第78話 出会いと別れ
惑わしの森に戻ると、早速その日からフリーク達は二つの世界を繋げる魔法の開発に取り組み始めた。
フリークも大図書館から脱出する時に、エクスポートディメンションを唱えたため片腕を失っていたが、そんな事も気にならないくらいに彼は研究に没頭した。
「青い月については、たぶんあっちの世界に渡るタイミングを示していると思うの」
「ええ。私もこの本に書いてある白い夜には聞き覚えがある。月というからには星の動きに関係しているのだろう」
そう言ってフリークは禁書庫から持ち出してきたヴォイニッチ手稿のページを指さした。ちなみに手稿と共に封印されていた異世界の書物も一緒に盗み出していた。
「なんにせよ。もっと調べる必要があるわね」
「ああ、もちろんだ」
二人はその後、およそ800年の間、世界中の魔法の文献や太古の遺跡をしらみつぶしに調査した。その結果、二つの世界を繋げるために必要な条件がいくつか明らかになった。
まず魔界からは見る事のできないこの青い月は、魂が還るという冥界の影かもしれないという事が分かった。
だが正直そんな事はどうでもいい。
重要なのはこの青い月が1000年周期で発生し、その時に限り二つの世界を繋ぐ境界チャンネルができるという事実である。
エルフが一人で世界を渡るだけなら、今の条件だけでも充分だろう。だが世界をまるごと転移させるとなれば、このままではまだ未完成だ。
さらに強固な世界間を繋ぐ時空の結びつきと、強大な魔力が、魔法の発動には不可欠なのだ。
そして、人界歴にして西暦1422年。
フリークとアースの二人で行う最初にして最後の大仕事が始まろうとしていた。
人界と魔界のチャンネルをより強力な物にするため、アースが魔界で作られたアイテム(ヴォイニッチ手稿)を携え人界へ渡ろうというのだ。
魔界には既に人界の書物が存在する。禁書庫に封印されていた中国の古書だ。
この二つのアイテムにフリーク達は特別な魔法陣を刻みこんだ。離れた二つの世界でも古書同士に繋がりを作り、異なる世界の融合を補助する魔法だ。
次の青い月の発生は1000年後。それこそ、彼らの宿願が果たされる時。
それまでフリークは、アースに会う事は二度と出来ない。だが彼女にも人界側で魔法を発動するという役目がある。
それに人界にある極微量な微精霊量では、世界融合魔法の発動の為の魔力を蓄えるのに何百年もかかるため、自分と同じエルフである彼女にしかこの役目は任せられないのだ。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「ああ。頼んだぞ」
今二人がいる場所は、天空の柱という魔界で最も高い塔だ。
最上階はちょうど二人分の広さしかない。そこでは常に星が瞬いており、魂の世界に一番近い場所とも言われている。
天空の柱から見える蒼穹を見渡しても、青い月の姿を確認することは出来ない。
しかし、魔界から見えないだけで実際には青い月は今現在も出現しているのだ。人界へ渡る条件は整った。
アースは転移魔法の原理を応用した異世界へのゲートの中へ足を踏み入れる。
しかしその瞬間、彼女は何か思い直すと、さっと振り返りフリークに最後の抱擁を求めた。
「あなたと離れるのは寂しいわ」
「私もさ。でもしょうがない」
「……私、必ずやり遂げるから。国のエルフ達に認めさせるためにも。あなたのためにも」
「ああ……」
少しの間、二人は別れを惜しんだ。
「さあ、もう行かなくてはならないよ。もたもたしてるとゲートが閉じてしまう」
「ええ、そうね」
そしてアースは、人界へと旅立っていったのだった。
二つの世界を繋ぐための法則はあらかた解明できた。しかし問題はまだ山積みだった。
改めて言うまでもないが、この魔法は魔界史上最大規模の物になる。そんな化け物魔法を発動するにはそれなりの準備が必要なのだ。つまり金が要る。触媒が要る。祭壇が要る…。ただ呪文を唱えればいいという事ではないのだ。
というわけで、アースと別れてからのフリークは、魔法の研究よりも異世界転移魔法の資金集めに集中して取り組んでいた。
時には慣れないこともした。野蛮な盗賊ギルドの財宝を盗み出したり、火山に住むドラゴンと戦ったり。ドワーフの国の財務大臣と博打勝負をしたりなど。
―あれもこれも私が二つの世界を救って救世主になるため。今は耐え忍ぶ時だ―
フリークは自分にそう言い聞かせて、魔法開発を黙々と続けた。
「エルフの旦那。そんなに死に急いでどうする気だい?」
トレーダーショップのゴブリン店主は、毎度のごとく高額報酬指定のモンスター素材を持ち込んでくるフリークに対しそう言った。
「……あいにくだが、私の命の長さはお前たちとは根本的に違うのだ」
そうして彼は無茶な金稼ぎを何百年も続けたのだ。
しかしある時、彼は一つのヘマをする。
魔法効果を高めるという錬金薬の素材である千年草を手に入れるため、北東の常闇の森まで出向いた時。
フリークは不覚にも、枯れ枝に隠れていた底なし沼に落っこちてしまった。既に身体の半分以上が沈み切っており、力づくでの脱出は不可能であった。
―全く身動きが取れない。かといって腕だけで無理に這い出ようとすれば、余計に沈むだろう―
このまま底なし沼に埋まっていれば、長寿といえどいずれ渇きか飢えで死んでしまうだろう。
だがフリークには、ここから脱出する方法がないわけでは無かった。
「うーん、どっちがいいか…」
フリークは悩んでいた。エクスポートディメンションは身体代償を必要とする転移魔法だ。
つい先日、ケイブロングヴェルツの大臣から博打で巻き上げた担保の中に、彼らの国の国宝エリクサーがあった。そのエリクサーを使い腕を修復したばかりだったので、また失う事は憚られたのだ。
また、惑わしの森の隠れ家に戻ればエリクサーの残りは保管してあるが、今手元にポーション類が無いので、エクスポートディメンションの反動で腕を失ったあとの大量出血で死ぬ可能性もある。
ちなみに、未来でネベルが持っていたエリクサーもコレと同一だ。
「まあ、ここで飢えて死ぬよりはマシか」
そう思うと、フリークは禁呪の詠唱を始めた。
「おまえ、そんなとこで何してんだ?」
彼が聞いたのは少年の声だった。見上げるとそこにいたのは、たまたま通りかかった人間族の冒険者パーティ。少年の背中には身の丈よりも大きな剣が装備されていた。
それが、フリークと選ばれし勇者アベルの出会いだった。
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