第84話 消えない罪、消せない過去
フリークの口から出た言葉を聞いて、ダイバー達は全員じぶんの耳を疑った。
それは、にわかには信じがたい世界に破滅をもたらした男の話。
しかし、魔合の世界が今こうして存在している事自体が、その話が真実である証拠だった。
ダイバー達は何も考えられず、ただ牢の端にぐったりと座り込むフリークの事を愕然と見ていた。
彼になんと声をかければいいか、もう分からなかった。
だがしばらくすると、マックがこう呟いた。
「……オーマイガー。ハハ……、一度に色々聞きすぎて頭がパンクしそうだよ」
それを聞くとロンドもこう言った。
「フ、フリークさんて2000年も生きてるんだね。それにさ、昔は勇者や魔王なんて人が本当にいたんだぁ。す、すごいやっ」
「…………ええ、そうですね」
「あ。アハハ! えっとね…、おれにはなんだが、難しくてよく分からなかったよぉ!あはは…」
「ロンドさん……」
二人は、仲間であるフリークに気を使っているようだった。
「なら、俺が教えてやるぜ。つまりな、何もかも全部コイツのせいだったってことだ!」
そう言うとディップは、地面に座っていたフリークの胸倉を掴んで無理やりに起こし、そのまま思いっきり彼を殴りつけた。
鈍い音と共にフリークは倒れる。
そして再びディップはフリークにつかみかかると、フリークの顔を何度も殴りだした。
ディップは歯を食いしばり、何度も力強く、拳を振り下ろす。
フリークの白い肌に、次々と赤い痣が増えていった。
「……兄さん。もう、やめてくださいッ」
「止めるなデルン。お前はまだ子供だったから覚えてないだろうが、あの魔合の夜に墓の塔の倒壊を止めようとした俺たちの両親は、見たこともないモンスターに丸呑みにされてしまった。でも元をただせば、全てコイツのせいだったんだ。デルン、コイツは俺たちの両親の仇なんだ」
そういうと、ディップはさらに打撃を加えた。
しかしフリークは全く抵抗する様子を見せない。フリークには自分の罪が決して許されない物だという事が分かっていたのだ。
「オイこら、誰か武器を持ってないか。殺してやる」
「…………プクク、それは無理でしょうね。私は死ねないのですから。……いや、ですがもしかしたら可能性はあるかもしれませんね。少し待っててください。私が魔法の短剣を創造するのでそれを使ってくれませんか?」
それを聞いた望はあまりの悲惨さに絶句して口を押え、目からは涙がこぼれた。
ネベルもどうにもこうにも我慢が出来なくなり、そこにいたディップとフリークを纏めて蹴り飛ばした。
「何しやがる!」
「…………いい加減にしろ お前ら!!!」
ネベルは珍しく大きな声を出した。
ディップは蹴られた際に切れた口元の血を拭いながら、ネベルにこう言った。
「くっ……。 ネベル!てめえこそふざけんじゃねえよ! そうだ。お前はたしか、こいつの隠し事を知ってるって言ってたよな。フリークが魔合を起こした張本人だという事も知ってたのか?」
ディップは地面にしゃがみ込むフリークを指さしながら、ネベルにそう尋ねた。
「ああ。むしろ他の話は今日初めて聞いたんだ」
「ハッ 知るかよ。つーかお前だって、確か魔合で親を亡くしたはずだろ。よくこんな奴と、一緒にいられたなっ?」
「……一緒になんか居られなかったさ。だからフリークのところから、一回逃げ出したんだ」
ネベル11歳。
惑わしの森でフリークに拾われた後、些細な事故からネベルは、フリークの不死の秘密を知ってしまった。そして仕方なくフリークは、ネベルに魔合の秘密を明かしたのだ。
「あの時の俺は、とてもフリークの言葉を受け止めきれるほど大人じゃなかった。だから2年経って、丸太小屋を飛び出したんだ」
「賢明だな。こいつは200億人を殺した正真正銘の怪物だろ。むしろどうして、フリークをまた受け入れる気になったのかが不思議だよ」
するとネベルはこう言った。
「俺は森を出たあと、また一人で旅を始めた。立ちふさがるモンスターを倒したり、強いレリックの為にあちこちの遺跡に潜っていたんだ」
「知ってるつーの。不可視の獣は有名だからな」
「ム……」
ネベルは話を続けた。
「その間にたくさんのコロニーを巡って、そして色んな事があったんだ。エナジー瓶を奪おうとしてきた敵も共にモンスターに立ち向かった味方も、毎日いろんな奴が俺の近くで死にまくっていった。そうやって今を生きているうちに、俺は昔に死んだ名前も知らない200億人の事なんて、どうでもいいと思えてきたんだ」
それを聞いたディップは、ネベルの事を薄情な奴だと思った。
だがしかし、ネベルの中に全く思いやりなどが無いわけでは無かった。
魔界と人界が融合したばかりの不条理で無秩序極まりない時代を生き残るためには、合理的な思考を取らざる得なかったのだ。
いつまでも過去に囚われていては明日に進めなかったというだけである。
「確かに。昔のフリークは自分の凝り固まった下らない意地の為に世界を滅ぼした、とんでもないクソだったんだろう。だけど俺の知ってるコイツはそうじゃない。少なくとも今のフリークは信じられる奴だと思うんだ」
そういうとネベルは、牢の隅に座っていたフリークをちらりと見た。フリークは静かに地面を見つめていた。
ディップも、フリークがこの旅の間に何度かダイバー達を魔法や知恵で助けてくれた事は充分知っていた。
しかしこのメンバーの中でも魔合を実際に体験した身として、そう簡単にフリークのした行いを割り切る事は出来なかった。
「それはお前の理屈だろう。フ、だってフリークはお前のママだからなぁ。ばぶ~」
「ハ? 馬鹿にしてんのかオッサン!」
「オイこら。誰が30越えてから弟にしかお兄さんとしか呼んでもらえなくなった可哀そうなナイスガイだコラァッ!!!」
そしてネベルとディップは、二人同時に掴み掛かった。両者とも拳を固く握りしめ、互いを睨みつける。
「オラァっ」
掛け声と共に、まずはディップが利き手による大振りの一撃を放つ。
ネベルはそのパンチを軽く躱すと、ディップの懐に入り、みぞおち目掛けて連続ジャブを喰らわせた。
しかしディップにダメージは無かった。
「フン、そんな軽いこぶしがきくかよっ!」
「何っ!」
「うらぁっ」
「ぐ…っ」
ディップは持ち前のタフネスで連続ジャブを耐えたのだ。そしてお返しに、両手を組んだ状態で頭部目掛けて強烈な打撃を与えた。
手刀をもろにくらいネベルは少量の吐血とともにふらつくが、その時の勢いを利用して宙回転し、ディップの脇腹にカウンターキックを決めた。
「「はぁっ、はぁっ……」」
武器の無い状態での単純な肉弾戦では、二人の力はほぼ拮抗していたのだ。
両者は再びファイティングポーズを構え、互いに殴りかかる。
だがその時、ついに悲しさに耐えられなくなった望がこう叫んだ。
「もうやめてよ………… いい加減にしてッッ」
仲間同士で傷つけあう所を見て、むせび泣く望。
感情を露わにする彼女を見て、ネベルとディップは思わず戦いの手を止めた。
「望……」
するとマックもこう言った。
「ヘイ、二人とも!望の言う通りだ。もうやめろっ!今はそれどころじゃない。 …この話はあとにしよう」
「そうですよ兄さん。とりあえずここから出なくちゃ。敵に捕まっているという事を忘れていませんか?」
それを聞くと、二人は振り上げたこぶしを静かに下ろした。
「……そうだな。こんなオッサンと遊んでる場合じゃなかったぜ」
「はい。分かっていただけてうれしいです。では早速ですがネベルさん。クローン兵の服から牢屋のカギを探すのを手伝ってください」
「ああ、まかせろ」
喧嘩していたネベルとディップを上手く引き離す事に成功すると、デルンはネベルと共にクローン兵の死体を漁り始めた。
フリークは自分の過去を知った仲間に案の定拒絶され、今にも消え入りそうになっていた。マックはそんな彼に声をかけた。
「フリーク。君もそれでいいよね」
「…………。」
フリークは気づかないくらい小さく頭を動かした。
それを見てイラっとしたディップは、再び彼の胸倉につかみ掛かる。
「デ、ディップさん!? もう喧嘩はしないって決めたはずです」
「分かってるぜキャンディ。殴ったりはしねーよっ」
するとディップはフリークの体を持ち上げ、そのまま牢の壁に勢いよく叩きつけた。そしてこう言った。
「いいか。一つだけ言っておくぞ」
「…………何でしょう」
「俺は、はなっからお前のなめくさった態度が気に食わなかった。ムカつくのは不可視の奴も同じだが、お前に関してはどうやら人間全体を見下しているようだな」
「それが、私の過ちだったのですよね。愚かでした。私ごときが人間種族をどうこう出来るハズがなかったのに」
「その通り。お前はクソだ。最低最悪な勘違い野郎だ。そんなお前の勘違いを一つ俺が正してやろう」
「え?」
「人間を舐めるな。あと俺たちはお前よりも強いぞ?」
それを聞いたフリークは、ディップの言った意味が分からずしばらくポカーンとしていたが、やがてクスクスと笑いだした。
「プクク……! そりゃそうでしょうね。まったく恐ろしいですよ。ダイバーという生き物たちは」
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