第8話 ネベル・ウェーバー
ネベル・ウェーバーは孤独の放浪者であった。そして最強と呼ばれていた。
まだ18にも満たない少年だったが、どんなに恐ろしいモンスターにも果敢に勝負を挑んだ。
機械仕掛けの大型刀剣を使い、敵をあっと言う間に倒してしまう。
その姿は、まさしく血に飢えた獣だ。闘争を求める戦いの獣。
力なきコロニーの人々達は、モンスターを退けられる彼の強さに敬意を示し、時に傭兵としての仕事を依頼してくることもあった。
その度に、また彼は戦う。
ミュートリアンを狩り、剝ぎとった素材で装備を強化。遺跡に潜り、レリックで装備を強化。
そして、再び戦いへと赴く。それを延々とくり返す。
その異常性は周囲から恐れられ、人々は異質な存在である彼を避けた。
それでもネベルは、果てしなく強さを求め続けるのだった。
この世界の過酷さに決して負けないために……。
魔合の日に生まれてしまった彼の世界は、初めから全てが終わっていた。
両親は元々アンチダイバーだったので、塔の中のプールで暮らしていたわけではなかったが、彼らのいた地上世界もモンスターに蹂躙され大混乱に陥っていた。
出産と同時にネベルの母は死んだ。
ロボット整備士だった父ゲバル・ウェーバーは、幼いネベルを連れて都市部から逃げ出すと、各地を転々としながらミュートリアンから隠れ過ごす生活を始めた。
「いいかネベル。こんな世の中じゃ誰に頼る事もできない。一人で生き抜くしかないんだ。困った時は最後まで知恵を絞れ、使えるものは何でも使うんだ。分かったか?不条理に負けるんじゃないぞ……」
それがゲバルの最後の言葉だった。
父親が自分をかばってモンスターに殺されると、ネベルは本当にたった独りになった。
孤独。隣に誰もいない夜。
明日に希望も持てず、ただ寂しさに殺されそうになる日々が続いた…………。
……しかし、ネベルはまだ、この世界で生きるという事を諦めたくなかったのだ。
─醜くてもあがいてやる。こんな世界に負けてやるものか─
そうしてネベルは、ゲバルが最後に遺した瓦礫に埋もれた隠れ家へと向かったのだった……。
幸い隠れ家には、完全栄養サプリやインスタントなどの食料、数年分の生活用品が蓄えられてあった。
子供でも生き残れたのはそれが大きな理由だった。
他にも地上でロボット整備をしていた父ゲバルは、機械工学の知識がつまった電子端末を遺していた。
ネベルはそれを使い、旧文明の機械に関する様々な知識を身に着けた。
─使えそうな物はなんでも使おう。もう滅んだ技術だけど、いつか何かに役立つかもしれない─
やがて数年の月日が経過し、遠くない未来に隠れ家に備蓄してある食料が尽きることが判明した。
ここではもう、生きてはいけない。
ネベルは隠れ家から外の世界へ旅立つことを決意した。
そしてついに、ネベルが穴倉から出ていく日がやってきた。
小さな手には、自分で組み立てたレーザーライフルが握られている。
電子端末の情報によると、外の世界とは機械と金属で平らに整地された死の世界だという。
この先に、どんな危険が待っているのか定かでない……。
200億の人間が、仮想空間で暮らしていたサイバー時代。
仮想の中ですべてが思い通りで理想の生活と、普通に暮らしては手に入らない数倍の寿命を約束されていた世界。
しかしそれは、現実の身体を仮死状態にし、プールの人工羊水で長い間肉体を保存してやっと維持できる、随分無理やりな形の生命体系であった。
そんな皮肉を込め、仮想空間を嫌うアンチダイバー達は、プールのたくさん詰まったフルダイブ施設の事を墓の塔と呼んでいた。
その話を聞いたのは、ネベルがまだ生前の父と共に暮らしていた時のことだった。
「夢の中では世にも美しい天国が見られるが、地上からの光景はまさに死の世界だったんだ」
「死?」
「そうだよネベル。私たち人間がこの地球を壊してしまったんだ。しかも、世界が美しいものでなくなると、人間は楽園という代替の世界に逃げ込んだのさ」
当時の幼いネベルには、ゲバルの語る言葉はやや難しく感じられた。
だがその時の父の表情に、後悔の色が強く浮かんでいた事くらいは、子供のネベルでも理解できた。
「人類は、ずっと自分たちの侵した罪に気づかない振りをしてきた。それが文明の崩壊という結果を招いてしまったのかもしれないね……」
そんな風に生前のゲバルが言っていたのを、彼は漠然と覚えていたのだ。
──だがしかし、隠れ家の外に広がっていた光景は、そんな死の世界とは全くのものだった。
森は緑に染まり、何処からか聞き覚えのない川のせせらぎも聞こえてくるようだ。
それらの眩しさに慣れるまで、彼はしばらく目を抑えている必要があった。
微精霊と魔界の空気に触れた大地は緑化され、たった10年で自然は本来の姿を取り戻していた。
皮肉にも、魔合はネベルから両親を奪ったが、文明の発達で荒廃した大地から再び命の再生をもたらしたのだった。
これほど生命のある場所ならば食料の心配も必要ない。ネベルは一つ安堵した。
そうしてネベルはこの世界で、たった一人で生き抜く為の第一歩を踏み出したのだった……。
2438年。
16歳になったネベルは、永遠に続く孤独な闘いに明け暮れていた。
──ここは北大陸にある常闇の森。鬱蒼とした暗い場所だ。
数日前から大型のモンスターが荒ぶっており、どこか木々も必要以上にざわめいている。
そしてネベルは現在、羽の生えた牛の悪魔というモンスターと対峙していた。
湾曲した角を突き刺そうとして、今にも突撃してきそうな様子だ。
また悪魔は人間の男の顔を持っており、常に怒りに満ちた表情を浮かべながら鼻息を荒くさせていた。
ネベルは愛用している大型刀剣エクリプスを構え、防御姿勢をとる。
だが自分よりも何倍も大きい悪魔の巨体から繰り出される突進をもろに喰らってしまえば、いくら防御をしても無駄だとは分かっていた。
「ひ、ひえええぇ!! 怖いいぃっ」
一応言っておく。今のはネベルの発した声ではない。
ネベルは悪魔と対峙したまま、チラリと横の木影に潜んでいる小太りの男の様子を確認した。
彼は見届け人だ。また今回のモンスター退治の依頼人でもある。
ネベルの仕事の様子を確認しに、ここまでついて来ていたのだ。
─チッ、だから来るなって言ったんだ。 アイツのせいで思うように身動きが取れないぜ─
ネベルはただでさえ視界が遮られる暗い森の中で、背後の依頼人の安否をも気にする必要があり、思うように力を発揮できずにいた。
「……ブオッ ブォォ!」
「ム、来るかっ」
悪魔は勇ましい雄たけびを上げると、ものすごい怪力で森の木々を薙ぎ払いながら突進してきた。
─恐ろしい力だ。あんなモノをまともに喰らっては、きっと一瞬で全身の骨が粉々になってしまう─
悪魔の湾曲した角による突進は、強力で死に直結するほどのものだったが、それを見たネベルは何故かにやりと笑みを浮かべた。
その攻撃は、彼の戦いにおいては逆に好都合だったのだ。
──邪魔な木々が倒されたおかげで、自由に戦うための広い視界とスペースが確保できたのだから。
ネベルは後退しながらエナジー瓶を取り出すと、それを開封し呪文を唱えた。
「導け。ブラックバイン」
その魔法に作用した木から長い蔓が伸びてくる。
ブラックバインは植物の成長を促す魔法だった。
ネベルは蔓に掴まると、素早く木によじ登り悪魔の突進を回避した。
怒り狂った闘牛は曲がる事が出来ず、そのまま前方の大木に衝突する。
それでも悪魔は倒れることなく、その人面をさらに怒りに震わせた。
そうして再び突撃してくる。
それに対しネベルも再びブラックバインを唱え、今度は悪魔の進行上に輪っかのような形の草を成長させた。
木にぶつかって頭に血の昇った悪魔には、ネベルの姿しか見えていなかった。
奴はそのまま足元の草の輪っかに蹄を引っ掛けると、彼の思惑通り身体を盛大に横滑りし転倒させた。
「クク 隙だらけだ。横っ腹がガラ空きだぜ!!!」
ネベルは木の上を伝って悪魔の真上に行くと、そこから飛び降り悪魔の腹部に思いっきりエクリプスを突き刺す。
「ブモォオォォ……ォォ…………」
そして、悪魔の断末魔は森中に轟いたのだった……。
死体の始末を終えたネベルは、悪魔が吹き飛ばした大木の隙間で小さくなって震えている依頼人の姿を見つけた。
「おい無事か?」
「うわぁっ! ……ああ、なんだ。あなたでしたか。もしやモンスターをもう退治したのですか?」
「ああ」
「本当ですか! さすが噂に違わぬ仕事ぶりですね。いやいや、ちゃんと見てましたよ。そうじゃないとここまでついて来た意味が無いですからね。いや素晴らしい銃の腕前でした!」
「ああ……………………(?)」
話が噛み合ってないように感じネベルは首をかしげる。だが、与えられた仕事は完遂したので何も問題はない。
その後ネベルは、依頼人兼見届け人を常闇の森の端の木につないであったヒポテクスの元まで連れて行った。そこで報酬の受け取りを行うのだ。
「では約束通り、10エナジー分お支払いします」
「…………ああ」
「それと、ご所望だった豆ですが…………苦労しましたよ? しかし今回は特別に、とっておきの物を差し上げましょう! 助けていただいたお礼ですよ?」
「本当か! ありがとう!!」
ネベルは趣味として、各地でお茶にする豆を集めていた。
「これは旧文明でグリーンピースと呼ばれていた豆です。ほら、綺麗でしょう!こんな緑の豆は珍しいですよ」
依頼人兼見届け人は旧文明のレリックと思われる金属製の缶詰を取りだした。
そこには緑色の豆の写真がパッケージとして描かれていた。
「ホントだ……この豆はどんな味のお茶になるんだろう」
ネベルは喜んでその缶詰を受け取った。
グリーンピース茶を試して、ショックを受けるのはまだ先の話だ。
「ではこれで契約は成立ですな。またモンスターが出たらお願いしますよ!」
依頼人兼見届け人はそう言うとヒポテクスにまたがった。
「待て」
「ん、まだ何か」
「何か情報はないか?」
「情報、とは」
「何でもいいんだ。レリックでもモンスターでも」
ネベルは傭兵稼業の後はこうして各地で情報を集め、次の仕事に繋げていた。
依頼人兼見届け人は少し考えこんでいたが、やがてこのように語った。
「そう言えばジャングルを越えた先にあるコロニーでモンスターの被害に困っていると、品物を売りに来た別のコロニーの人間から聞いた事があります」
「そうか、助かる」
ネベルは次の目的地を決めた。
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