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DareDevil Diver 世界は再起動する  作者: カガリ〇
天偏物と黒の陰謀
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第8話 ネベル・ウェーバー

 幻想が現実を飲み込んだその日、ネベルは地上で生を受けた。


 突然やってきた文明の終焉。社会的混乱下で、不完全な出産を余儀なくされた結果、彼の母の命は永遠に帰らぬものとなった。


 魔合によって世界はことごとく変化した。

 人と魔物、科学と魔法の入り混じった混沌の時代の幕が開けたのだ。


 人類は支配者の座から降ろされた。

 これまで積み上げてきただろう矮小な人間の倫理や条理などは、もはやなんの役にも立たない。



 そんな中、まだ子供のネベルと彼の父ゲバル・ウェーバーは、各地を転々としながらミュートリアンから隠れ過ごしていた。


 だが数年後、ゲバルも、息子をかばってモンスターに殺されてしまう。



 この果てしなく広い世界で、たった独りになったネベル。

 

 孤独。隣に誰もいない夜。

 明日に希望も持てず、ただ寂しさに殺されそうになる日々が続いた…………。




 ……しかし、ネベルはまだ、この世界で生きるという事を諦めたくなかったのだ。


「いいかネベル。こんな世の中じゃ誰に頼る事もできない。一人で生き抜くしかないんだ。困った時は最後まで知恵を絞れ、使えるものは何でも使うんだ。分かったか?不条理に負けるんじゃないぞ……」


 それが父ゲバルの最後の言葉だった。


 ─醜くてもあがいてやる。こんな世界に負けてやるものか─


 そうして彼は、ゲバルが遺した瓦礫に埋もれた隠れ家へと向かったのだった。



 幸い隠れ家には、完全栄養サプリやインスタントなどの食料、数年分の生活用品が蓄えられてあった。子供でも生き残れたのはそれが理由だった。


 他にも地上でロボット整備をしていた父ゲバルは、機械工学の知識がつまった電子端末を遺していた。

 ネベルはそれを使い、旧文明の機械に関する様々な知識を身に着けた。


 ─使えそうな物はなんでも使おう。もう滅んだ技術だけど、いつか何かに役立つかもしれない─



 やがて数年の月日が経過し、遠くない未来に隠れ家に備蓄してある食料が尽きることが判明した。


 ここではもう、生きてはいけない。

 ネベルは隠れ家から外の世界へ旅立つことを決めた。



 ついに、ネベルが穴倉から這い出ていく日がやってきた。

 その手には自分で組み立てたレーザーライフルを持っている。


 ゲバルの電子端末の情報では、外の世界とは機械と金属で平らに整地された死の世界だという。

 この先に、どんな危険が待っているのか定かでない……。



 ──200億の人間が仮想空間(カテドラルスペース)で暮らしていたサイバー時代(エイジ)


 仮想(バーチャル)の中で、すべてが思い通りで理想の生活と、普通に暮らしては手に入らない数倍の寿命を約束されていた世界。

 しかしそれは、現実の身体を仮死状態にし、プールの人工羊水で長い間肉体を保存してやっと維持できる、随分無理やりな形の生命体系であった。


 そんな皮肉を込め、仮想空間(カテドラルスペース)を嫌うアンチダイバー達は、プールのたくさん詰まったフルダイブ施設の事を墓の塔(セメタリータワー)と呼んでいた。 



 ネベルがその話を聞いたのは、まだ父と地上で暮らしていた時のことだった。


「夢の中では世にも美しい天国が見られるが、地上からの光景はまさに死の世界だったんだ」


「死のせかい?」


「そうだよネベル。私たち人間がこの地球を壊してしまったんだ。しかも、世界が美しいものでなくなると、人間は楽園(カテドラルスペース)という代替の世界に逃げ込んだのさ」


 当時の幼いネベルには、ゲバルの語る言葉はやや難しく感じられた。

 だがその時の父の表情に、後悔の色が強く浮かんでいた事くらいは、子供のネベルでも理解できた。


「人類は、ずっと自分たちの侵した罪に気づかない振りをしてきた。それが文明の崩壊という結果を招いてしまったのかもしれないね……」


 そんな風に生前のゲバルが言っていたのを、彼は漠然と覚えていたのだ。




 だがしかし、隠れ家から出たネベルが見たのは、そんな死の世界とは程遠いような全く真逆の美しい光景であった。


 森は緑に染まり、何処からか聞き覚えのない川のせせらぎも聞こえてくるようだった。

 ネベルは、それらの眩しさに慣れるまで、手で目を抑えている必要があった。


 微精霊と魔界の空気に触れた大地は緑化され、たった10年で自然は本来の姿を取り戻していた。

 皮肉にも、魔合はネベルから両親を奪ったが、文明の発達で荒廃した大地から再び命の再生をもたらしたのだった。


 これほど生命のある場所ならば食料の心配も必要ない。ネベルは一つ安堵した。


 そうしてネベルは、この世界で、たった一人で生き抜く為の第一歩を踏み出したのだった──。




 2438年

 当時16歳のネベルは、狂暴なモンスターがのさばる世界で生き抜く為に、さらなる強さを追求していた。


 ダイバーとして遺跡に潜り、新たなレリックを手に入れ、出会ったモンスターを狩る。

 レリックで武器を改造し、またモンスターを狩る。ひたすらそれの繰り返しだ。


 そうしてついた通り名が不可視の獣。闘争を求める戦いの獣。

 ネベルは殺戮を楽しんでいたつもりは無かったが、戦ってる間はそれに夢中になれたので嫌いじゃなかった。


 またネベルは、噂を聞きつけた者からたまにダイバーとは違う少し変わった仕事を受けていた。

 モンスター退治の傭兵稼業だ。



 ──ここは北大陸にある常闇の森。鬱蒼とした暗い場所だ。

 数日前から大型のモンスターが荒ぶっており、どこか木々も必要以上にざわめいている。


 そしてネベルは現在、羽の生えた牛の悪魔(フィーンド)というモンスターと対峙していた。

 湾曲した角を突き刺そうとして、今にも突撃してきそうな様子だ。

 また悪魔(フィーンド)は人間の男の顔を持っており、常に怒りに満ちた表情を浮かべながら鼻息を荒くさせていた。


 ネベルは愛用している大型刀剣エクリプスを構え、防御姿勢をとる。

 だが自分よりも何倍も大きい悪魔(フィーンド)の巨体から繰り出される突進をもろに喰らってしまえば、いくら防御をしても無駄だとは分かっていた。



「ひ、ひえええぇ!! 怖いいぃっ」


 一応言っておく。今のはネベルの発した声ではない。

 ネベルは悪魔(フィーンド)と対峙したまま、チラリと横の木影に潜んでいる小太りの男の様子を確認した。


 彼は見届け人だ。また今回のモンスター退治の依頼人でもある。

 ネベルの仕事の様子を確認しに、ここまでついて来ていたのだ。


 ─チッ、だから来るなって言ったんだ。 アイツのせいで思うように身動きが取れないぜ─


 ネベルはただでさえ視界が遮られる暗い森の中で、背後の依頼人の安否をも気にする必要があり、思うように力を発揮できずにいた。


「……ブオッ ブォォ!」


「ム、来るかっ」


 悪魔(フィーンド)は勇ましい雄たけびを上げると、ものすごい怪力で森の木々を薙ぎ払いながら突進してきた。


 ─恐ろしい力だ。あんなモノをまともに喰らっては、きっと一瞬で全身の骨が粉々になってしまう─


 悪魔(フィーンド)の湾曲した角による突進は、強力で死に直結するほどのものだったが、それを見たネベルは何故かにやりと笑みを浮かべた。

 その攻撃は、彼の戦いにおいては逆に好都合だったのだ。


 ──邪魔な木々が倒されたおかげで、自由に戦うための広い視界とスペースが確保できたのだから。



 ネベルは後退しながらエナジー(ボトル)を取り出すと、それを開封し呪文を唱えた。


「導け。ブラックバイン」


 その魔法に作用した木から長い蔓が伸びてくる。

 ブラックバインは植物の成長を促す魔法だった。


 ネベルは蔓に掴まると、素早く木によじ登り悪魔(フィーンド)の突進を回避した。

 怒り狂った闘牛は曲がる事が出来ず、そのまま前方の大木に衝突する。


 それでも悪魔(フィーンド)は倒れることなく、その人面をさらに怒りに震わせた。

 そうして再び突撃してくる。

 それに対しネベルも再びブラックバインを唱え、今度は悪魔(フィーンド)の進行上に輪っかのような形の草を成長させた。


 木にぶつかって頭に血の昇った悪魔(フィーンド)には、ネベルの姿しか見えていなかった。

 奴はそのまま足元の草の輪っかに蹄を引っ掛けると、彼の思惑通り身体を盛大に横滑りし転倒させた。


「クク 隙だらけだ。横っ腹がガラ空きだぜ!!!」


 ネベルは木の上を伝って悪魔(フィーンド)の真上に行くと、そこから飛び降り悪魔(フィーンド)の腹部に思いっきりエクリプスを突き刺す。


「ブモォオォォ……ォォ…………」


 そして、悪魔(フィーンド)の断末魔は森中に轟いたのだった……。




 死体の始末を終えたネベルは、悪魔(フィーンド)が吹き飛ばした大木の隙間で小さくなって震えている依頼人の姿を見つけた。


「おい無事か?」


「うわぁっ! ……ああ、なんだ。あなたでしたか。もしやモンスターをもう退治したのですか?」


「ああ」


「本当ですか! さすが噂に違わぬ仕事ぶりですね。いやいや、ちゃんと見てましたよ。そうじゃないとここまでついて来た意味が無いですからね。いや素晴らしい銃の腕前でした!」


「ああ……………………(?)」


 話が噛み合ってないように感じネベルは首をかしげる。だが、与えられた仕事は完遂したので何も問題はない。


 その後ネベルは、依頼人兼見届け人を常闇の森の端の木につないであったヒポテクスの元まで連れて行った。そこで報酬の受け取りを行うのだ。


「では約束通り、10エナジー分お支払いします」


「…………ああ」


「それと、ご所望だった豆ですが…………苦労しましたよ? しかし今回は特別に、とっておきの物を差し上げましょう! 助けていただいたお礼ですよ?」


「本当か! ありがとう!!」


 ネベルは趣味として、各地でお茶にする豆を集めていた。


「これは旧文明でグリーンピースと呼ばれていた豆です。ほら、綺麗でしょう!こんな緑の豆は珍しいですよ」


 依頼人兼見届け人は旧文明のレリックと思われる金属製の缶詰を取りだした。

 そこには緑色の豆の写真がパッケージとして描かれていた。


「ホントだ……この豆はどんな味のお茶になるんだろう」


 ネベルは喜んでその缶詰を受け取った。

 グリーンピース茶を試して、ショックを受けるのはまだ先の話だ。


「ではこれで契約は成立ですな。またモンスターが出たらお願いしますよ!」


 依頼人兼見届け人はそう言うとヒポテクスにまたがった。


「待て」


「ん、まだ何か」


「何か情報はないか?」


「情報、とは」


「何でもいいんだ。レリックでもモンスターでも」


 ネベルは傭兵稼業の後はこうして各地で情報を集め、次の仕事に繋げていた。


 依頼人兼見届け人は少し考えこんでいたが、やがてこのように語った。


「そう言えばジャングルを越えた先にあるコロニーでモンスターの被害に困っていると、品物を売りに来た別のコロニーの人間から聞いた事があります」


「そうか、助かる」


 ネベルは次の目的地を決めた。

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― 新着の感想 ―
世界観がとてもよく練りこまれていると思いました。登場人物や魔物の造形、あらゆる描写がとても緻密で良かったです。
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