第77話 予言書
二人はヴォイニッチ手稿を手に取る。その本は古代アルバー文字で書かれていた。
作者の名はクォーク。エルフだ。
手稿には、彼が実際にその目で見た異世界の様子がありありと記されていた。
まず、その異世界にはエルフやドワーフなどは存在せず、文明を持つ知的生命体は人間しかいないのだそうだ。
また大気中に微精霊が全くとは言えないがほぼ存在していない。なので誰も魔法が扱えず、その分人間たちはどうにか知恵を絞って生きているらしい。
だがクォークは手稿の中で、力なき人間たちの工夫と、彼らが作り上げた世界をかなり称賛しているようだった。
以下、ヴォイニッチ手稿 第3項 人類の隆盛 より
《この世界の人間文明は未だ黎明期である。しかしその成長速度は目を見張るものがある》
《バハルという大河川の近くに、メンフィスという砂漠の王朝がある。そこのファラオという王たちは自分たちの功績を後の世に語り継ぐため、樹齢一万年の精霊樹よりも遥かに大きな、石段で作られた四角錐の建造物を作り上げた》
《また漢の国には、王が民を統制するための優れた制度があった。官僚には血筋ではなく能力が重視され、法律や行政により秩序は守られた。よって漢の支配は400年続いたのだ》
魔界にいる脆弱な人間族に比べると、この本の人間たちは様々な多様性をもって進化しているようだと、フリークは手稿を読んで感心した。
《この世界の者たちは吹けば飛ぶようなか弱い存在ばかりだ。しかしそれゆえに、知恵を絞りより強大に成長する事ができるのだ》
ヴォイニッチ手稿には、《今はまだ我々の魔法力に及ばないが、そのうち彼らの文明力は我々が手も足も出ぬほど凄まじい進化を遂げるだろう》とも記されていた。
「コレに書いてあるのは本当なのか?! 凄い!なんて凄いなんだ!」
もう一つの世界の存在を知ったフリークは、内から沸き起こる熱狂と好奇心を抑える事が出来ずにいた。
「魔界とは別の世界があるってだけでも驚きなのに、その世界の人間たちは、魔法も使わずにあらゆる大業を成し遂げている。ああ、人界とはどんな所なんだろう。とても気になって仕方がないよ」
「微精霊の存在しない異世界なんて、今まで聞いた事が無かったわ。たしかに、コレは魔法協会の最大の秘密かもしれない。でもどうして隠す必要があったのかしら」
「クク、さあね? アイツらは何でもかんでも秘密にしたがるから」
「うーん。この話は凄いけど、魔法協会を貶めるネタにはならなそうね」
「いいや。まだ本の続きはあるよ。ここの文、気にならないか」
そうして次にフリークが目をつけたページ書かれていたのは、二つの世界を渡ったクォークが各々の世界の未来について憂いた事柄を記した章だった。
ヴォイニッチ手稿 第33項 終末の可能性
《人界と魔界。この二つの世界には、まるで鏡写しのように相反する長所と短所が存在している》
《人界の民は、その民族の多様性と弱さ故のひたむきさ故に、高い文明の成長速度という長所がある。しかし同時に、互いに異なる民族だからこそ争いが多発し続ける。またその成長速度が災いし、彼らの小さな土地では増え続ける人口を養えなくなるだろう》
《一方で魔界には、微精霊の恵みを受けた肥沃な大地が無限に存在する。しかしここ5千年間、各種族のテリトリーの状況が大きく変わる事は無かった。それぞれが魔素という力に驕りきっているからだ。だがこの平和は永遠ではない。今のところは比較的に安定した世界だが、いつか来る脅威には抵抗する力もなく滅ぼされるだろう》
そして手稿は、次の文章で締めくくられていた。
《私はこの二つの世界の橋渡しをしたかった。人界と魔界はそれぞれの短所を補える良き関係になれるはずなのだ。だがこの書を書き終える頃には、私の寿命は尽きてしまうだろう。だからどうか、この書の読者に願いを託す》
ヴォイニッチ手稿を読み終えると、アースはこう言った。
「これを書いたクォークっていうエルフは、少し考えが甘いんじゃないかしら。彼自身が言ったとおり、人界と魔界の民も異なる二つの種族よ。良き関係になんてなれるハズがなくて、ただ争いが生まれるだけじゃないのよ」
アースの意見は正しい。実際、未来で争いは起きている。
しかしフリークは、きっぱりと彼女を否定した。
「いやっ 彼は正しいよ」
「えっ?」
そう言ったフリークの目には、カクシンを得た時の強い光が宿っていた。
「これだ。私たちのやるべき事はきっとこれだよ」
「フリーク。私の話をちゃんと聞いてたの? 橋渡しなんてしても無意味よ」
「ああ、それはそうだ。クォークのように人界に渡っても、エルフ一人の話など誰も耳を貸さないだろう」
「だったら……」
「しかしだ。人間たちが全員この世界にやってきたとしたらどうだろう」
「意味が分からないわ?」
「クク、つまりだよ。資源に困っている人間たちは魔界の無限の大地を利用する事が出来るし、魔界の民たちは人間から文明の力を直接学ぶ事が出来るというわけだ」
その時フリークが思いついた全人類転移計画は、後の人界融合計画(魔合)の前身にあたる計画だった。
「あなたがやるというなら私もついていくつもり。でもそんな事が本当にできるの?」
「この本にはクォークが人界へ渡った方法も書いてあった。見えない青い月。それを魔法的に解明できれば、新しい魔法も作れるハズだ」
「人界の人間たちは、いきなりこっちの世界に連れて来られて迷惑しないかしら」
「魔法が完成するのは何千年も先だ。その頃には人界の資源もつきかけているそうだから、逆に私たちは彼らの文明を救った救世主になれると思うよ」
さらにフリークはこう言った。
「アース。これから私たちは偉業を行うんだ。魔法協会の奴らどころではない。世界中に私たちの存在を認めさせられるぞ!」
ハハハハハハハッ
ハーッ ハハハハハハッ
誰もいない図書室に、フリークの笑い声が響いた。
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