第93話 アホー
「金がない!」
ディップは困っていた。せっかく酒屋街に来たというのに、彼はこの国の金を持っていなかったからだ。
いや、実際は城を出るときに、王の配下からコインのつまった袋を渡されていたのだ。
しかし硬貨の使い道が分からなかったディップは、来る途中の道ですべて捨ててしまったのだった。
「くそー。なんてこった。こんなにたくさん旨そうな酒があるっていうのに」
ディップの目の前にはたくさんのアルコール飲料が並んでいた。
各ボトルの近くには木板のメモが置かれ、どの場所で造られたどんな酒かなどの簡単な情報が書かれていた。
メモは樹文字ではなく、獣人族にも広く扱われている葉文字で書かれていた。
どちらにせよ、ディップはそんな字など読めなかったが、そこにある酒はとにかく旨そうだと分かった。
「あ~我慢できねー ちょっとだけ、味見するくらいいいだろ!」
とその時、後ろから彼の名を呼ぶ者があった。ドワーフの戦士、バルゴンだ。
「おう、バルゴンじゃねえか。俺に何か用か」
「うん。おぬしが酒好きと聞いていたからのぉ。一緒にどうかと思って」
「おおっ そりゃちょうどよかったぜ」
「うん? 何がちょうど良いのじゃ?」
バルゴンがそういうと、ディップは突然激しくせき込んだ。
「ゴホゴホっ いや、ちょうど俺も酒を飲みたいと思っていたんだよ。(別におごってもらおうとか、思ってないぜ?)」
「……なにか胡麻化されている気もするが…… まあよい。ところでおぬし、辛い酒と甘い酒はどちらが好きじゃ?」
「んん? 何だって」
「この国は火酒と果実酒が特に美味いんじゃ。火酒はまるで火を喰うたように身体が熱くなって、果実酒はものにもよるがうっとりした気分になれるぞ。さあ、どちらだ」
「う~ん……、とにかく美味いやつだ!」
「グッハッハッハッ そりゃそうじゃな! よーし、とりあえず全部まわるぞー」
「さすがだぜバルゴン」
そうして二人は互いに肩を組むと、国中の酒場を練り歩いたのだった。
一方その頃。
ネベルはというと、ドワーフの技術工房部にやって来ていた。
〈ダイバーシティ〉を旅立ってから幾度も激しい戦闘を行い、エクリプスにも休養が必要だった。
この後には、クローンとの大きな戦いも待ち受けている。
技術工房部は、ケイブロングヴェルツでもとりわけ活気のある場所だ。以前から鉱石類の加工はドワーフにとって主要産業であったが、〈ゼルエル〉の人間たちと協力するようになってからはさらに活気が増したという。
ネベルはその中でも、特に優秀な技術者の揃っているという第一工房室に案内された。
するとそこでは、すでにキャンディがドワーフの鍛冶師たちから武具の加工技術を教わっているところだった。
といっても彼女は手取り足取り指導を受けているわけではなく、ただ工房長ゴ・オルゴンの仕事をかろうじて見学できていただけだった。
それでもキャンディはとても真剣な眼差しで、オルゴンが剣を組み立てる様子を観察していた。
ネベルは、オルゴンが作る剣を風変りだなと思った。
流石というべきか、刀身はまるで流水のような鋭い輝きを放っていた。それだけで鍛冶師としてのオルゴンの腕はすぐに分かった。
だがそれで剣は完成ではなく、彼は今、剣にエンジンのようなゴツイ機械の塊を取り付けているのだ。
その行程を不可解な面持ちで眺めていると、突然、人間の老人がネベルに向かって話しかけてきた。
「ハハ、こんなの見たことないだろッ。コイツは今開発中の新兵器で、ウルフバートっていうんだよ。剣に反重力装置を備え付けて一撃の火力をぶち上げる寸法ってな! うしゃしゃしゃ……!」
「そうか、そいつはかなり強力な武器になりそうだな」
「ああ! この兵器は質量も自在なんだ。ドワーフの戦士の機動力不足も解消できるってな。だからとっても強い。つよーい。つよー…イカ?」
老人はおもむろに懐から焼きげそを取りだしてみせる。
「……あ???」
彼の名はハリス・シャムといった。元〈ゼルエル〉の機械工学者だ。
「お前さんの話はバルゴンから聞いてるよ。ネベル・ウェーバー。友を助けてくれてあんがと!ってな。 おーいっ アスカ! お客さんだぞ」
「はーいっ! あれ、あなたはさっきの…」
ハリスに呼ばれ、工房の奥からアスカ・シャムが顔を出した。
彼女はここで、自ら率先して祖父の仕事の手伝いをしているのだ。
「あなたも立派な剣を持っているものね。絶対ここに来ると思ってたわ!」
「ああ」
「アスカ。ネベルさんにお茶でも出してやりなさい」
「はぁーいっ」
「…ム。その話、詳しく聞かせてもらうぜッ」
アスカがネベルに出したお茶は、ドワーフの火酒と同じ材料と原理で作られた龍泉という物だった。
鉱山で働くドワーフ達のために疲れを癒し活力を高める効果があるらしく、少し刺激的な風味がしたが悪くはないとネベルは思った。
「オルゴンさんも少し休憩しないか?」
「フンッ 分かったわい」
ハリス・シャムは、ウルフバードの製作に没頭していたゴ・オルゴンとキャンディもお茶に誘った。
鍛冶仕事に夢中になっていたキャンディは、その時になってやっとネベルの存在に気が付いた。
「うへへ」
「フ、随分たのしそうだったな」
「あ、はい! オルゴンさんもハリスさんも素晴らしい技術者でして、たくさん学ぶことがありますです。楽しすぎて、うっかり絶頂するのも忘れていましたです!」
「……それはしなくていいと思う」
その時のキャンディは、誰の目にも分かるほど生き生きとしていた。
旅の間、彼女は飛行船ティクヴァが壊れてからというもの、ずっと新しいレリックに触れることが出来ていなかった。
しばらく我慢していたその気持ちを、今キャンディは解放していたのだ。
第一工房長ゴ・オルゴンは、腕の立つ職人だったが気難しい人物だった。
ハリスだけは同じ技術者として認めていたが、自分の仕事場にどんどん他人が増えていく事をよく思っていなかった。
「わしの工房に、また人間が入ってきおった……」
オルゴンはお茶を飲みながら仏頂面でそう呟いた。
「そう言うなよ。それに、コイツの持ってる得物をよくみろよ。かなりヤベーぜ」
「おお、確かに。オイお前、その剣をわしに寄越せ」
オルゴンはそう言うと、ネベルの方にゴツゴツとした手を伸ばしてきた。
するとネベルは背中のホルダーからエクリプスを取り出し、オルゴンに差し出した。
「もちろんだ。俺はエクリプスの整備をして欲しくて、ここまで来たんだからな」
エクリプスを受け取ると、オルゴンは剣をいろんな方向に傾けたりして全体を隈なく観察した。
「これも機械剣か。フンッ どいつもこいつも機械かぶれおって。なぜ昔からある戦斧やブロードソードの使い勝手の良さを分からん!」
「別に機械かぶれなわけじゃないんだけど」
「……だが、このダークナイト・ファイア・ベヒモスの刀身は凄まじい出来だ。全体のバランスも良く、機構部分から伝わるエネルギーを寸分漏らさず伝達する設計となっている。……クソッ!」
「お、おい」
オルゴンは荒々しくエクリプスを返却した。そして歯ぎしりさせながら悔しそうにこう言った。
「……信じられないが、コイツを作った鍛冶師はわしより何倍も上手だ。オイ小僧!この剣は誰が作ったんだ!」
大型刀剣エクリプスは、ゲバルの残した作りかけの設計図を武器へと改造した物だ。なのでネベルは、剣部分の制作を頼んだあるドワーフの名前を教えた。
「クリスタル」
その名を聞いても、オルゴンは大して驚く様子はなかった。
「それは伝説の武具職人の名だ。フンッ それならこの剣の素晴らしさも納得だろう」
「伝説か……。ドワーフは500年生きると聞いたけど、それはどのくらいの伝説なんだ?」
「フンッ 奴以上の鍛冶師は、これまでもこれからも現れる事がない。逆さづりのマージペガサスの脳髄から伝説の武器シャイニングエコーを作ったのも奴の仕事だ」
「それは、すごいな」
するとキャンディがこう言った。
「エクリプスちゃんは実際の性能も物凄いんですよっっ! 必殺技のフェイタルブランドは、地形さえ簡単に変えてしまう威力があるんです」
「ほほーん…… それが本当だったらとんでもないねー」
お茶をすすりながらも、ハリス・シャムは眼光鋭くエクリプスを一瞥した。
「お前! さっきこの剣を整備させてくれるって言ったよな?いったよな?!」
「あ、ああ…」
「だったら、俺にもぜひ見させて欲しいな。ウルフバートともあまり変わらない大きさなのに、どうやって地形破壊クラスの大出力を出しているのか気になるってな」
二人の技術者はエクリプスに強い興味が沸いたようだ。
ふとネベルがキャンディの方を見ると、彼女も同意するようにこちらを見て頷いた。
自分たちよりも多くの知識を持つこの二人なら、エクリプスの秘密も分かるかもしれない。
ネベルは、オルゴンとハリスにエクリプスを預ける事にした。
そして、彼らがエクリプスを調べ始めて一時間後。突然二人はネベル達に部屋から出ていくように言ってきた。
「突然どうしたんだ?」
「分からん。とにかくわしらに任せて、お前たちは外でまっとれ!」
そうしてネベルはキャンディとアスカと共に、再び二人から声がかかるのを第一工房の外で待っていた。
そして約5時間後。
ようやく工房の扉が開いたと思ったら、だいぶ深刻な表情をしているオルゴン達の姿がそこにはあった。
「入れ。とにかく中で説明する」
ネベル達は部屋の中に入ると、作業台の上には刀身部分が取り外されたエクリプスがあった。
下部のレリック部分も丁寧に分解されており、その中のとある機部が離れた場所に置かれ厳重に保管されていた。
そして、ハリス・シャムはこう言った。
「結論から言うよ。この剣に組み込まれていたのは核融合機関だ」
「……は?」
ネベルは大きく口を開けたまま思わずあっけにとられていた。
なぜなら彼の言うことが、呆れるほどバカバカしいものだったからだ。
「っアホだろ。核融合なわけがない! フンッ、お前らには失望したよ」
「…………俺たちも途中まで有り得ないと思っていたよ。しかし最後には、それ以外の答えが見つからなかった」
「何言ってるんだ。エクリプスには核融燃焼に必要な水素もヘリウムも入ってないんだぜ」
ゲバルの設計図に従い、実際にエクリプスを組み立てたのはネベルだ。科学者でも鍛冶師でもないが、大型刀剣がどのような構成素材で作られているのかぐらいは把握していた。
しかし、それはハリスたちも同じだった。
「ああ、知ってる。分解したからな。この剣には核融合の結論的燃料である第四世代のpと¹¹Bどころか、光の時代の最初期に使われていた重水素・三重水素の初歩的なDT核融合システムでさえも使用されていない」
「は?いい加減にしろよ。だったら何の根拠があってそんなことを」
するとオルゴンがこう言った。
「似ているのだ。生意気にもケイブロングヴェルツに迫めてくる敵の大型ロボットに搭載された発電機の構造とな……」
「この時代、精巧な機械部品は貴重だからね。倒した敵の兵器はすべて解体して部品として再利用するってな。大型ロボットの融合炉は、エクリプスの物の1000倍くらい大きいが、出力は1000分の1にも満たないだろうね」
技術者たちの説明を聞くほど、ネベルは余計に意味が分からなくなっていった。つまりだ。彼らもエクリプスについて何も分かっていないのだ。
彼はハッキリとそう告げた。しかしハリス・シャムはかぶりを振る。
「いいや、そうでもない。確かに曖昧な説明をしたが、何も分からなかったわけじゃないんだ」
「じゃあ、何が言いたかったんだ?」
ハリスはこう答えた。
「つまりだ。これは全く別のメカニズムによる核融合なのさ」
すると彼はネベルにこう尋ねた。
「お前さんは、今まで何度もこの剣を使ってきたそうだな」
「ああ、そうだ。この剣と何度も死線を超えてきたんだ」
特に必殺技のフェイタルブランドは、これまでネベルと仲間のピンチを何度も救っている。
「ならば聞こう。お前さんは、一度でもこの機械の燃料を追加した事はあるか?」
「もちろんあるさ。技を出す前にはこのカートリッジで……」
だがそこでネベルは気づく。
カートリッジによる爆発力もuhO核融合には不可欠ではあるが、あくまでそれは代用のきく物なのだ。
戦う度に刃はすり減るが、エクリプスの内的な機関部性能は今まで全く衰えていなかった。
だからこそ、彼は見落としていた。
「え、そんな事ってあるんです?」
キャンディも疑問を感じ、思わずそう尋ねる。
「あの破壊力ですよ。絶対凄いエネルギーを使うに決まってるじゃないですか。 だって……ええ???」
エクリプスはただの剣ではない。質量の保存の法則に基づいた科学兵器である。
その事を忘れていたネベルは、大いなる矛盾にようやく気が付いた。
「全くエネルギーが変わらないわけではないのだ。しかし……」
「わ、わしは大きな勘違いをしていた。これは正しく神器級に匹敵する。わしなんかの技量をクリスタル・パラゴンと比べるなど間違いだった……」
「この剣の核融合に使われているのは、元素表にすら乗ってない未知の物質だ。もはや、宇宙から来たとしか考えられない。な、なあ。コイツは一体なんなんだ?ハハハ、教えてくれよ」
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