第98話 会議で踊れ
正体を明かしたフリークに、真っ先に反応を示したのはドワーフのブルゴン大臣だった。
「貴様は…! その憎々しい顔は忘れもしないぞフリーク! お前のような卑怯者の大犯罪者が今更なにしにやって来た!? どのみち、今度こそ処刑台送りにしてやる。衛兵!衛兵!」
ブルゴンがそう叫ぶと、会議場の外から武装した多数のドワーフ兵士が流れ込んできた。
兵士たちによって、ダイバー達は一瞬で取り囲まれてしまった。
「聞いてくださいです! たしかにフリークさんは昔は悪い事をしたかもしれませんが、今はそんな事はありませんです。フリークさんは私たちの仲間なんです!」
「フン、やはり認めるか。聞いたでしょうよ王。こいつら人間も大罪人と同類らしい。やはりロクな輩じゃなかった」
すぐさまブルゴン大臣は腕を振り下ろし、兵士たちに攻撃の合図を出した。長剣を持った兵士たちが一斉に突撃してくる。
するとネベルがすかさず間に割って入り、ドワーフの兵士をすべて薙ぎ払った。
そして追撃のために、再びエクリプスを構える。
「ストップ!ネベル! もう攻撃するな! それ以上やったら、彼らと本気で戦わなくちゃならなくなるぞ」
「……ッ そうか……っ」
マックの忠告によりネベルは追撃を止める。
だがしかし、ドワーフ達の包囲網は依然として継続されたままだった。
ジ・ガルゴン王には自らの戦斧─シャイニングエコーを常に携帯しなければならないという事情がある。そのため、この会議には武器の持ち込みが許可されていた。
その事が厄いした。今では事情を知らないはずの蜥人族やワンダフル将軍たちまでもが、それぞれの武器を構えダイバー達の方に攻撃的な視線を送っていたのだ。
指名手配されている国で、自らの正体を安易に明かせばこうなるという事は、賢いフリークなら分かっていたはずだ。
結果、一瞬でダイバー達は孤立無援となってしまった。
しかし、フリークにはどうしても我慢出来なかったのだ。
そうまでしても、ミタイ理想の世界が彼にはあったのだ。
「貴方達は、どうして互いに協力しあおうとしないのですか。そのための会議ではなかったのですか? ……それとも、もしや貴方がたは団結すること自体を恐れているのですか?」
「何っ、恐れているだと?」
「ええ、そうです。あなた達は恐れているのですよ。かつての魔王軍のように、自分たちも神の裁きを受けることをね」
「「……………!!!」」
およそ500年前。
勇者が死するとき、魔王は人間族すべてを道ずれにして滅んだ。
寵愛していた人間族を奪われ、神々は大いに怒り、魔王に協力していたゴブリンやハーピィ等のあらゆる種族に、恐ろしい呪いのような神罰を与えたのだ。
その歴史は、この世界に今も深く刻まれている。
「新しい人間たちの科学力は尋常じゃない。なにせ代償なしで瞬間移動が出来るんです。 そんな相手に、私たちが団結しないで勝てるはずがないでしょう」
「しかし……」
「恵まれた大地と魔素が周りにあった私たちは、いつでも自分と自分の種族のことしか考えていませんでした。それに神という絶対的な存在を畏れる気持ちは分かります。 今まではそれで良かったかもしれません。ですが今は、神なんて見えなくて不確かで不安定なモノを、恐れている場合ではないでしょう!!我々の間近にはとんでもない危機が迫っているのだから」
フリークは自分自身の体験から、神という存在の気まぐれな本質を見極めていた。
神達は自分の思うがままに世界を造り破壊していく。
フリークは、いつまでも不条理な支配者を畏れ、妄信し続けていてはいけないと感じていた。
だが話を聞いた他のミュートリアン達は違った。ただただ恐れ知らずな彼の発言を恐れたのだ。
「もう一度、全員で知恵を出し合いましょう。協力すれば、きっとクローンに対抗できるアイデアも生まれると思います。それが私たちの世界が進歩するための第一歩です」
「もういい……! 奴は危険だ。今すぐ殺せ!!」
ジ・ガルゴン王は、衛兵たちにそう命令した。
だがその直後、一人の人間が声を上げた。
「やめろ!!!」
そう言ったのは、〈ゼルエル〉のガリバー・ゼムスだった。
「ガリバーッ? お前がどうして我の邪魔をするのだ」
「あーっとね、私はこの世界の過去になんて興味もないけど、単純に彼の話は聞く価値があると感じたんだよ」
「……それは、お前のタレントがそう言ってるのか?」
「あっはっはっは。いいや? 頭に血の昇った今のあなた達よりは、建設的な会議ができると思っただけだが?」
「……ウム」
するとガルゴン王は、持っていたシャイニングエコーを地面に下ろしてこう言った。
「いいだろう。話してみるがいい」
「……ありがとうございます」
──そしてフリークは、かつて在った弱い人間達の世界についての話を始めた。
弱い人間達は互いに力を合わせる事で、エルフの魔法をも超越した科学文明を築き上げた。
繋がる事は想像を超えた力をも産む。
そして自分達も彼らのように、種族の垣根を越えた共同体の未来を目指すべきなのだと。
「以前までは私たちも成長する必要のない強者だったかもしれません。ですが異世界からやって来た人間達は、知恵という次元の違う力を持っていました。彼らがクローンを使い侵略戦争を仕掛けてきた以上、弱者に回った我々はそれに抗う手段を取る必要があると思うのです」
すると、ニャルラト隊長はフリークにこう尋ねた。
「この戦争で我々全員が協力しなければ勝てない理由は理解できた。しかし、この戦争が終わった後も協力しなけらばならない道理は一体なぜなのだ?」
「この世界は18年前の魔合と神の裁きにより、とても大きなダメージを負いました。小さくても残虐な争いや略奪は絶えることなく、もう一度大きな災害が起きれば、不安や恐怖が伝播しやがて世界は混沌に完全に飲まれてしまうでしょう」
「なるほど。つまり、私たちが生き残るための共同戦略というわけか」
「はい。互いに支え合う事が出来れば、どんな災禍もきっと乗り越えられます」
人間族は劣っていたがバランスよく何でもこなせる種族だった。人間文明が、人間種だけの楽園を作り上げられたのもそれが原因なのかもしれない。
一方で、魔界の種族の大半は尖った性能しか持たない者が多い。ドワーフは鍛冶。エルフは魔法などだ。
しかし、異なる者でも互いに短所を補いあえば、きっと楽園はどこにだって、誰にだって生み出せるのだ。
いつしかフリークの理想はみんなに届いていた。
もうフリークを犯罪者と罵る者は誰も居なかった。
しかしジ・ガルゴンはこう言った。
「貴様の話には一理ある」
「あ、ありがとうございます…!」
「だが、少々具体性に欠けるな。貴様の描くコードブレイン社を倒した後の共同体世界とは、例えばどういう事が起きるんだ?他の種族との交流が盛んになれば、それだけ犯罪や他種族との戦争も増えるのではないか?」
「……そういった可能性も十分にあります」
それを聞くとブルゴンはこう言った。
「ほうらっ やっぱり危ないじゃないですか。やめましょう。こんな話に乗ってはいけません」
ブルゴンはどうしてもフリークが嫌いなのだ。
大臣の話を聞いて、ガルゴン王も再び考えこみだした。
するとそれを見ていたキャンディが、彼らにこう提言した。
「将来的には危ないことも起きるかもしれないですが、今からそれらの可能性を全て考えていては、決して前に進むことは出来ません。なのでまずはフリークさんの言うように目の前のことから考えてみてはいかがです?」
「ふむ、というと?」
「互いの不足を協力しあうのはどうでしょう。例えばです。白麗族の方達はクローンとの戦いで荒れた白絹の森の復旧作業が遅れていると聞きましたです」
ニャルラト隊長は頷く。
「ええ、破壊された森だけじゃなく村の建物も立て直しが進んでいません。古い家が多く、勝手の分かる者がほぼいないのです」
「だったら、復旧をこの国のドワーフ達に手伝ってもらうのはいかがです?ここに来るまでに街を見ていたらお分かりだと思いますが、ドワーフ達は高い建築技術を持っているので、彼らの協力があれば復旧もスムーズに進みますです」
そう言ってキャンディはバルゴンの方をチラリと見た。
「うん。なるほどのぉ。わしらが猫人族達の森の立て直しを手伝う。その代わりに、猫人族達にケイブロングヴェルツの防衛に参加してもらうというわけか!」
「そういう事です!」
するとニャルラト隊長はこう言った。
「交換条件というわけですか。確かにその条件なら、こちらも協力させていただきます」
「それは本当か?!」
「はい。この後にでも森から戦える者を呼び寄せましょう」
「ウム、こうもあっさり。これが共同体世界なのか…?」
次にキャンディは蜥人族達に話をしようと思った。しかし彼女は蜥人族について何も知らなかった。
それを見かねたチャードが助け船を出す。
「たしか…… 蜥人族様の暮らすガクリュウの樹海は、毎年夏になると豪雨により家が流されたり食料が不足したりするのだとか。それも解決するんでしょうか?」
「な、に?」
バフェモスは、チャードの言葉に思わず強い反応を示した。
ガクリュウの樹海はドラゴンの加護がある自然の恵み溢れる豊かな土地だが、夏の豪雨だけは彼等の敵であり、バフェモスの妻もその雨に飲まれ命を落としていた。
ガルゴン王はこう言った。
「家が足りぬなら幾らでも建てよう。食料が足りぬなら幾らでも届けよう」
「本当か」
「ああ、本当だとも友よ」
さらにフリークもこう言った。
「大雨に強い植物ならいくつか心辺りがあります。それをお教えしましょう。もちろんこの後すぐに」
西大陸にすむ蜥人族達はこの豪雨問題に何百年もの間頭を抱え続けてきた。
しかし、とあるエルフが東大陸で見つけた千年草という湿地に生える植物が役立ち、食料問題は一瞬で解決したのだ。
だが勘違いしないで欲しい。ガクリュウの樹海の豪雨問題の解決策が判明した事もこの日を迎えられた事さえも、すべて彼等が前を向いて進み続けた成果の一部なのだ。
そしてニャルラト隊長はこう言った。
「わたし達は賛成です。この戦争に参加します」
またチャード・フルーレムも、アルカイック商業組合を代表して、共同体世界に同意したのだった。
だがそれでも、老使者バフェモスは、最後まで対クローン戦争参加への同意は渋っていた。
「フリーク。そしてキャンディとやら。お前たちがしてくれた提案はとても素晴らしい物だと思う。正直とても魅力的だし、今すぐ我々も同盟に加わりたいくらいだ」
「だったらどうして…」
「蜥人族は誇り高い種族だ。きっと、わたし達の同胞はよそ者の言いなりになったと言って納得しないだろう。 そこで不可視の獣に頼みがある」
突然呼ばれた自分の名前。久しぶりに聞いた昔の呼び名。
ネベル・ウェーバーは顔を上げた。
「……なんだ」
「わたし達にはドラゴンの生まれ変わりとしての種族の誇りと、恵みの土地ガクリュウが与えてくれた深い歴史の二つの尊ぶべき物がある。だがもう一つ、強者による正々堂々とした決闘を重要視しているのだ。そこで貴様には、ここにいるリュウの戦士ニーズヘッグと戦ってもらいたい。もし最強と名高い貴様が勝てば、わたし達はすべての条件を快く飲もう」
それは先ほどからネベルをチラチラ見ていた蜥人族の男だった。こんな会議に皮の胴当てを付けてくるなど変な奴だと思っていたが、ようやく合点がいった。手には竜の牙のような形の片手剣を装備していた。
ニーズヘッグは長い爪の生えた指をくいと曲げ、ネベルを挑発した。
それを見たネベルはにやりと笑った。