第94話 イノセント・ロマンス
ロンドが街の中を歩いていると、工房区域方面の曲がり角から出てきたアスカ・シャムと出会った。
この国の案内をしてもらえる約束を思い出したロンドは、すぐに彼女に声をかけた。
「おーいっ アスカちゃーん」
ややうわずった声で、大きく手を振りながらそう呼びかける。その時の彼の心には不思議な高揚感があった。
―もしかして、これがディップさんがよく言うデートってやつなのかなぁ―
ロンドはこの後の時間を想像すると、とてもワクワクした。だが、彼女の様子がどこかおかしい事に気が付いた。
「……なんだ、ロンド君か」
「あれ、どうしたの? なんだか元気がないみたいだね」
「うん。ちょっとね」
少女は暗い顔をしていた。彼女は先ほどまで、ネベル達と一緒に第一工房室にいたのだ。
「ねえ、あなたもネベルって人の仲間なんだよね」
「うん。そうだよ! ネベルさんがどうかしたの?」
「……アスカの話、聞いてくれない?」
同じ年ごろの可愛い女の子に、このように上目づかいでお願いされては断れるはずは無いのだった。
ロンドはアスカに連れられ、彼女のお気に入りの場所へと向かった。そこは二人の他には誰も人のいない高台にある古い廃坑跡で、ケイブロングヴェルツ全体が一望できた。
彼らは腰かけるのにちょうどいい岩を見つけた。そしてロンドは、彼女から工房で起きたエクリプスに関わる一連の出来事を聞いたのだった。
「アスカには難しすぎて、正直みんなが何の話をしているのかほとんど分からなかったの」
「そうなんだ」
「でも、あんな顔したおじいちゃん、初めてみた……」
いつもドワーフのように陽気で、あの頑固者のオルゴンと居るときも苛立った事が無いほど大らかで優しい祖父のハリス。それがあの時だけは、まるで人が違った亡者のような形相をしていた。
ロンドもネベルの持つエクリプスが特別な力を秘めている事は十分知っていた。しかし彼女の話を聞いて、その力が自分の理解をさらに超えるものだったと分かった。
「やっぱりすごいなぁ ネベルさんは」
するとアスカは、ロンドに向かってこう言いたてた。
「おじいちゃんの方が凄いよ!世界一のメカニックなんだよっ? なのに…、おじいちゃんも知らないようなテクノロジーを、どうして他所から来た人が持ってるの? もしかして、ダイバーってみんなそうなの?」
「ううん、ネベルさんは特別だよ!〈ダイバーシティ〉のダイバーは嫌ってる人が多いんだけど、ネベルさんは元々コロニーの外で活動してた不可視の獣っていう有名なダイバーだったんだ。凄く強くて、どんな場所でもレリックの発掘が出来て……、おれの憧れなんだ」
ロンドは自分がまだ見習いダイバーで、一人前のダイバーへとなる為にこの旅に同行を志願した事を話した。
「ふーん、ロンド君は自分のやりたい事をやってるんだね」
「うんっ」
ロンドは笑顔で頷いた。
「でも、アスカちゃんだってそうだよね? 技術工房部で手伝いをしてるって言ってたじゃん」
「うん。まあね…」
するとアスカはしばらく悩んでいた後、ロンドに自分の本心を明かした。
「……実は、わたしも憧れている人がいるんだ」
「そうなの?」
「うん。知ってるかな? シリカ・トネックっていうクール系美人」
「(クール系美人、クール系美人…………) ああ! もしかして、ガルゴン王の横にいた人?」
「うん!それ」
彼女の憧れているシリカ・トネックとは、一言でいうなら完璧超人だ。
化学に詳しい研究者でありちょっとエッチな秘書でもある彼女は、事務仕事から戦闘までを一切合切なんでも卒なくこなしてしまう。
〈ゼルエル〉の使長のガリバー・ゼムスが常に気の緩んだ人間であるにもかかわらず、こうしてドワーフ達と上手くやっていけているのは、彼女の能力に助けられている部分が大きいのだ。
「ああいうさ、カッコいい女の人になりたいんだよねー」
「あの人にかー。それはいろんな意味で大変そうだねぇ」
ロンドは記憶の中のスラっとしたシリカの姿と、目の前の子供体型のアスカを見比べた。
「ちょっと~ 今すごく失礼な事かんがえたでしょ!」
「うヷッ そ、そんなことないよッ」
咄嗟に胡麻化したため、口から変な声が出てしまった。ロンドはアスカに怒られると思ったが、彼女は深いため息をつくとこう言った。
「はぁ、おじいちゃんの手伝いで工房の仕事をしてるけど、本当は武器作りとかあんまり興味ないんだ」
「えっ そうなの?」
「うん。おじいちゃんの手伝いがしたかっただけだもん!」
そして彼女は再びため息をつく。
「でも、今日工房に来た女の子はわたしと全然ちがってた。凄い真剣だったの。あの子を見たらなんだか、何してるんだろうって…。きっとあの子は、おじいちゃんの難しい話も理解してたと思うの」
それに付け加えてアスカが、その女の子が時々「うひょひょ」だとか「んん~ ……///// こりゃたまらんですぅ」などと変な事を呟いていたと聞いて、すぐにそれがキャンディだと分かった。
確かにキャンディは少しおかしい女の子だが、機械に対してはとても真剣であることは〈ダイバーシティ〉のダイバーなら誰でも知っている。
だがしかしアスカが工房の仕事に興味がないからと言って、おじいちゃんの手伝いを疎かににしていたわけではない事は、少し話しただけのロンドでも分かった。彼女は素直でいい子なのだ。
アスカは必要以上に自分を責めている。ロンドは彼女を励ましたいと思った。
「……アスカちゃんはさぁ、ハリスさんの事が好き?」
「え? うん……。おじいちゃんは大好きだよっ」
「それなら工房に興味はなくても、おじいちゃんの手伝いはアスカのしたい事にもならないかなぁ?」
「ううーん…… そうかなぁ。 でも、わたしがしたいのはそれだけじゃないし……」
それでもまだ悩んでいる彼女をみて、ロンドはさらにこう言った。
「もう一人、おれの尊敬しているダイバーがいて、ディップさんて言うんだけど」
「うん」
「ディップさんは、ネベルさんに比べれば強くもないしカッコよくもないんだぁ。アハハ、でもダイバーとしてはとても参考になる人なんだよ。ディップさんなら、そういう時にはもっと欲張れっていうと思うな。欲しい宝が二つあるときはどっちも選べ!後で後悔するから!って」
「ふふふ、何それ。変な人ぉー」
「ね、可笑しいよね アハハ!」
(その時、酒場巡りをしていたディップが、大きなくしゃみをした。因果関係の有無は不明)
ロンドの話を聞いて、いつの間にかアスカから罪悪感からの緊張が抜け、自然な笑みが溢れていた。それを見るとロンドも嬉しくなった。
そしてアスカは、ロンドの自分を見守るような優しい笑顔に気づくと、まるで心の内を覗かれたような気がして一気に頬が赤くなった。
ふいと顔をそむけると、アスカはロンドにこう言った。
「あなたって、意外と大人なの? わたしもっとガキかと思ってたわ」
「えっ、なに?」
「っ……何でもないっ そろそろ行こう!」
するとアスカは突然立ち上がった。
「ええ? どこにさぁ?」
「言ったでしょ。この国を案内してあげるって。 おいでよ、一番のパンケーキ屋さんを案内してあげる」
「本当!? やったぁ!」
そういいながらロンドは飛び上がって喜んだ。
「よろこびすぎーっ そんなにパンケーキが食べたかったの?」
「ええっと、だってさー……。 これって、デートだよねぇ?」
「は。デート?!」
それを聞くと、アスカはその場で腹を抱えて笑った。目の前の少年は、自分が女の子にデートに誘われたと勘違いしていたのだ。
「っふふっふ 違うよ! そんなわけないでしょー」
「ええっ そうだったのぉ!」
ショックを受けたロンドは、その場で体育座りをして落ち込んだ。
すごく悲しんでいるロンドを見て、アスカは恥じらいながらこう尋ねた。
「……そんなに、わたしとデートしたいの?」
「え??? …うん!!!(純粋)」
ロンドは大きく頷いた。
アスカは再び背をむけた。
「バ、バカね。あなたなんかが、わたしとデートできるわけないじゃないっ」
「そんなぁ…」
だがその後アスカはこう言った。
「もっとカッコよくなったら、いつかしてあげるわ」
「うん!」
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