第89話 嵐の前に
望が、ノームを見つけ出す少し前だ。
ネベルにやられて原子移動装置の部屋から逃げ出したクローン兵士たちは、すでに暗黒洞窟からの撤退準備に取り掛かっていた。
「急げ。レアメタルの搬出を早急に終わらせるのだ」
クローン兵たちはリーダーのC‐1の命令により、獣人奴隷に採掘させた鉱山資源を、次々に飛行車両に詰め込んでいく。
すべての飛行車両のコンテナが満タンになると、クローンの一人がスイッチを押した。
飛行車両が起動し、ゆっくりと上昇した後、一斉に西の空へと飛び立って行った。
「我々も脱出しますか?」
クローン兵士は、元のHANZOから無限に増やせるいくらでも代わりの利く存在だ。
彼らはそれを自覚していた。
なので撤退の際も、自分達より物資の方を最優先に輸送したのだ。
脱出も自分のことなど後回し。だがもう、この基地で出来ることは残されていないようだ。
「ああ。我々もここを出る。〈ガブリエル〉にとって資源の損失はなるべく避けるべきだ」
「了解です」
だがその時、クローン兵士たちは暗黒洞窟の奥から聞こえてくる不思議な音を聞いた。
―トントン…… カンカン…… トントン……―
それは、獣人奴隷がツルハシを振り下ろす音に酷似していた。しかも聞こえてくる音は一つや二つではない。遠くの方で、まだ多くの奴隷たちは採掘作業を続けているようだ。
「洗脳マシンは動作していないはずでは?」
「それか、間抜けな亜人どもは、まだ自分達の洗脳が解けたことに気づいていないのやもしれん」
「C‐1。どうするんですか」
「基地の機能が崩壊した現状では、鉱夫の管理などほぼ不可能だ。奴らの洗脳が本当に解除されてるのかも不明。しかしどちらにせよ、この場所の秘密を知りえた者は少ない方がいいだろう……」
そう言うとC‐1はレーザーライフルを手に取った。そして他のクローン兵を引き連れ、用済みとなった奴隷たちの排除へと向かった。
クローン兵たちは洞窟の奥から聞こえる音を頼りに先へと進んだ。
―トントン…………トン―
「おかしい。先ほどから採掘を叩く音の間隔が、どんどん長くなっています」
この先にいる奴隷たちが逃げ出し始めている。そう思ったC‐1は、クローン兵たちに新たな指示を出した。
「どうやら亜人に気づかれたようだな。このまま逃がすわけにはいかん!全体、全速前進で追跡せよ」
「ハッ」
彼らは迷路のように入り組んだ洞窟を猛スピードで駆け抜けた。
しかし、そうしてある鍾乳洞の一角にたどり着いたものの、捕まえた奴隷の姿など何処にも見当たらないのだ。
『カンカン……トントン…』
ツルハシが石を叩く音。その正体は、そこにあった小さなラジカセが繰り返し再生していた物だった。
採掘音が幾重にも重なって聞こえてのは、この暗黒洞窟の特殊な構造により音が何度も反響したせいであった。
その時になってクローン兵たちは、ようやく何かの策略にはまった事に気づく。
「し、しまった!」
――ズドドドドドドドドッ
次の瞬間、クローン兵たちのいた鍾乳洞は轟音と共に一気に崩れ落ちた。
ラジカセで、暗黒洞窟の中心部に誘導されていた彼らは、落盤から逃げることも叶わずにそのまま地面の一部となってしまった。
暗黒洞窟を崩したのは、ノームの魔法の力だった。
ノームはクローン兵士だけでなく、暗黒洞窟全体を土で埋め尽くした。
そのおかげで、厄介だった原子移動装置の核融合炉も無力化することが出来たのだ。
その頃、とっくの昔に地上へ脱出していたダイバー達は、暗黒洞窟が天変地異のような凄まじい地響きを立て崩れ落ちる様子を見守っていた。
彼らの側には、秘密基地から逃げ出してきた大勢の捕虜たちもいて、共に洞窟の崩落を見ている。
やがて地響きがおさまると、地面の下から四人の小人がダイバー達の前に現れた。ノームだ。
すると、ピクシーが彼らの前に歩み出て、何らかの人間には分からない方法でコミュニケーションをとり始めた。
しばらくするとノーム達はピクシーに別れを告げ、どこかへと立ち去っていった。
「あいつら、なんて言ってたんだ」
ネベルがそう聞くと、ピクシーは頷いてこう答えた。
「うん! 満足したってさ」
「そうか」
ネベルは不適な笑みを浮かべた。
ノームは、自分達を閉じ込めたクローン兵士に仕返しができ、ダイバー達は彼らのおかげで原子移動装置の後始末ができた。というわけだ。
「ククッ これで今頃、奴らは土の中だぜ。フ、俺の作戦は完璧だっただろ」
「うん……。まあ、私たちが危なくないならいいんじゃないかな」
望は苦笑いしながらそう答えた。
「これが作戦かあ? ハーピィ渓谷の時とやってること変わらねえじゃねえか! 今度は俺たちが居なかったからいいが、そんなに生き埋めにするのが好きなのかよ」
ディップはそう言って笑いとばした。
それを聞くと、ダイバー達はエルダーリッチとの戦闘の時、ネベルが切り崩した岩肌の落石群から命からがら逃げおおせた事を思い出した。
よってディップの言うことにも、妙に納得してしまったのだった。
「ム、そんなつもりは無い。倒せたんだから、細かいことはいいだろ」
「大雑把すぎるのが問題だっていってんだ。この馬鹿。脳筋」
「あ?」
二人はにらみ合う。
だがその時、捕まっていた獣人族の何人かがこちらに歩み寄ってきた。
その中の一人の蜥人族の男性が、ダイバー達にこう言った。
「どなたか存じませんが、あなた達が助けてくれたのですよね? 本当にありがとうございました。あなた達は私たちの恩人です!」
さらに犬人族の若い女性も、ダイバー達に礼を述べた。
「とつぜん連れ去られた時から、ずっと底知れぬ恐怖を感じておりました。あいつらにずっと操られ続けて、もう助からないのだと思い始めたとき、あなた様方が私を救ってくださったのです!」
女性は目にうれし涙を浮かべながら、ディップの手を強く握りしめる。
若い女性に言い寄れらたディップは、頬を赤くさせ少し照れながらこう答えた。
「へへ、よせよ。こんなの大したことじゃない。一応、名乗るほどじゃあないが、俺の名前はディップ・バーンズだぜ」
「ディップ様! ぜひ私にお礼をさせてください!」
「えっ? もう、しかたないな。 デートならいつでも大歓迎だぜ!!!」
ディップはとても嬉しそうにそう言った。
この場には3~40人ほどの捕虜達が残っていた。暗黒洞窟の中にはもっと多くが捕まっていたと思う。なのでここに居ない他の捕虜たちは既に逃げたか、逃げることが出来なかったかのどちらかであろう。
するとマックは、不安そうにしている彼らにこう話しかけた。
「ヘイ、君たちはこれからどうするつもりだい」
それを聞くと獣人族たちは互いに顔を見合わせた。
洗脳から解放されたばかりの彼らは、マックに尋ねられてもしばらくは困惑したままだった。だがそのうちに、彼らは口々に同じ言葉を呟くようになった。
「……家に帰りたい」
「ああ、故郷の村に戻りたい!」
それを聞くと、バルゴンはこう言った。
「あい分かった。わしが責任を持って、おぬし達を故郷に送り届けよう!」
「や、やった!」
「ありがとう! ドワーフ!」
「だがその前に、まずはわしの国に寄って体を休めるべきじゃ。ケイブロングヴェルグ王ジ・ガルゴンも、おぬし達を歓迎する事じゃろう」
それを聞くと、元捕虜たちは再びダイバー達に感謝を述べた。
「あんた達には感謝してもしきれないよ」
「うん。困ったときは助け合いじゃ」
するとその時、捕虜の中から髭を生やした壮年の狐人族が進み出てきた。
彼は頬が釣りあがるほどの満面の笑みを浮かべていた。そして奴隷として扱われた汚い身なりも気にならない程のとても丁寧な仕草でこう言った。
「すみません。〈ガブリエル〉のクローンに捕まっていた者たちの移送についてですが。ぜひ、ワタクシにも手伝わせてくれませんか」
「おや、あの天使長の国について知っているのですか。一体あなたは?」
フリークがそう尋ねると、その狐人族は丁寧にお辞儀をしてこう名乗った。
「ワタクシは、アルカイック商業組合のしがない商人であります。名前はチャード・フルーレム。気軽にチャドさんと呼んでいただければ幸いですよ」
アルカイック商業組合とは、〈ガブリエル〉よりさらに西方にあるという様々な種族が集まって出来た商人たちの国である。
その時はまだ身分を隠していたが、実のところ彼は組合の副組長という立場にいた。
さらに彼は、ダイバー達にこう言った。
「ワタクシどもの組合は、世界中に交易ルートを持っています。ここにいる皆さんのお家にも、素早く馬車でお連れ出来るかと思います」
「おおっ それは助かるのじゃ。ありがとうチャドさん!」
「いえいえ。他にもお困りのことがあれば、全面的に協力させていただきますよ」
それを聞いたフリークはこう言った。
「少し妙ですね。商業組合の者は金でしか動かず人助けなどしないと聞きましたよ。何か裏があるのでは?」
するとチャドはニコニコしながらこう答えた。
「はい。全くそのとおりです。しかしその言葉の本当の意味は、ワタクシどもが何よりも公正な取引を重視しているという事なのです。商売において1銅貨たりもまける事が無いように。受けた恩はきっちりその分だけ返さねばならないと考えているのですよ」
それを聞くと、フリークは彼の行動理由に納得することが出来た。
「そうだったのですか。変に疑ったりして申し訳ありませんでした」
「いえ。ハイエルフ様は何も悪くありません。というのも、ワタクシの目論見はコレだけではありませんから」
「なんですって」
すると商人は、またもニコニコしながらこう答えた。
「ワタクシどもは、受けた仇も同じようにきっちりその分お返しする必要があると考えているのですよ。あの者たちの仕打ちはとうてい許せるものではありませんから。 聞くところによると、要塞国家ケイブロングヴェルツも、クローンの侵攻にはたはた困り果てているのだとか? ええ、ワタクシは剣を持って戦うことに関してはかなり不出来です。しかし、他の事なら存分に力になりたいと考えています。それと、この場にいる〈ガブリエル〉の被害にあった者らの中には、ワタクシと同じようにあなた様方の力になりたいと考えている者は少なくないと思いますよ」
チャード・フルーレムの言葉を聞いた獣人族の中には、クローン兵に自分達の村々を襲撃された事などを思い出し、その闘志に火のついた者もいた。
「おう、やってやるぜ! これ以上、奴らの好き勝手にさせてたまるか」
「俺も我慢ならん! 奴らは大義もなしに人を殺すのだ」
「わたしも絶対許せないわっ」
コードブレイン社による度重なる侵略と略奪行為。ミュートリアンたちの不満が今、爆発した。
そんな彼らの様子を見て、バルゴンはこう呟いた。
「……わしは戦争は嫌いじゃ。じゃが、わしの愛する故郷を守るためにも、この問題にけじめをつける時が来たのかもしれんな」
そして彼は、その場にいる全員に対してこう告げた。
「皆のもの! 色々思う事はあるだろうが、ひとまず共にケイブロングヴェルツへ向かおう! こんな事が起こってしまった以上〈ガブリエル〉をこれ以上放置するわけにもいかんじゃろう。一度、この問題を話し合う必要があるかもしれぬ」
「世界会議になりますね。もちろん、ワタクシどもも協力しますよ」
「うん。かたじけない。まずはこの事を王に報告しなくては」
だんだんと物々しくなるその場の雰囲気を感じ取り、ピクシーは不安げにこう言った。
「ねえねえ、これから何が起こるの?」
するとネベルはこう答えた。
「詳しいことは分からない。ただ一つだけハッキリしている。……これからきっと、大きな戦いが始まるんだ」
リ・ケイルムからは寂しげな風が吹き抜ける。
ネベルはこれから現れる敵が強大であるという事を、持ち前の超感覚により予感していた。
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