったら。そもそも、体の感覚がなかったら。
――眠る前は先ほどまで確かにそこにあったものがなかったら。
「おーい、起きた? 起きてるよね。私の言ってることわかる?」
光に照らされたヒトの頭ほどのサイズの機械に、少女が一人話しかけていた。白衣に身を包んでいるが背丈は小さく、顔も幼い。白衣の裾は地面を擦り、頭頂部に生えた長い耳は不安げに揺れている。
隣に並んだ計器には、奇妙な波形が記録されており、脳波のようなブレを示す。
「量子パターンが安定しない。まだ意識がはっきりしていない……いや、状況を認識できていないのかな。仕方ないよね、長年眠ってきたわけだし」
声をかけると、反応したのか、少し波形の動きが大きくなる。だが、それは望むものからまだ遠い。ヒトで例えるのなら、寝起きのまどろみの中にいて、すぐにでも二度寝してしまいそうな状態だ。
ここで無理に起こすのは、ヒトと違って悪手だ。
「少しずつ説明するから、また少し眠っていてね。そしたら今度は、きちんとお話できるから」
眠りたいのなら寝かしておこう。そう少女は判断して、計器と機械をスリープ状態へと移行させた。
「博士、システムは完全にスリープしました」
「うん、ありがとう。突発覚醒にだけ気を付けて。あとは交代で状態観察を」
「はい。みんなにも伝えておきます」
「おねがーい」
少女は仲間の、部下である年上の研究員に手を振って、その部屋を後にする。
巨大な地下研究所。分厚い氷の下に造られたこの研究所は、彗星と小惑星を改造して作った宇宙ドッグ。人工重力発生装置で機能する、小型コロニーだ。
「あれ、また日付変わってた。おはよう、ロンドミナス」
このコロニーが周回する恒星ロンドミナス。少々年老いた太陽で、数十億年後には周りの惑星が一つ二つ太陽に飲み込まれてしまうだろう。
そこに、この研究所はあった。ひっそりと、人目を忍ぶように。
「アーブ博士、こちらにおられましたか」
アーブ、そう呼ばれた少女博士は、声の方へ振り返る。そちらにはトラを思わせる屈強な男性がいた。こちらは白衣ではなく、軍服のような無骨な恰好であった。
「ん、どうしたの。まだ早朝シフトだよ?」
「また徹夜ですか。少しはご自分の体をいたわってください。まだ成長期なんですから」
「ぬー、私がそう言った気遣い嫌いなの知ってるでしょ。子ども扱いしないの!」
彼女は、見た目通りまだ子どもだ。ただ、その類まれなる能力を持って、この研究所へ招かれた。
「それで、何かあった?」
「発見されました。博士の予想通り、確保完了しました」
「やったぁっ! さっすがだよ。これであの子の覚醒が確実になる。今の体に積んでたら、余計なノイズとデータでパンクしちゃうかもしれなかったからね」
どうやら、アーブ博士の望む何かが見つかったらしい。それに喜ぶ様子は、新しいおもちゃを買ってもらった子どもにしか見えない。
「しかし、問題が一つ」
「ん?」
「発掘と運搬で、到着は最低でも一か月かと」
部下からの言葉に、露骨に不満げな顔をした少女であった。
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