第97話 世界会議
チャード・フルーレムが書状を出してから一週間が経った。
本日午後、ついに世界会議がロックキャッスルの会議場にて執り行われる予定である。
結局、書状の返答が返ってきたのは、先の暗黒洞窟での一件で身内が被害にあった種族たちだけであった。
チャード・フルーレムはそれら以外の蛇人族や牛人族などの種族国家にも世界会議に招待する旨の手紙を送っていた。しかし、どの種族も自分たちは関係ないと主張し、必要以上の他種族への接触を避けたのだ。
数日前、ガルゴン王とチャード・フルーレムは、参加者たちの名簿を見ながら二人で話し合いをしていた。
「……まあ、こんな物だろう。これだけ集まっただけでも上出来だ」
ドワーフの王は獣人族たちが会議の参加をしぶるだろうという事を前もって予測していた。
「はい。全くもってその通りです。あとは各種族が出す戦力の調整と、戦争の後の報酬の分配が大きな議題となりそうです」
チャードは会議に参加する予定国の情報が書かれた書類に、順番に目を通していく。
「ウム。こういった事は初めてだ。きっと会議は難航するだろう。ところで、あのアルヴヘイムにも書状を出したとは本当か?」
「ああ、申し訳ありません。世界会議といえどドワーフの国で開催されるのですからエルフを招待していいかは一応確認を取るべきでしたね。しかし残念ながら、エルフたちは不参加のようでした。返事が返って来なかったのです」
「ふむ、そうか。いや、気にしないでいいぞ……」
ガルゴン王はケイブロングヴェルツに嫌われ者のエルフを招待する事などよりも、幻の王国にどうやってチャードが連絡を取ったのかについて感心を持った。
会議はロックキャッスルの中で最も古く、石でできた広い部屋で行われる。
中央には大きな円形テーブルが配置されており、そこでドワーフ達は何千年も重要かつ複雑な話し合いを行ってきた。
ダイバー達が会議場に入った時には、すでに出席者のほぼ全員がそろっていた。
席は5つあり、入口の真向かいはまだ空白のドワーフ王の座る席だ。
その右隣には〈ゼルエル〉の代表としてガリバー・ゼムスが着席している。彼の後ろにはシリカが起立して控えていた。
〈ダイバーシティ〉の席は、〈ゼルエル〉の隣だった。
マック、フリーク、キャンディ。そしてネベルは、指定された自分たちの定位置へと向かった。
「どうしますです?椅子に座れるのはどうやら一人だけみたいです」
「ヘイ、ここは公平にジャンケンで決めないかい」
「ほうジャンケンですか! プククッ、私は強いですよー?」
「フリーク、魔法を使って心を読んだりするのはナシだからな」
「いッ、嫌だなぁ~ そそそ、そんなことッ するはずないじゃないですかぁ。 ハハ…」
「…………」
そうして白熱した戦いの末、椅子に座る権利を勝ち取ったのはネベルだった。
他の三人は会議の間中、ネベルの後ろで立っていることになった。
ネベルはエクリプスを椅子の側にたてかける。
ガルゴン王が妙なことを言っていたので、戦闘装備は無いが、剣だけ一応もってきたのだ。
すると、ダイバー達に親し気に近寄ってくる者が現れた。
「お久しぶりです。ダイバーの皆さま」
そういってネベル達に声をかけてきたのは、猫人族の代表としてやって来た白麗族のニャルラト隊長だった。
「ム、アンタは確か、白絹の森の兵士だったな」
「ええ、そうです。あの時私たちの森をクローンの魔の手から救って頂いた事、とても感謝しております。 今度は私たちが、あなた様方の力になりますよ」
「そうか。助かる」
ニャルラト隊長の後ろには、ワンダフル将軍という犬人族の兵士がいた。
二つの種族はあの戦いの後に和解する事ができたのだ。
現在は、二種族が力を合わせて森の復興作業に勤しんでいるという。
ワンダフル将軍も、ネベルの元に近付いてきた。
「あなたが妖精様の第一の下僕で在らせられるネベル様でありますか。お噂はニャルラト隊長からもよく聞いていますよ」
「……ン? はぁ?」
「ところで、妖精様は今どこにいるので? 是非とも拝謁させてはいただけませんですか」
猫人族と犬人族は、豊穣神ハーグクレムと関わりがあると言われている妖精を神聖視しているのだ。
「…………フンッ ピクシーなら、二日前から食いすぎて寝込んでるよ!!!」
「ネ、ネベル様?」
再び召使い扱いされたネベルは、イラつきながらそう答えた。
次にネベルに話しかけてきたのは、〈ゼルエル〉のガリバー・ゼムスだった。
「どうもこんにちは。えーっと、昨日ぶりだね。ハハ」
「ああ」
「あなたは確か、ネベル・ウェーバーであってたよね。どうぞよろしく」
「ああ、よろしく」
ネベルは彼と握手を交わした。
「あーっと、あれ?ディップっていう人は何処にいるの? 私、昨日会おうって言ったと思ったんだけどな……」
「ああ、悪いな。アイツは馬鹿なんだ。だからこういう所には来たくないんだとさ」
それを聞いたガリバーは何とも言えない苦笑いを浮かべていた。
「ハハ…彼とはもう少し話したかったからちょっと残念だよ。でも、君も必ず会議に出る運命だと思っていたよ」
「ム?」
ガリバーの運命という言い方は、余りにも大げさすぎるだろうと感じた。
何らかの予測をしていたとしても、それがどうしてなのか気になったネベルはガリバーにそう尋ねようとした。
しかしその時、ちょうどジ・ガルゴン王が会議場に入室してきたので話を中断せざるを得なくなった。
王の登場により、場の空気が一気に張り詰めるのを感じた。
「ウム、待たせたな。それでは我々がクローンに対抗するための世界会議を始めるとしよう」
──世界会議には、全部で6つの種族5陣営が参加していた。
ドワーフの国ケイブロングヴェルツからはガルゴン王、ブルゴン大臣、戦士バルゴンが同席している。
白絹の森からは、猫人族と犬人族の合同参加だ。
ガクリュウの樹海は蜥人族の故郷で、目の見えない年老いた文官と屈強な戦士が来ていた。
アルカイック商業組合はチャード・フルーレムのみ。
そして人間達からは、〈ダイバーシティ〉と〈ゼルエル〉のそれぞれの代表が集まった。
個人的にネベルは、さっきからずっと此方をチラチラ見てくる蜥人族の戦士の存在が気になっていた。
──ガルゴン王は、この重要なはず世界会議が他国の者たちに軽んじらているという事をヒシヒシと感じていた。
会議にやってきたのは軍人や役人だけで、王のような重要人物を派遣してきた国はどこにも無かったのだ。
不満や苛立ちはあったが、それでもガルゴン王は集まった獣人族たちとの交渉を開始した。
──今度の戦は100万規模の兵士が互いに命を削り合う。
クローン軍に対抗できる軍力を出資可能な国は、主催のドワーフ国を除けば犬猫人族同盟、アルカイック商業組合、リザーマンの同盟に限られている。
よって会議は、この三者を中心に話が進むと考えられていた。
どの陣営もクローンの軍隊と戦う意思事態は持っていた。
だが彼らの主張は、ガルゴンの思惑とはかなりズレていたのだ。
蜥人族の老使者バフェモスは、ガルゴンが早速ケイブロングヴェルツの防衛作戦についての話をはじめようとすると、すぐにこう口をはさんだ。
「勘違いしないで欲しい。わたしたちは貴国の防衛には一切参加しない。ただ同胞が受けた無念を晴らすだけだ」
「な、何をいっている。それは話が違うのじゃ!」
「何も違くはないぞ、バルゴン殿。 あなたには同胞を助けてもらって感謝をしているが、あなたの国の戦争とはまた別の話。よって、あなたたちにはクローン軍の情報だけを寄越してもらいたい」
すると、それを聞いたマックはこう言った。
「ヘイ、情報だけもらってどうする気だい? まさか君たちだけで、〈ガブリエル〉に突っ込むなんて言わないよね」
「無論。そのつもりだが」
「リアリィ???」
「わたしたち蜥人族は、ドラゴンの生まれ変わりと言われている最強の種族なのだ。爪も鱗も無いただの人造人間ごときに負けるはずがない」
老使者バフェモスは、さも当然の如くそう語っていた。
彼ら蜥人族の中では、種族の誇りと培った歴史こそが最も尊ぶべきものだったのだ。
─なんて傲慢で自分勝手な奴らだ─
ガルゴン王はそう思うと小さくため息をついた。
そしてさらに、蜥人族陣営の発言を聞いた白麗族たちはこう言った。
「私たちもケイブロングヴェルツでの戦争には参加できない。そこにいるダイバー達に限っては多大なる恩はあるが、貴国にはなんの義理もない」
ニャルラト隊長らは、暗黒洞窟での救出劇もダイバー達の活躍によるものだという事を知っていたのだ。
ガルゴン王はおもわず頭を抱える。
「チャードよっ、貴様らアルカイック商業組合はどうするつもりなのだ?」
「はい。ワタクシどもの意向は変わらず、共にクローン兵と戦いたく存じます」
「そ、そうか!」
「しかし今の勝算が全くない状況では、こちらとしては兵力など出すわけにはいかないですね」
「うぬぬぬぬッ!!!」
とんだ茶番だった。下らないもめ合いを始めるミュートリアンを見て、人間達はそう思った。
その時ネベルは、フリークが自分の2000年の生涯を打ち明けた時の話を思い出していた。
─異種族の者が互いに協力することなど出来ず、そこには争いが生まれるだけ─
クォークの予言はこの光景を指していたかもしれない。
「いい加減にしろッ!!貴様らの主張はすべておごりに過ぎないぞ! たった一軍で、クローン兵に勝てるとでも思っているのか?!」
「やってみなければ分からん」
「やった事がないからそう言えるんだ」
「クローンなんて、太ったドワーフなんぞに負けているような情けない奴らだろう。どうせっ、大した事はあるまい」
「なんだとトカゲー! いま我々の種族をバカにしたのか!?!」
「ふ、何もおかしくない。蜥人族の美しい鋼の肉体に比べれば、短手短足のドワーフなど見るに堪えんよ!」
バフェモスの挑発でついにブチ切れたガルゴン王は、シャイニングエコーを手に取る。
それと同時に蜥人族の戦士が鋭い牙のような剣を抜刀し、バフェモスを守るように進みでた。
だが、凄まじい技量を持つ二人の戦士が互いの身体の斬りかかろうとした瞬間、同時に両者の半身は一瞬で氷に覆われた。
「はぁっ、はぁっ ……二人ともやめてください。 冷静になって、私たちの世界のこれからをきちんと話し合いましょうよ」
「貴様ッ…! たしかフリリャンセとか言ったな。王に向かって魔法攻撃を仕掛けるとは、覚悟はできているのだろうなぁ!!」
「…………」
するとフリークの姿を見て、ワンダフル将軍はいぶかし気にこう言った。
「わん? エルフは不参加のはずじゃなかったか? お前みたいのがどうしてこんな所にいるんだ」
バフェモスもこう言った。
「その通りだ。ここは重要な話し合いをする場所なのだ。関係の無い野良エルフは、黙っていてもらおうか」
「……そうですね。…フゥ……ですが少なくとも、エルフでも私だけは部外者ではないと思いますよ」
(なにせ私が、クローンを作った人類をこの世界に呼び寄せたのですから)
するとフリークは、自分にかけられた性転換を解き元の男へと戻した。
その姿に皆の目が釘付けとなる。
「男のエルフッ? お前はまさか!?」
「この現状を理解してください。敵はこの世界のすべてを贄として、自分たちだけに都合のいい楽園を作るつもりなんです!私たちが自由を勝ち取るためにも、世界は変わるべきときが来たのです」